その性、単純で繊細
プロローグ
〜傷心〜
自分だけが好きならばそれでいい。
愛しい人が手に入らないぐらいで、彼女がいると言われたぐらいで、「それでもいい。」
なんて、私にとってその言葉は今を繋ぐ為のセリフ。
そこに気持ちなんてない。
あなたのその心は私には向かない。
知っている。
でも、その不幸を私はまだ知らなかった。
「大切な女がいる。」
「だと思った。」
「...。新しい恋をした方がいいと思うよ?」
「それは残念。」
奇妙だったかな?
笑顔で残念がる私を見ても、あなたは表情を変えはしなかった。
「でも好き。」
「そんなに?」
あたなはフフっと笑いながら言った。
笑った?
違うよね、呆れたんだよね?
知ってる。
「不思議だね。お互いの事全然知らないのにね。」
「ごめん...。」
「なんで謝るの?謝るなら私の方でしょ?」
今度は私がフフフっと笑った。
「俺、何かしてあげたい。好きになってくれたんだから。」
「酷い優しさだね。」
「...。」
返す言葉が見つからない様子をいい事に、私はもう一言言った。
す「これからも好きでいていい?」
これが自分のため。
忘れられないから。
忘れたくないから。
愛しい人と思い出を共有することが、私にとってどれだけ幸福か。
例えそれが中身のない思い出で、ただの記憶だったとしても。
一緒に居られる時間が、どうしても欲しくて。
あなたの今後とか、あなたの大切な人の事とか、そんなのどうでもいい。
私があなたをずっと好きでいたいだけ。
自分のため。
「これからも連絡していい?」
「そんな事でいいの?」
「それ以上の事が許させるの?」
「一生に一度ぐらい悪い事しないと...。」
呆れた。
今度は私が呆れた。
餓鬼...。
そう思った。
そしてまた、なんて愛しいんだろうとも思った。
私の目は盲目になっていた。
「また連絡するね。」
そう言ってその日は別れた。
神戸の西の方は、神戸なんて名ばかり。
少し歩いたら、田んぼさえ広がる田舎。
そんな所に私と彼は、お互いの家を5分もかからない間に往復できる所に持っていた。
だから、帰るまでに気持ちの整理をしようにも、時間が足りなかった。
玄関のドアを開ける前に、化粧ポーチから手鏡を取り出した。
表情を作り、少し深呼吸。
「ただいま。」
お母さんは笑っておかえりと言った。
私も笑った。
〜懺悔〜
泣いていた。
あなたの大切な人の気持ちを考えると、吐き気が止まらなかった。
申し訳ない事をした。
許されない事をした。
諦めなけなればいけなかった。
でも、出来なかった。
だって、だって、あなたが私を受け入れたから。
仕方ないじゃない。
私はあなたを拒めない。
あなたを忘れられない。
誰の匂いもしないベットで、ずっと、ごめんなさい、ごめんなさいと言い続け、涙が流れてる事すら分からなくなるまで、顔が痙攣するまで泣き続けた。
「お出かけしよ。」
そう連絡したのは私の方だった。
4月の中旬。
桜が満開だった。
まだ少し寒いね、そんな事から始まったやり取りだった。
「どこに?」
「お姉さんはカラオケに行きたい。」
グッドのマークだけ返ってきた。
「いつ?」
「今日!」
「今日!?」
「今日はバイトないでしょ?」
「分かった分かった。じゃあ、14時からなら大丈夫だよ。」
「了解。迎えに行くね。」
「ありがと。」
18歳の子供だから、私は車で迎えに行った。
実家暮らしだから、親御さんに見られないように、彼の家から少し離れた所で待ち合わせ。
遅れてきたあなたが履いていたズボンと、私のスカートの柄が被った事で、2人で笑ったね。
歌が好きな私にとって、カラオケって最高のデートコースなの。
歌うとね、自己陶酔できるから。
いつも、歌ってる時だけ満たされの。
私がリクエストした曲を歌ってくれた。
下手なあなたの歌が、すごく特別な歌声に思えた。
普段出さない声、普段見せない恥ずかしそうな表情。
その全てが愛しい。
次は私の番。
私、歌上手いでしょ?
