転移者ミヨチャンは6歳児(1-9)
「まー、こちらがフローレの命の恩人さん、小さな女の子なのね。」
一夜明けてフローレとロイド救出の礼を受けるため、伯爵のお屋敷にお邪魔しているミヨチャン。
昨夜、”ヒマワリ食堂”から伯爵が差し向けた馬車でアズーリ城に到着し、客室で休んだのだった。
立ったままで談笑しているのはフローレの母にして、ロイドの師匠。ミラン・アズーリ伯爵婦人。
薄いピンクのロングヘアーのミラン夫人は女性の武芸者としては現在も最高峰の達人である、また炎系攻撃魔法の使い手としても1線級だ。
アウラーデ子爵の母親の姉妹、末妹である、故にアウラーデ子爵とフローレもまた従兄妹だ。
ゆったりとした薄紫のロングドレスは胸元がやや開き気味、現代のパーティードレスのようなしつらえだがまー、お貴族様の奥様などこんな衣装なのだろう。
ニコニコほほ笑むアズーリ婦人は24歳とのこと(フローレに聞いた)。
「よろしくね、小さなお嬢さん。」
ミランが差し出した右手をミヨチャンも握り返す、と思われる瞬間ミランの伸ばした親指がミヨチャンの手の甲側に絡み細い手首を右方向にねじる。
絡めた腕を、手の甲に回した親指を始点にして肘を折り腕を背後にねじり上げる関節技。
「タン、」、右手を握り合ったままミヨチャンは後方に1回転、空転をして着地、軽やかな着地音が床を鳴らす。
ミヨチャンは何もなかったようにニコニコしながら握手の手を離すと
「初めまして、イマイミヨです。」お辞儀をしてミラン夫人に挨拶をする。
「初めまして、ミヨチャン。見事な空転だったわ、身のこなしを見ただけで達人、だと分かるわ。
お会いできて嬉しい、アズーリ家にようこそ!」
息をのんで見ていたフローレとロイド、ビックリの展開である。
「うちは賓客は執事ではなくてわたくし、ミラン・アズーリが伯爵のもとに案内するの。
わが家では王様も含めて3人目だわ。」
ミラン夫人の後をミヨチャン、フローレ、ロイドの順番で長い廊下を歩く。
小さなドアをノックして「あなた、入るわよ!」
ぞんざいに声をかけるとミランがドアを開ける。
12畳くらいの明るい部屋に10人かけ位の長いテーブル。
そしてテーブルの向こう側からドアの方を向いて若い男性が立っていた。
「ミヨチャン初めまして、歓迎するよ。
わたしがフローレの父、イリュー・アズーリだ。
一応、”伯爵”という仕事をしている。」
軽やかに語ると皆にテーブルの席に座るように促す。
テーブルの各席にはガラスのコップに水が入っている。
自らも着席すると伯爵自身が
「さー、グラスを持ち上げて、女神アリシア様に出会いを感謝して乾杯をしよう。『カンパーイ』。」
奥の扉が開いてメイドが手に手に皿を持ち、皆の前に皿を並べてゆく。
目の前には瞬く間にスープ、パン、のほかにステーキの皿と茹でタラにポンズのかかったの(笑)。
伯爵とミラン、ロイドの前にはワインの瓶、ミヨチャンとフローレはお水。
うん、ショボイ。
異世界物の中では前例のないしょぼさだが進もう!
