ウタワレの歌 4
あれから、正門に峰が待ち伏せするようになって、もう1週間が過ぎた。
校内でも少し噂になってきている。
隣の高校の生徒が彼氏を待ち伏せしているとか、告白のタイミングを見計らっている健気な女子とか、はたまた親の仇を撃つために呪いのまじないをかけるべく儀式に必要な対象者の髪の毛を集めているだとか、噂というものはどうも面白いように様々だ。
危なかっしい憶測が飛ぶ理由の一つには、やはり峰自身の見た目の問題も少なからず絡んでいるに違いない。
正門の近くで峰の横を通りすがった生徒達曰く、その瞳は覗き見ることの出来ない深淵の黒さを携えていて、目を合わせるとメデューサの如く見るものを固めてしまうほどの眼力を持つと言う。
――要は、見た目がかなり不気味なナリをしているからだろう。
髪の毛はお世辞にも似合わないほど伸びきっていて不潔さが漂っているし、制服の肩には白い塊つまりフケが溜まっているし、何より顔面は吹き出物だらけでとても女性の身だしなみとは思えないほどだからだ。
そんな女子から待ち伏せされているのはどこのどいつだろうと、怖いもの見たさも相まって、行きゆく生徒は自分ではないこと祈りつつも、そのメデューサ女の視線の先を自然と追うようになっていたのだ。
だからこそーー
「おい、イナ。帰ろうぜ」
「あっ、わりい柴・・・。今日ちょっと先生に呼ばれてて・・・」
「なんだよ。お前なんか最近付き合いワリーぞ」
「そ、そうか・・・?なんかこの前の小テスト良くなくってさ、重村に目つけられちゃって・・・」
「ふーん、まぁ、またいつもんとこでブラブラしてるから、時間合えば待ってるわ」
「おう、じゃあな」
帰宅部の俺は、誰にもバレずに峰の視線をかいくぐって下校しなければならないのであった。
見つかって、声でもかけられたりしたらたまったもんじゃない。
噂は瞬く間に広がって、収拾がつかなくなるものだ。
何も面倒は起こさず、問題も起こさず、誰からも特段大きな注目を浴びず、高校生活をまっとうに生きていく。
峰という人間は、俺にとって急に現れた異分子みたいなものだ。
――けど、あいつが待ち伏せをしてからそろそろ1週間。
なんだが悪いような気もしなくもない・・・
自分がもし逆の立場からすれば、例えば誰かを待ち伏せするなんて度胸、なかなか出るものでもないし、ましてや他校の正門で待ち伏せするなんて変な噂が立つに決まっているし、それを省みず辛抱強く待ち人を待ち続けるなんて、よほど肝が座っていると言えるだろう。
それに、いつまでもこうやってこそこそ帰るわけにもいかない。
「はぁ〜・・・」
俺は意を決して、いつもはバレないように裏門から帰っていたが、今日は恐る恐る正門へと重い足を向けた。
それでも、あらかた帰宅部達が帰った後、なるべく他の生徒が居ない頃合いを見計らってからだ。
単に自転車を取りにきた生徒。
そう、峰が正門近くにいるせいで、ここ1週間自転車が置きっぱしなっているのだ。
それを取りに来ただけの生徒。そう、俺は峰に会いに来たわけじゃない。ただ自転車を取りにきた生徒。何の関係もない。だた俺は――
「あっ!」
と、弾んだ声と共に、正門から自転車置き場まで峰が走ってくる。
「せ、先輩!やっと見つけました!」
「いや、俺は自転車を取りに来た生徒だ」
「何言ってるんですか?先輩」
「だから俺はお前の先輩じゃない。他校の生徒じゃないで、何の関わりもない」
「でも、世の中的には後輩と先輩の関係ですよね?」
「まぁそうだけど・・・」
「それ以上の関係はまだ無いですよ、私達には」
「だから、なんでそんな言い方するんだよ!そんなこと言われると変な誤解が生まれるんだよ!」
いつの間にか、またこいつのペースに乗せられてしまった。
「何してんだよこんなとこで。また俺何か落とし物しちゃったのか?」
「はい!私という落とし物です!」
ぶん殴るぞ。
こいつギターを持ってやがる。
歌と繋がりがあると思われると嫌だ。見られたくない。
「今日は、マイギターを持ってきました。今から土手でレッスンをしてほしくて・・・」
「歌はもう辞めたんだよ」
「だったら、この前土手で歌ってたのは?」
「あれで最後」
「最後があんな中途半端な終わり方でどうするんですか?ちゃんと歌い切るまでしないともやもやしますよ。だってあんなに気持ちよく歌っていたのに。そう言えば、先輩もあの時ギターもっていましたよね。いつもは持ち歩いていないんですか?」
「うるさいな、声がでかいって!」
「先輩の方が声おおきいですよ。やっぱり普段から声量も大きいんですね」
そうこうしているうちに、他の生徒にじろじろと見られてしまっていたことに気づけなかった。
なにあれ?
彼女が待ってくれてるんだ、けなげね。
あの女の子、そう言えばここ最近正門で誰か待ってた子じゃない?
ここだと目立つ。
背に腹は代えられない、俺は峰の手を引いて正門を出た。