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同好会、活動停止命令

 僕と文月は注文を終わらせ部室に戻った。

 部屋を占拠していたハンググライダーは横に押しやられている。

 中央では椎倉が立って長机の上の図面を睨め付けている。

 眼鏡の奥の目をいつも以上に鋭くしていた。

 図面には真上、横、下から見たグライダーの絵が鉛筆で描かれている。

 薄いタッチで隣には機材の長さがメートル単位で記されていた。


 あまりにも集中しているようだったので僕と文月はしばらく声がかけられなかった。

 椎倉は返って来た僕たちに気付くと、

「おう、終わったか。注文できたか?」

「うん。でも椎倉が頼んでた機材って生だよね? どうするの?」

「普通のを注文すると長さとかが固定されてんだよ。だから生素材を使って自分で加工するんだ。俺の親父は金属加工工場で働いててさ。無理言って機械とか貸してもらってるんだ」


 風越町も近代化の流れを少しだけ受けている。

 学校から南西の方向を向くと長い煙突が一本見える。

 その周囲を囲むように敷地面積がかなり広い工場があった。

 何をしている工場かは知らなかったが、金属系だったのだ。


「椎倉くんのお父さんとか迷惑しないかな?」

「大丈夫だ。親父は俺が一度始めたらやめないの知ってるからな」


 眼鏡の中央をくいと上げて、身体を揺らしながら笑った。


「そうだ。宮前身体を触らせてくれ」

「え、ちょっとちょっと!」


 椎倉は是非を答える前に身体を触り始める。

 以前もこのようなことがあった気がした。


「体重は? 身長は? 座高は?」

「五十九。百七十。八十三……ぐらいだったかな」

「宮前専用の機体を作るからな。ハーネスを取り付ける位置。機体の重心の位置。最も安定する重量を計算して図面を引く必要がある……って俺が真剣話してるのに文月はどうして恥ずかしそうなんだ?」

「えっ!? 別に何でもないよ、よ?」

「大丈夫。僕たちはそういう仲じゃないから……」


 以前僕たちが性の壁を乗り越えているのではと文月は純粋に思っていた。

 見たいのか見たくないのかはわからないが、文月は両手で顔を押さえて指の間から僕たちのことを交互にみている。


「それより、文月。風速チェックの時間じゃない?」


 僕は行き場所をなくし段ボール箱に押し込まれている丸時計を見た(部屋がポスターで埋め尽くされているため)。時刻は午後三時。定期チェックの時間だった。


「あ、うん……忘れてたよ……行ってくるね!」


 文月はスクールバックを急いで拾い上げると、また躓くのではないかと心配になるほどのスピードで走って行った。


「で……どこさわってんの?」

「いや、お前大きいなと思って」

「勘弁してよ、もう」


 突然部室の扉ががらがらと開いた。

 僕はてっきり文月が何か忘れ物をして帰ってきたのかと思った。


「ここかね、なんだこの部屋は整理もされていないじゃないか」


 開口一番サークルの文句をべらべらと垂れる先生。

 でっぷりと太った腹がこちらに飛び出している。

 胸元は肉がありすぎて谷間ができ、暑さのせいかシャツが汗で濡れている。

 厚ぼったい唇が何だか気持ち悪い。


「誰っすか?」

「誰ってお前は校長先生の顔も知らないのか!」


 芝原校長の隣には体育教師の寺田が侍していた。

 赤いジャージが今日も似合っていない。

 生徒に対しては威圧的な癖に権力には付き従うのが寺田の性格だ。

 今にも腰を低くしてごまをすりそうなほどだった。


「こちらは芝原校長先生だ! 覚えておけ!」

「はぁ、すんません」

「本当に活動をしているのか、これで」


 片手で扇子をぱたぱたと扇ぎながら校長は舐めるように部室内を眺めている。


「まぁいい……君達には活動を停止してもらう」

「は?」


 突然現れたと思ったら新任の校長は飛んでも無いことを言い始める。


「良く聞こえなかったのか? サークル……とも呼べるのかもしらないが、そんな役にも立たない活動をやめてもらう」

「ど、どういうこっとっすか? 校長!」

「そのままの意味だ。この学校に来てから常々思っていたのだよ。サークル活動と称して訳のわからない同好会もどきが部屋を占拠している。それにお金も下りているという話ではないか」

「いや、急すぎますって!」

「急も何もない。ここにこの同好会がある意味がわからないと私は言っているのだ」

「意味だって……」


 校長の言葉に押し黙る。必死に抵抗しようとした結果として椎倉からは何かの言葉がこぼれた。

 それを待ち望んでいたように校長は畳みかける。


「ほう、意味があるというのかね? 部活動とは本来教育の一環なのだ。集団生活を重んじ、責任感を育む。全て必要なことなのだ。それが君達はどうなのかね? 何か意義あることをしているのかね?」

「それは意義だってこれから……」

「君達生徒はいつもそうだ。これから、たぶん、きっと……全てが甘い目論みの上で成り立っている。勉強にも役に立たない。これでサークル活動に一体何の意味がある? こんな訳のわからない活動をしているより家で勉強をした方がよっぽど意味がある。違うかね?」


 僕と椎倉はただ黙って校長の言葉を受け止めるしかなかった。

 校長の立場の人間に教育について口論するなどの愚は犯せない。

 簡単に揚げ足を取られ反撃の隙を与えてしまう。

 勿論言い返したいが、余計にサークルの立場を悪くしてしまう。

 何だか僕は心に苛立ちが募っていくのを感じた。


「この棟を改築してより良い教室や実験室などの有意義な場所を作ろうと思っているのだよ、私は。君達よりよっぽど有意義にね」


 にんまりと僕たちをバカにするように校長は喉の奥で笑った。


「さすが、芝原校長先生」


 合いの手を入れるように寺田が校長のご機嫌を伺う。

 芝原も満更ではなさそうで気を良くしているのがわかった。


「まぁ、どんな活動をして意義があって社会で生きる上で役に立つか、なんかを三十枚ほどの紙レポートでも書いてくれば、少しは考えてやらないこともないがね。明日までにな。まぁ君達が意味のあることをしているわけないから無理だろうがね……すぐに部屋を綺麗さっぱりにするんだ。わけのわからないゴミは残さないように。ではね……はっはっは!」


 最後に自分は慈悲を見せたとでも思っているのだろう。

 満足気に太った腹を揺らしながら隣の部屋へと向かっていった。


「くっそ!」


 椎倉は近くのパイプイスを蹴り飛ばした。

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