椅子と椅子の主人
椅子と椅子の主人
そこに一脚の椅子がありました。
木で出来ていて少し古びている感じもあるがまだまだ使える
クッションも貼ってある感じのいい椅子です。
その隣には椅子の持ち主の少女が立っていました。
少女はずっと立っていて椅子に座ることはありませんでした。
ある時椅子の前を淑女たちがおしゃべりをしながら通り過ぎて行きました。
「あら、こんなところに椅子なんてあったのね。」
「ちょっと古い感じね」
「これなら向こうに新しい綺麗な椅子があったからそっちの方がいいわ。」
そう話しながら、行ってしまいました。
ある時は一人の男性がきて、隣の少女に声もかけずに椅子に座りました。
少女はなんて勝手な人だと思い声をかけようとしました。
「あの…」
「あ〜ごめんごめん!待った?」
男性は女性と待ち合わせていた様で、少女に気づかず椅子から立ち上がり去って行きました。
次椅子の前に来たのは何だかいけ好かない男性でした。
「ねぇ、この椅子って誰でも座っていいの?」
初めて椅子の隣の少女は声をかけられました。
「まぁ、いいですけど、、」
少女はチラッと男性を観察しました。
全体的に小汚く雑な感じがあまり好きになれません。
ただはじめて声をかけてくれた人です。座る許可をだしました。
男は椅子に座ると姿勢を崩し貧乏ゆすりをし始めました。
何だかイライラしてる様で椅子の肘置きに爪を立てて引っ掻き始めました。
少女はビックリしました。
私の大切な椅子に傷がついてしまう!
「あの、爪を立てるのやめてください!」
「あぁ?…別にいいじゃん。
元々そんな綺麗じゃ無かったし、傷がいい味になるんじゃない?」
その言葉に少女は怒りました。
「立ってください!もうこの椅子には座らないで!ここから出てって!」
少女の怒りに男は渋々去って行きました。
少女が椅子を見返すとやはりキズがついてました。
少女かは悲しくなって、傷を撫でながら少し涙をこぼしました。
「この傷もう消えないのかな…」
それからしばらく椅子には誰も座らないし少女に気づく人もいませんでした。
そんな日が続いていた時少女がふと椅子を見るとなんといつの間にか知らない人が
椅子に座ってました。
全く気づかなかったわ…。
少女は知らぬ間に椅子に座っている人に声をかけませんでした。
椅子に座っている人も特に何も言いません。
それからまぁまぁな時間がたち、
少女は流石に一言ぐらい私の椅子に座っているこの人に声をかけたほうが
いいのではないかという気になり、声をかけました。
「あの、結構長く座ってますが私の椅子の座りごごちはどうですか?」
その時男ははじめて少女に気付いた様に振り返りました。
「・・・・。」
男は立ち上がり何も言わずに去って行きました。
何だったんだあの人・・・。
それから間も無くおしゃべりな人が来ました。
男は少女に話かけました。
「いや〜この椅子はいい椅子ですね。少し座っても?」
何だかとっても明るい人です。
「ええ、どうぞ?」
「じゃあ遠慮なく。」
「ふむ、クッションの張り具合はまぁまぁかな。」
「ただこの肘置きの傷はいただけないねぇ、
それに全体的にちょっと古っぽいのもよく無い。」
「このがたつく感じもちょっと。」
男性は少女に言いました。
「この椅子の評価としては、まぁまぁいいけど
もうちょっと綺麗に見せる努力をした方がいいよ。
例えばヤスリで削ってワックス塗り直すとか。
そうすれば元は良さそうだから見違えると思う。」
「あ、ありがとうございます。でもこのままでもいいかなと思ってるんです。
ヤスリもワックスも持っていないですし・・・」
「まぁ、君がいいならいいけどね。
このまま誰も座らなくてもいいならそのままでもいいんじゃない?」
「そのままでは、誰も座ってくれませんか…。」
「そこは運次第だけど、綺麗にした方が座ってくれる確率は上がる。
ほら、あの山向こうの新品の椅子の話は聞いた?あの椅子に座るために行列が出来てるって話だよ。綺麗な方がいっぱい人が来るからいい人が座ってくれるよ。」
「そうですか…。」
「まぁ、じゃあ頑張って。」
そう言って親切な男は去っていった。
綺麗に・・・。
確かに改めて見返してみると何だか小汚く見えてきました。
ただ手元にはヤスリもワックスもありません。買いに行くには
椅子から目を離す必要があります。
仕方がないので、少女はスカートの裾を少しちぎってその布で椅子を拭きました。
綺麗とまではいかないですが、汚くはなくなりました。
それから、定期的に椅子を拭きながら椅子の隣に少女は立ち続けました。
ある時何だか疲れた様子の男性が椅子の前にきました。
「やぁ、お嬢さん。申し訳ないんだけど、ひどく疲れていて
この椅子に座ってもいいだろうか。」
そう少女に許可を求めました。
少女は断る理由もないのでうなずきました。
「どうぞ座ってください。」
ハァ〜。
男性が椅子に座り疲れた様子でため息をつきました。
しばらくすると落ち着いたのか顔を上げ隣にいる少女に話しかけました。
「君はもうずっとここで立ち続けているのかい?」
「えぇ、まぁ気づいた時からずっと居ますね・・・」
「そうか…」
男は少し考える様な素振りをすると、椅子から立ち上がり何処かに行ってしまいました。
少女はまだ話してみたかったので少し残念でした。
しばらくすると、何と男性が帰ってきました。
しかも手に何やら椅子を持ってます。
「いや〜ごめん。急に立ち去ってしまって。これを持ってきたくて。」
男は持ってきた椅子を少女の椅子の隣に置きました。
「ずっと立ちっぱなしは大変だろうから、これ俺の椅子だけど良かったら座って?」
そう言って男は私の椅子に座り、自分の椅子に少女が座ること勧めてきました。
初めてのことで少女はどうしたらいいのか分かりません。
男の方を見るとニコニコしながら私が座るのを待っています。
ここで座らないというのは何だか勇気がいります。
「では、失礼します・・・」
とても小さな声になってしまいました。
その椅子はふわっとクッションがお尻を包み込んでくれて、
背もたれはちょうどいい角度で少女の背中を支えました。
少女はその時初めて自分の肩の力が抜けるのを感じました。
今まで感じませんでしたが、立ち続けの生活に少女は疲れていた様です。
その様子をニコニコしながら見ていた男性は少女に話しかけました。
「俺の椅子の座りごごちはどう?」
「はい。とても座りごごちいいです。」
「それは、良かった。」
それから男性と少女は椅子に座りながら色々話をしました。
なぜあの時疲れていたのか、今までどんな人に会ってきたのか。
なぜ自分の椅子には座らないのかなど、雑談から哲学まで話がとまりませんでした。
ふと気がつくと、だいぶ時間が立っていて隣に座っていた男性はいなくなっていました。
けど、少女は寂しくありません。なぜなら少女は男性から貰った椅子に座っていてとても心地良かったからです。また私の椅子に誰か座ることもあるかもしれません。けどしばらくはこのままで。