ウタワレの歌 2
「あー・・・思い出すだけでまだドキドキするわ。」
「まだ言ってんのか、お化け女の話。もう忘れろって。」
放課後、鞄を無造作にひっつかみながひとりごちた俺の台詞に、柴が応える。
学校の規定をギリギリ破るくらいの髪色をした柴は高校入学当初からの親友だ。
物珍しいのものには、元々愛嬌のある表情に加えて一段と目を輝かせながらにやにやと近寄ってくる柴も、今回のお化け女事件には、好奇な視線を送ってはこない。
「いや、本当に怖かったんだって。振り返ったらいるんだぞ。長髪の、見たことのない、女の子が、しどろもどろに何か言ってくんだよ。お前も経験したら分かるよ、この気持ちが。」
「いや、別に、経験なんてしたくないね。イナは神経質なんだよ。」
「繊細だって言って欲しいね。」
「んで、この後、どうするよ。」
また、駅前のゲーセンいくか?と、若者特有のエネルギーの使い先を模索するやり取りを交わす前に、
――2年2組稲田浩輔君、職員室まで来てください。
学生の本文から束縛された自由の身に、一番聞きたくもない校内放送が俺にまとわりつく。
「なんだイナ、なんかやったか?」
肘で、俺のわき腹を突きながらからかってくる柴。こういうことには興味をもつんだよな・・・。
「いや、知らん。だからこそ、なんか怖えーよ・・・。」
「どうせまた授業中に寝てたんだろ。」
先行ってるわ。後で連絡してくれ。
ひらひらと手を振る柴を視界の端に見ながら、俺は職員室に向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ホレ、学生証。落としたんだろ?」
「あ、ありがとうございます。」
「お礼はこっちの子に言いなさい。」
「・・・。」
「・・・。」
で、出やがった・・・!
目の前には、長髪黒髪の、幸が薄そうなあのお化け女がいた。
職員室の蛍光灯に照らされ、相変わらず髪の毛は艶があり、いや艶があり過ぎて発光しているかのうようにピカピカしている。制服は、昨日見た通り、隣の高校のものだ。
職員室に他校の女子生徒がいる。ただそれだけで他の先生からの視線が痛い。
「き、昨日、慌てて自転車に乗った時に・・・。落としましたよね、学生証。」
「あ、ああ。そうだったのか。」
「何度も声かけたんですが、行ってしまって。」
「ああ、すみませんでした、ありがとうございます。」
律儀にも放課後に届けに来てくれたっていうのか。
それにしても、別にわざわざ手渡しなんかしなくてもいいだろうに。なんで直接渡すんだよ・・・。
――す、素敵でした・・・。
昨日の、あの一件がふいにフラッシュバックする。
こんなところで、先生達がいる前で、またそんな台詞をはかれたりしたら恥ずかしいどころじゃない。
「それじゃ、俺部活あるんで・・・」
「稲田ァ、お前部活入ってないだろ?」
「いや、帰宅部もれっきとした部活ですよ先生。」
「馬鹿言ってんな。生徒手帳無くしたら発行にお金かかるんだぞ。ほら、峰さんを正門まで送ってあげなさい。他校生なんだから。」
「・・・峰?」
「ん?君たち、知り合いじゃないのか?」
「いえ、単なる一夜限りの間柄で・・・。」
おいおいおいおいおいおいおい、なんてこと言うんだコイツ!
「えっ、一夜限りって・・・?」
普段耳にしない単語をさらりと言われてよろめく担任。
左手薬指に人生の勝利の称号もはまらず数十年、学生からの信頼は厚く、ただ頭部の茂りはここ最近めっきり薄くなった2年2組担任の重村(38歳)が、小さな咳払いと共に居心地悪そうに椅子に座り直す。
「あ、今は、まだ一夜限りですが、今後はもっと深い関係になりたいと思っています。」
「今は・・・!?稲田・・・お前ェ・・・!ふ、不純異性交遊は、け、けしからんぞッ・・・!」
「いやいや、何もしてねぇって!昨日、土手ぶつかっただけだって!ってかお前なんでそんなこと言うんだよなんなのお前!」
「ぶつかったのは体だけではないです。気持ちの面でも私は貫かれました。あなたの歌声に―――」
はーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!
「う、歌?貫かれた?どういうこと?」
重村が首を傾げる。
「はいはいはいはいもういいです大丈夫ですちゃんと峰さんは正門まで送り届けますんで先生後で塩巻いておいてください失礼しましたー!」
俺は強引に峰を手を引き、職員室から逃げるように退出した。
重村の呼び止める声が聞えたようだが聞こえないふりをしながら。