現代版人魚姫 その2
〈その1〉と同じ、童話『人魚姫』のパロディですが。
話としてのつながりは特にないので、こちらから読んでも大丈夫です。
さて、『人魚姫』の物語は有名なので。
人魚の姫が難破船から王子を救った辺りは軽くすっ飛ばさせていただこうと思う。
と、いうわけで。
いきなりだが、話はいきなり「海の魔女のところで人魚姫が取引をする」場面から始まる。
そんな手抜きでよいのかということは気にしてはならない。
☆ ☆ ☆
「と、言う訳で人間の脚が欲しいんだけど……」
細々とした事情を説明し、魔女にそうお願いする人魚姫。
彼女のその頼みに対して、魔女は否定に指を当てて俯き、やや考えてから、
「私は構わないが……本当に良いのかね?」
と、訊ねる。それに対して、
「ええ。声を差し出す覚悟ぐらいはできているわ」
と、人魚姫は魔女をまっすぐと見ながら、迷わず即答。
ちなみに、まだ魔女が何も提案していないのに、声を引き替えにすると思っているのは。
先代の人魚の中にそのようなことをした者がいたからである。
だが、魔女は彼女の返答に対して、
「いや、別に声が欲しいとは思わないが……そうではなく」
と、返す。
「そうではなく……?」
人魚姫は、魔女の対応に「声ではない何か」を要求しようとしているのかと思い身構えた。
のだが、魔女はそんな人魚姫に対して、
「いいかね。人魚姫というキャラクターを構成する重要要素として、『下半身は魚』というのは最重要要素であるといえる。つまりだ、それを失うということは、登場キャラクターとしてのアイデンティティーの消失も意味する訳だ」
と、何やら小難しいことを、やや早口で言い出す。
これに人魚姫は魔女の話を半分以上聞いていなかったが、とりあえず、
「なるほど……」
と納得した素振りを示した。
が、それに気をよくした魔女は、
「一人の素人モノカキとして意見させてもらうとするならば、〈人魚〉をやめてただの〈姫〉となるということは、キャラクターのインパクトが作品全体の人気や売り上げさえも左右するこの時代において他のキャラクターたちに致命的な差をつけられる可能性が非常に高くなるということである。当然、そのようなキャラクターは王子に振り向いてもらうなどということは難しくなるだろう」
などとこれまた早口で、スラスラと続ける。
当然、人魚姫は魔女の台詞など今回も半分すら理解していないのだが、「まあ、相手は魔女だ。どうせ魔法の呪文だろう」と勝手に納得した。
なので、魔女の暴走気味な熱弁を止めるものが何も無いため更に彼女は、
「下半身を人間の脚に変えるぐらいならば、私はむしろ、自身が人魚であることを強調したような格好をして人気を稼ぐことをオススメする。例えばこの、伝説では〈ポセイドン〉が使ったとかいう噂のあるトライデント。これを装備することで、人魚の特長の一つである〈水属性〉を前面に押し出すというのはどうだろうか?」
などといい、人魚姫に対してトライデントを差し出した。
言っていることはまったく理解していない人魚姫だが、「どうやらこの槍を身につけると良い」と言われているらしいということは理解した。
しかし、別に槍などに興味のない彼女は、とりあえず槍を受け取ってから、
「でも、そんな武器を持ったら物騒な女の子だと思われない?」
と、魔女に疑問を投げ掛ける。
だがその疑問に「待ってました」とばかりに食いついた魔女は、
「安心したまえ。『武装した少女』は現代の海上世界おいては定番中の定番、圧倒的人気を誇る人気カテゴリーである。何せこれに関しては、この分野を研究した海上の学者の書物も存在しているぐらい、数が出回っているものである。よってこれぐらいのことで、現代の海上の若い男性は『物騒な女の子』などとは思うまい。むしろ『萌え要素』などといって喜ぶぐらいである。ちなみに、素人視点の意見で恐縮だが、女の子の武器に槍というのはファロス、つまり象徴的意味での男性器を表わし、内面的な意味での両性具有、つまりより〈人間〉として完璧に近い存在を示唆するとも考えられるのだが、いかがであろうか?」
と、力説。
ちなみに、ファロス云々のくだりは、そういう面の知識が何もない人魚姫がもし、ちゃんと聞いていたら「なんかイヤラシイことをいっている」と誤解したかもしれないが。
運が良いのか悪いのか、人魚姫は「学者」やら「書物」の辺りで「あたし、そういうの苦手だし」と真剣に聞くのをやめており、最初と最後の方だけしか聞いていなかったので。
魔女の話を「海上では武器を持った女の子は好かれる。完璧なぐらいに」程度にしか理解していないのであった。
なので、ここでも魔女の危険極まりない勢いの説明は止まることがなく、