だって、あなたの年ぐらいに散々練習したんだもん。
週1で通ってたんだよ。
いつかできた彼氏とのカラオケで、上手いねって褒めて欲しかったから。
そのいつかが、今だね。
彼氏じゃないけどね。
あなたはいい声してるのに音痴だね。
ダメだなぁ、私。
こんなただただお互い歌ってるだけなのに、こんなに楽しい。
私、笑いすぎてないかな?
ニヤついてないかな?
あ、その曲、私も好き。
この曲、十八番だから聴いて!
ねぇ、この曲歌って欲しい!
物足りないなんて思わなかった。
思いたくなかった。
思うべきじゃなかった。
そう思ってた。
ついさっきまで、本当にそう思ってた...。
カラオケ?
したよ。
1時間だけね。
あとの1時間半は何してた?
カラオケだよ?
個室。
お互い、求めるに決まってるじゃない。
愛しい人が目の前にいるのに、求めないわけないじゃない。
15時過ぎ。
「疲れた...。」
「まだ、1時間しか歌ってないよ?」
「いや、どんな体力してんの?
つーか、歌上手すぎ。
全然下手じゃねーじゃん。」
「そう言っておかないと、勝手に上手いって思い込まれても困るもん。」
「騙された...。」
曲を探すために私はリモコンをいじっていた。
その手を握ったあなたの手は綺麗な指をしていた。
目が合ったから、キスをした。
柔らかいね、あなたの唇。
あなたとのキスはこれが初めてじゃない。
この前は、あなたがバイト終わったって連絡くれたから、会いたくなっちゃって、迎えに行った。
その時に、したよね。
それがあなたとの初めてのキス。
初めて好きな人とするキス。
私の気持ちを、受け入れながら踏みにじったあなたとのキス。
それでも私はあなたの声を、吐息を、唇を、熱を感じれた事が嬉しかった。
「ディープキス下手だね。」
あの日、赤面する私にそんな事を言ったよね。
耳元で低く鼓膜を刺激する声は、あまりにも愛しくて、私は笑う事しか出来なかった。
あれからまだ1週間しか経ってないから、まだキスは下手でしょ?
でも、少し慣れては来たんだよ。
だからほら、私も自分から舌を動かしてるでしょ?
そんな事を無意識に考えていたら、あなたの唇は私から離れた。
そして、私の熱を帯びた耳元で一言、あなたは低く、とっても愛しく囁いた。
胸に手を当ててきた。
「んっ...。」
キスをしながらあなたは触れてきた。
異性から胸を触られるのは初めてではない。
でも、初々しく反応したら、あなたは悦んだ。
そんなあなたを見て、私は思った。
足りない。
物足りない。
キスだけ?
触れるだけ?
嫌。
ダメ。
もっと、求めてよ。
もっと、もっと、もっと。
1時間前の冷静さはどこに行ったのか、私には見当もつかなかった。
物足りないなんて思わなかった?
思いたくなかった?
思うべきじゃなかった?
健気ぶってどうしたかったの?
彼女さんに同情してもらいたかった?
「私はただ、彼が好きなだけです。やましい気持ちなんてないです。」
って?
馬鹿だよね。
キス以上の事はしない。
この間、あなたを家まで送った日の夜に、私はそう決めていた。
そして、今日カラオケに誘った。
だから、本当に歌うだけのつもりだった。
本当に、本当に。
でも求められたら、そんな決心、すぐに壊れちゃうに決まってるじゃない。
あなたから、キスなんてされたら。
あなたから、
「キスだけでいいの?」
なんて、言われたら。
「ここ、おいでよ。」
あなたの示す所とは、あなたの膝の上。
それはまだした事ない。
だから、顔を手で覆って首を横に大きく振った。
「なんで?」
「恥ずかしい...もん...。」
「乗るだけじゃん。」
「私、重いから嫌。」
「重くないよ。」
そういう気休めはいらない。
そんなフォローが欲しいんじゃない。
ほら、もっと言ってよ。
私が逃げられなくなるような言葉。
従わずには居られない言葉。
今は、恥ずかしさが勝ってしまってるから、勇気が出ないの。
でも、あなたの所へ行きたい。
だから、そんな恥ずかしさなんてどうでも良くなるほど、私を従わしてよ。
早く、ほら。
「いいから、早くおいで。」
そう。
そうやって求めてくれないとダメなの。
そうやって、強く、私が抵抗出来ない言葉で、私を転がして。
抵抗できなくなった私は、言われた通りに膝に乗った。
もちろん向かい合って。
ああ、あなたの目って、一重だと思ってたけど、奥二重なのね。
鼻筋は本当に綺麗ね。
あ、あなたの顔は見下ろすより、見上げる方がいい。
普段見る角度が1番いい。
少し上からの目線であなたを見つめながら思った。
その時の私はどんな顔してたかな?
