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彷徨う道標 小学校編  作者: sola
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納骨堂

こっくりさん事件があったおよそ半年後の話。


5年生の夏休みに起こった出来事だ。


母方の田舎での盂蘭盆に起こった話だ。

別段怖い話ではないが地方の風習は、風習として素直に受け入れるべきだと実感した出来事だった。



母方の田舎は某県にあった。

大抵夏休みになるとその親戚の家に里帰りしていた。


母は母の兄弟でも末っ子の方なので、親戚の子供といっても殆どがすでに社会人だった。

一人だけ母の下の妹がいて、その人の子供は自分より2つ上の兄さんと2つ下の妹さんだったので、その家に遊びに行くのが一番の楽しみだった。



兄さんの名は俊道(としみち:仮名)、妹はゆかり(仮名)といった。


しかし親戚が多いと、順番に家を廻っていくためなかなかそのお兄さんと遊べない。

ようやくそのお兄さんの家に行く事が出来たのは8月14日のことだった。


部屋に通されるとカーテンになにやら得体の知れない物がしがみついていた。

近寄ってみると、なんと蝉の幼虫だった。

しかも時折動く。

初めて見る蝉の幼虫に興奮を隠せなかった。

それを見た兄さんは、


「あかん、それはもう死ぬだけや。」


僕がびっくりして


「なんで?」


と聞き返す。


「蝉の幼虫は明け方に蝉に羽化するんや。今はもう10時をまわってる。こいつは羽化し損ねたんや。」


「だから?」


「だからこいつはもう羽化することも幼虫として生きることも出来ないんや。」


「これどうやって採ったの?土をほじくり返したの?」


「違うよ。明け方に採りに行ったんや。」


「今朝!?」


「うん。コイツが木にしがみついてたんで採ってきた。」




「!!ということは羽化するから木に登ってたんでしょう?」


「そや!でないと採れんもんな!」


僕は必死にカーテンにしがみつく蝉の幼虫を見ていると、


≪ 何が羽化し損ねただ!お前が羽化するところを邪魔したんじゃないか!! ≫


この蝉の幼虫はそう言っているようにしか感じられなかった。


「そや、明日蝉の幼虫採りに行こうか!」


「明日!?」


「ぎょ~さんおるでぇ~!!」


「お昼食べたらその場所を下見にいこうな!」


「行く!」


可哀相だとは思っていても、新しい体験の魅力には勝てなかった。

なんと言ってもまだ好奇心旺盛な小学生だったし。


昼食を終えると兄さんがその場所を案内してくれた。

その親戚の家の前に道があり、その道を挟んで正面に山があるのだが、まさに家の正面に石で出来た細い階段がかなりの段数で真直ぐに伸びていた。

その階段はとある寺院まで繋がっていた。


階段を登りきるとそこは木々に囲まれたちょっとした広場になっていて、鉄棒やブランコなどの遊具が置いてあり、ボール投げをしたり鬼ごっこをしたりして遊ぶ子供達の姿があった。