「ミヨチャン、あんまりしょぼくてビックリしただろうがこれは我が家では最高のもてなしなんだ。
我が家では話したくない相手の時は食べきれないほどの皿を並べる,豪華な胃が疲れるようなヤツをね。 逆に語りたい賓客の時は最低限に質素にもてなす。
ミヨチャンはフローレに”伯爵も公爵も関係ないわ”と言ったそうだね(笑)。
その、澄んだ目で私たちと長く付き合ってほしい。」
「私の代からだが、我が家では食事は談笑しながら進めることにしている、拒絶する客は別だがね。
さー、大いにショボイ伯爵家の料理を楽しんでおくれ!」
伯爵は23歳、姉さん女房でラブラブだそうだ(フローレに聞いた)
(以後、食べながら)
「うちの水はまずいだろう、石灰質がアズーレ地方は地下に一面張っていてね、医者の中には『石灰質の水は体に良いのです』という奴もいるが、なんともなー。」
伯爵が笑いながら話す、ワインで少しほろ酔い。
「あなたがこんなにお話しするの、見たことないですわ。
よほどミヨチャンとお話ししたいのね、少し妬けますわ(笑)。」
ミラン夫人が伯爵を軽く睨む。
伯爵の前では酒に手を付けないロイドに
「ロイド君も遠慮はいらない、ワインでも飲みたまえ。」
伯爵が話をそらす。
「まー、大変なライバルが出現だわ!お母様、頑張るのよ!(笑)」
フローレにまで茶化されるラブラブ伯爵夫婦。
「で、ミヨチャン。あたしはいつまでお水を飲むの(カルピスはどーした!)」
フローレの一言に皆の会話がぴたりと止む。
「お終いまでよ、あたしのコップは1個しかないし、ほかの容器に移すとなんでもない、ただの水になっちゃうんだから。」
ミヨチャンが当然のように言う。
「なら簡単じゃない、順番に好きなものをコップで出してみんなで飲んでゆけばお食事が終わるまでにみんな2回ずつくらい飲めるじゃない。」
フローレがあきらめない。
「あのねフローレ、いくら衛生的に問題なくても伯爵様の前で1個のショボイコップを使いまわして飲むおバカがどこにいるのよ?」
ミヨチャンが真っ当なことを言う、正論である。
「あたしもロイドちゃんに聞いて”カルピス”っていうの、楽しみにしていたんだけど、ミヨチャンさえ構わなければ順番にごちそうしてくれるかしら?」
「国境警備の武勲の家、アズーリ家の人間は荒地での夜営、戦での野営など年中行事。
ショボイコップの使い回しなんて日常茶飯事、誰も気にしないわ。ね、あなた?」
ミラン夫人が当たり前のように言う。
「うむ、ミランの言うとおりだ。ここはひとつ、ミランに”カルピス”と言うのをふるまってくれないか?」
「父さま、ひどーい。母さまは後出しよ、あたしが先だわ!」
むくれるフローレ。
幼稚園カバンから銅のコップを取り出し赤い布を被せる。
一瞬、発光したコップの中には冷え冷え、粒氷入りのカルピス。
「奥様、先に声を上げたフローレに分があると思いますのでこちらを先に。」
ミヨチャンはミラン夫人にそう言いながらフローレにカルピスを渡す。
「ンクッ、ンクッ!美味しい、ご馳走様!」
1番手、フローレが飲み終わる。
「では奥様も同じものをどうぞ。」
ミヨチャンは次のカルピスを手早く作ると立ち上がって、ミランの手にコップを渡す。
「まー、このあったかみのあるしょぼさがステキ!」
(ほめられてるのか、けなされてるのか?と思うミヨチャン)
「冷たい、あまい、美味しい、ナニコレ!」
「ミヨチャン、もう・・・、次は誰かしら?」
おかわりはノーですよ、奥さま。
皆の視線に気づいてミラン夫人、ぎりセーフ(笑)。
「誰もいなければワタクシが、・・」
おずおずと様子を見ながら声を上げるロイド、空気を読みすぎる貴族子弟である。
「はい、ロイドさん。大好きなミカン味。」
「きたコレ!」
思わず立ち上がって叫んじゃったロイドさん、一瞬後、素に帰り罰悪そうに黙って、「ゴクゴク、」。
「わたしもその順番待ちに入っていいのかな?」
伯爵も切り出した。
「ハー、あたしからはなんとも、・・・」
さすがにミヨチャンも勢いがない。
「ミヨ、チャッチャと父さまに飲ましたらあたしでしょ!ほら、急いで急いで。」
フローレがじれったそうに言う。
「それではどうぞ!」
覚悟を決めて伯爵にカルピスのコップを手渡す。
「おー、これは冷え冷えじゃないか!」
「ゴクゴク、!」
「これは美味しい!わたしも2杯目の希望者の末尾に入れてもらおう。」
伯爵まで目をキラキラ、これが3周してミヨチャンは売り子さんからやっと解放された。
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