私が膝に乗った後、先に口を開いたのは、確かあなただったよね?
何言われたか、正直覚えてない。
あなたのお顔の新しい発見で頭一杯だったし、何より恥ずかしかった。
覚えてるのは、
「こんなエロい格好して、どうしたの?」
って、あなたが私をからかった一言。
そう。
そんなふうに言って欲しいの。
私が夢中にならずには居られないような言葉。
その言葉で私は理性を忘れて、あなたを求められるから。
あなたが私を求めてくれていると思えると、私があなたを求められるから。
だから、あなたが私を求めてるんじゃない。
その実、私があなたを求めたいの。
「エロい格好って...、おいでって言ったじゃん。」
ふっとあなたは笑ってキスをした。
私は、あなたの肩に回していた両手を外し、その両手をあなたの頬に当てた。
愛しい。愛しい。愛しい。
何かに取り憑かれたような感覚になって、涙すら出てきそうになった。
でも、私がそんな状態だった事、あなたは分かってなかったでしょ?
だって、私があなたの頬に手を当てたと同時に、あなたは私の胸に手を当てたんだから。
次はもう服の中に手を入れてたよね?
私があなたよりも高い位置にいるから、手を入れやすかったのよね?
分かるよ、そんな事ぐらい。
ああ、違う。
そうじゃない。
本当は、服の中であなたの暖かい手が動く度に興奮して、そんな事考えてなかった。
下着の上から触れられるのも初めてではない。
なのに、今まで触れてきたどの人よりも興奮した。
そのせいで、あなたの唇を私から離してしまった。
その時の私、余裕のない表情だったでしょ?
だって、鼓動があなたにまで聞こえるんじゃないかって思うくらい、ドキドキしていたんだから。
そんな私を見て、あなたは柔らかい顔をしたね。
笑顔でもない、無表情でもない。
言葉だと「柔らかい」としか表現出来ないその表情。
私は思わず抱きついてしまった。
あなたにこれ以上、顔を見られるのが嫌だったから。
その後あなたは、私を好きなように扱った。
私が履いていたキュロットスカートのサイドホックを外して、ファスナーを下ろして、
「脱いで。」
と、私に指示をした。
求めて欲しいと願う私は、躊躇いながら言われた通りにする。
最後に私に脱がすの、やり方が汚いね。
私が断れない事分かってて。
スカートを脱いで、また同じように膝に乗って、またキスをした。
まだ少し寒いね、なんて連絡をしてたぐらいだったから、私は黒いタイツを履いていた。
その上から、あなたはゆっくりと私の足に触れた。
膝あたりから、ゆっくりと。
鼻息荒くなってただろうなぁ。
鼻息荒い女って思われたくないじゃない。
でも無理。
徐々にあなたの手は膝から太もも、太ももから腰へと動くんだもの。
自然とお互いの唇は離れてて、私はあなたに抱きつき、あなたの肩に顔を埋めるしかなかった。
徐々に普段秘めている所に手が触れる。
その度に呼吸が荒くなる。
吐息が大きくなる。
小さな声が出る。
「いやっ。」
恥ずかしさから出た言葉は、否定の言葉だった。
「嫌?」
あなたは手を止め、私に問いかける。
「い、嫌じゃない...、けど...」
言葉に詰まった。
あなたの首筋からふわっと香るあなたの匂いに、今自分が誰にどこを触れられているのかを改めて実感したから。
恥ずかしさが込み上げてきて、声が出なくなった。
そんな私の返事を聞いたあなたはどう思ったの?