そのまま正面に少し進むと小石が敷き詰められた参道に繋がる。その参道の両脇には物凄い高さのミズナラの樹が並木状に並んでそびえていた。その奥に境内がある。

その並木のある参道を少し進むと、左側に少し並木が切れている箇所があり、そこを覗



いてみるとそのまた奥に寺院とは違う建物、お堂みたいなものが立っていた。


「兄ちゃん、あれなあに?」


「良く知らんねん。骨を入れて置くとこらしいけどな。」


「ふ~ん・・・なんか怖いね。」


「怖い事あるか!もう死んでるんやぞ!殴られたりせーへんし。」


「殴・・・」


この一言で、普段のこの兄さんの素行が解った様な気がした・・・


「こっちや!この境内の裏や!!」


僕の手を引っ張るとずんずん境内の裏手に進んでいった。


「この木にさっきの幼虫がおったんや!ほら、ここにまだ出てきた時の穴が開いてるやろ!」


兄さんはそこら辺中の気という木の足元を探し回った。

僕もそれに釣られて探し回った。

しかし最近出てきた穴はその木の1個だけしか見つからなかった。


「ということは、や・・・明日は期待が持てるな!」


「どうして?」


「蝉の幼虫ってのはな、何年も土の中で生活してやっと外の世界に出てこれるんや。」


「あの幼虫が出てきたっちゅうことはや、他にも同じ時に生まれた幼虫がこの土の中にいるっちゅうことや!」




「そっか!!兄ちゃん頭良いね!!」


「当たり前のこと言うなや!!」


暫くそこをうろうろ散策したあと、僕たちは家に帰った。

その夜の夕食の後、兄さんが両膝をついて兄さんの父さん、つまりおじさんに話しだした。


「とうちゃん、明日の朝、みーちゃんと幼虫採りに行っていいか?」


みーちゃんとは僕を呼ぶ時の愛称だった。

おじさんはランニング姿で新聞を広げながら晩酌をしていた


「良いんじゃないか?ただ気い付けていくんやど。」


「やった!」


兄さんが小さくガッツポーズをとった。が・・・


「ん?母さん!明日って何日やったか?」


奥で洗い物をしていたおばさんが


「明日は15日ですよ!お父さん!」


「そやった!」


ばつが悪そうに


「俊!明日はダメだ。明日は盆入りだからな。この次にせい。」


すると兄さんは


「あーーーー!盆かあ・・・じゃあダメやん・・・せっかくやったのになあ・・・」



「???」


田舎とは違い、近所付合いも少ない新興住宅街に住む僕には全く意味が通じず、何の事かさっぱり解らなかった。


「何でダメなの?」


「ダメなもんはダメなんや!」


そういうと兄さんは自分の部屋に戻っていってしまった。

そこでゆかりちゃんにそのことを聞いてみると


「私もよー知らんねん。ただダメなんやって。」


なんともつれない話だった。



その夜、というか夜中。

僕はずっと寝ずに考えていた。

蝉の幼虫を生で観察出来る機会なんてそうそうあるものではない。

意を決して一人で見に行く決心をしていた。


時計を見て3時過ぎ、こっそりと布団から抜け出して服を着替え、気が付かれぬよう細心の注意をはかりながら家を出た。

外はほのかに白んでいた。


外はしんとしているかと思えばそうではなかった。

本で読んだ事があったが、虫や蛙がここぞとばかりに鳴きわたり、実家では到底聞くことの出来ない虫と蛙の大合唱に


「こんなに凄いんだ!」


と本で読んだ知識と現実とは比べ物にならないことに改めて感動を覚えた。

しかし今はこんなことに感動している時ではない。



図鑑でみた蝉の幼虫の穴から出てくる様、幼虫から蝉に羽化する瞬間をこの目で見る事が出来るかもしれないという興奮が僕を急がせた。


ほのかに照らされた石段を小走りに抜け、広場を横切ろうとした。

そこで、はたと足を止めた。

相変わらずうるさいぐらいに虫や蛙が大合唱会を開いている。

ミズナラの並木が思っていたよりも茂り、このやや白んだ空を殆ど覆っている為に、奥にある境内は暗闇に包まれていたのだ。

ここで少し冷静さを取り戻した。

しかしゆっくりと歩を進めた。


広場から参道に移り足音が「ジャリっ」と変化する。

そこではっと我に返った。


その音を聞くまでは全く気にしていなかったが、さっきまであれほど大合唱をしていた虫や蛙の鳴き声が全くしなくなっていたのだ。

息を潜めて耳をそばだててみるも、何の音もしない。

聞こえてくるのは自分の呼吸と心臓の音だけだった。


全くの静寂の世界。

さっきの大合唱の世界とは真逆の世界に迷い込んでしまった感じだった。



ミズナラの生い茂っている上の辺りで何か光るものが動いた。