あなたは止めていた手を、今度はさっきよりも強く動かした。
自分でもこんなに強く触った事はないのに。
未知の感覚を与えられて、怖いとすら思った。
小さかった声がだんだんと大きくなる。
「んっ、んんっ...。」
はぁはぁという吐息とその声に、淫らな事をしているという実感が湧いた。
「もうちょっと、足開いて。」
「っ...。」
何かを言おうとしたの。
それなのに、言葉が出ない。
もう、抵抗出来なくなっていた。
快感だった。
あなたの命令通りにした。
あなたに跨っている膝を、大きく広げた。
みっともない格好をさせられてすごく恥ずかしかった。
あなたの顔を見れなかった。
ずっとあなたに抱きついたまま。
「ひっ...。」
息を飲んだ。
だって、手が、あなたの手が、タイツや下着を超えてきたから。
目を瞑った。
耳が熱くなていく、鼓動が大きくなる、息が荒くなる。
やめたいと思った。
こんな恥ずかしい思いは初めてだったから、嫌悪ではなく、ただ単に現状に耐えられなくなったの。
でもあなたは、そんな私に追い打ちをかけるように、耳元でその愛しい声を響かせてきた。
「濡れてるよ。」
「お腹空いてない?」
「空いた。」
「私も...。」
会話しないと...。
さっきから私、全然喋ってない...。
「お、おやつの時間だもんね、小腹空くよね...。」
アハハ...なんて、こんな笑い方本当に出るんだな...。
「それより、もっと真ん中においでよ。」
ダブルベッドの割には小さめ。
そもそも、この部屋自体が狭い。
だって、安い部屋だもん。
学生と新社会人が買える部屋なんてこの程度だね。
でも、部屋が狭くても、ベットが狭くても、そんな事はどうでもいい。
どうでもいい。
そんな事、気にしていられなかった。
私は、彼の目をちゃんと見れないまま彼の言う通り、ベットの真ん中へ移動した。
私の目線は、あぐらをかいたあなたの脚。
ああ、あなた足も長いのね。
「緊張してる?」
「うん...。」
「ガチガチじゃん。」
「うん...。」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。」
さすがにフフっと笑った。
でも目線は変わらない。
「大丈夫じゃなさそうだけど。」
あなたも同じように笑う。
「仕方ないじゃん。
こんな所に来るの初めてなんだもん...。」
「じゃあ、なんで着いてきたの?」
「え?」
そんな事を私に言わせるの?
残酷だね。
あんな事を言っておきながら。
「濡れてるよ。」
「うそ...。」
あなたは、秘めたその部分を更に強く刺激した。
音が聞こえてきた。
「ホラ。こんなに。」
「い、言わなくていい...。」
「恥ずかしい?」
「もう...。」
あなたも調子がでてきた様子だった。
私が反抗できなくなる言葉を、使うようになってきた。
「続きする?」
ドックン。
あ、今の音、絶対聞こえたでしょ?
心臓が破裂したような音だった。
「どうする?する?しない?」
そんな目で見ないでよ...。
何も言えなくなるじゃない...。
私は首を縦に振る事しか出来なかった。
「嫌なら帰ってもいいんだよ?」
「帰りたくない...。」
「初めてなんでしょ?」
「うん。」
「俺でいいの?」
私はあなたの目を見た。
そう。
その目。
さっきカラオケのお店にいた時もしたね。
私を嘲笑うような甘えた目。
その目が、あなたの唇が、あなたが吐く言葉が、私を縛る。
どうしようもできなくなる。
そしてそれが最高に快感なの。
お願い。
その目を、もっともっと私に向けて。
私からキスをした。
唇を噛んだ。
やっぱり柔らかかった。
これが返事。
分かるでしょ?
唇を離したら、次はあなたからキスしてきてくれた。
あれ?
今までと少し違うね。
興奮してくれてるの?
少し乱暴なキスね。
自分のではない荒々しい鼻息が聞こえた。
その状況に思わず夢中になっていた。
夢中にならずには居られなかった。
でも、夢中だったはずなのに、あなたの事しか頭になかったはずなのに、押し倒された瞬間脳裏に浮かんだのは、あなた大切な人の顔だった。