「なんだろう?蛍?」


青白いほのかな光りはすうーと広場の方に向かって飛んで行き、そのまま視界の外に消えた。


ふと何かの気配がして視線を前にやる。

その視線の先には並木が少し切れ横道に反れる、例の建物がある方向だった。

なぜか不思議とその方向へと足が向かった。

なるべく音を立てないように静かにゆっくりと歩を進めた。



並木が切れた辺りで足を止めた。

そのお堂も境内と同じくミズナラの茂りで空が殆ど見えなく、暗闇に包まれていた。

しかしなぜかお堂の扉が青白くほのかに光って見えた。


なんでだろう?とよく目を凝らしてみると・・・


「あれ?扉が開いてる?」


その扉はいわゆる観音開きになっていて、外からかんぬきが掛かっている。

そのかんぬきを抜かないと扉が開かないようになっていた。

開けると外側、つまり僕のいる方側に開く。

その扉が2~30cmほど開いているのだ。


「こんな時間に・・・お寺の人かな?」


それを確かめようと目を凝らしていたら、何かが動いた。

青白いというか扉よりももっと白っぽく、ほのかに光る人の様な何かがその開いた扉から出てくるのが見えた。

良く観察してみると、その人?は頭から足先まで白っぽいローブ?の様なものを被り、真直ぐに立っていた。

しかも歩いている様子ではなく、明らかにその状態のまま動いている。


暫くみているとふっと消えた。

頭上に何かが過ぎるのが分かった。

目で追うと先程見た光るものだった。

再び目を扉の方に戻すとその後からも現れた。

それを暫く繰り返していた。


はっと気が付いた。

おじさんたちが言っていた、15日だから行ってはダメだというのはこの事があるからだったのではないか?

と・・・

音を立てないように、出来るだけ静かにその場を後にした。




広場まで来るといつの間にか大合唱になっていた。

階段を降り、忍び込むようにして部屋に戻ると布団に潜りこんだ。


翌朝、兄さんから


「昼間は大丈夫やから、後で見に行くか!もしかしたらいるかも知れへんしな!」


抜け出た事がばれてはいないようだったので安心した。

昼食後再び寺院を訪れた。


「やっぱりいないの~全然出てきた穴もないやん・・・」


蝉の幼虫の抜け穴を探すのに躍起になっている兄さんを尻目に、僕は昨夜見たお堂の方へ足を向けた。


そのお堂はかなり古いものらしかった。

手入れはされているようだったが、僕はその扉のかんぬきを見やった時に思わずわが目を疑った。


そのかんぬきには大きな南京錠が掛かっており、しかもその南京錠は鉄製の様でボロボロに錆びていたのであった。

思わず駆け寄って南京錠の下辺りを見渡した。

しかしそこには錆は落ちていなかった。


ちょうどこそへこの寺院の住職(?)さんが通りかかったので尋ねてみた。


「このお堂って使っているんですか?」


すると住職(?)は


「いえいえ、昔は使っていましたけれど、この納骨堂は私の代になってからは一度も使ってはいませんよ。」


「鍵を開けた事は?」



「その鍵は錆び過ぎて開かなくなっているので、今度取り替えようかと思っています。」


「有り難うございました。」


「いえいえ、ゆっくりしていってくださいね。」


後ろから兄さんに呼びかけられてその場を後にしたけれど、自分の中ではなぜか、


「ああ・・・やはりあれはこの辺りのご先祖様たちだったんだ・・・」


と思った。


だから、帰ってくるところ・・・というか出てくるところを邪魔しないようにするためだったのかも知れない。


それにその瞬間はこの世とあの世との接点になるからだろうと、納得した。


それから程なくして次の親戚の家に向かうために兄さんの家を後にした。


ただ帰るときにおじさんが


「みーちゃん、あの日幼虫を採りに境内に行ってないよな?」


「行ってないです!」


思わずそう応えてしまったが、おじさんの


「そうか・・・じゃ誰だ・・・」


という小さな独り言をつぶやいたのを聞き逃さなかった。

夏休みが終了して数週間が過ぎた頃、おばさんが病に倒れた。

そして暫くしてその兄さん家族は引越しをした。





なぜ?

それは自分の親も教えてはくれなかった。

ただ、寺院の参道の正面の家は、物件が安くてもやはり良くない・・・

という会話を親が電話していた時に耳にしたということは黙っていた。



程なくしておばさんは回復し、翌年も何事もなかったように遊びに行った。





第2夜  完



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