「単にトライデントだけでは押しが弱いと考えるのならば、その他にも、〈水属性〉を表わす装備を身につけると良いだろう。例えば、このカットラス。これは〈ジョン・カラム〉の海賊旗でも有名な刀剣となっている。トライデントのようなポールウェポンと違い、こちらは船内などの狭い空間でも使い勝手がよいので、組み合わせて購入していただくと便利かと思われる」
などと商品の宣伝も含めて続ける。
これに、先ほどから書いているように、部分的にしか聞いていない人魚姫は、
「海賊って。それこそ物騒な女の子と思われない?」
と訊ねる。
無論、海上のオタク文化に何故か精通している魔女が、その程度の知識がない訳もなく、
「安心したまえ。海賊は確かに悪役のイメージがあるが、海上には某有名少年漫画などのように〈主人公が海賊〉という作品も多数存在する。また、数年前にはメインターゲットに子どもを想定した特撮ヒーローのモチーフにも使用されている。このような状況のため、海上の若い男は、海賊の少女というのもまた『萌え要素』と解釈するであろう。更にいえば、ここには『王子のハートというお宝を手に入れる』という意気込みも表れているので、メッセージ性の面でも非常に有効である」
と説得。
更に追加として、
「ちなみに、カットラスは海賊に限らず船乗りが使用していた刀剣なので、これだけでは〈海賊〉らしさに欠け、先に述べたメッセージ性が表現できないかもしれない。ならば、こちらの三角帽を被ることをオススメする。この三角帽も時代によっては軍人や、更には一般人まで被っていたが、今回は三角帽購入特典サービスとして、あなたのオリジナルの〈シンボルマーク〉を帽子に刺繍することができるため、そちらで〈海賊らしさ〉を出していただければ問題はないかと思う」
などと、新たな商品の宣伝をする。
「うーん。そこまで言うならそれにしようかしら?」
話など、十分の一すら聞いていなかった人魚姫だが、とりあえず魔女の熱意だけは理解したことや、「王子のハートを手に入れる」辺りだけ耳に入れていたこともあって、魔女の薦めるアイテムの購入を検討し始めた。
それに気がついた魔女はここぞとばかりに、
「この際、他のアイテムも同時に購入してはいかがであろうか? 例えばかの有名な女海賊〈アン・ボニー〉の使用していたものをイメージしたこちらの銃や、メソポタミアの水の女神グラの水瓶、トリトンの法螺貝、龍宮の乙姫の元結の切り外し、魔導書『クタート・アクアディンゲン』、チャルチウィトリクエの翡翠のスカート、潮盈珠と潮乾珠などなど……水や海にちなんだ商品をこちらでは各種取りそろえているのだが……」
などといいながら商品カタログを人魚姫に渡す。
ちなみに、さりげなく商品にただの海草が紛れ込んでいるが、気にしてはいけない。
「へぇ……あ、これセットでお得ってのもあるのね……でも、それでも、結構高いなぁ……」
カタログを見ながら購入するべきか、人魚姫は迷っていた。
と、その時!
「大丈夫よ! お金のことなら心配ないわ!」
と言う声が!
人魚姫が振り向くと、そこには彼女の五人の姉が腕を組んで仁王立ちをしていた。
下半身が魚の人魚に「仁王立ちをする」という描写が果たして適切なのか、それはまあ気にしないことにして。
何故、人魚姫の姉五人がここにいるのか。
人魚は人間の前に姿を現してはいけないという掟があるため、人魚姫は姉に黙って魔女のところを訊ねてきたはずなのに。何故。
そして何のために?
「最近、どうもアンタの様子がおかしいと思って、後をつけさせてもらっていたの……事情は大体わかったから姉さんたちに任せなさい!」
「今時、掟のせいで自由に恋愛もできないなんて古くさいわ!」
「お金なら姉さんたちが出してあげるから、それを身につけて王子のところへ行ってきなさい!」
人魚姫の姉というのは、原作では人魚姫のために自身の髪と引き替えに、人魚姫が元に戻るためのナイフを手に入れてきたりするポジション。
で、そのナイフで王子の心臓を刺して、王子の血を脚に塗ることが元の人魚に戻るための条件だったりするのだが。
今回、彼女たちが登場して人魚姫を助けているのは、この「王子の心臓を刺すためのナイフを手に入れる」から「王子のハートを射貫くためのアイテムを手に入れる」という連想のためである。
いや、決して「こうでもしないと私たちの出番が無いじゃない!」などと思って急いで魔女のところに押しかけて来た訳ではないし。
「ここで妹を助けなかったら私たちのイメージが悪くなるじゃない!」という発想でお金を出すと言っているのでもない。
あくまで、あくまで原作基準の姉妹愛による純粋な行動なのである。
……多分。
「姉さんたち……グラッツェ!」
と、こうして人魚姫は魔女から「水属性の装備セット」を購入し、その中から気に入ったものを身につけて、海上の王子の城を目指すことにしたのだった。
ちなみに、勢いに任せて魔女から多数のアイテムを購入してしまった五人の姉は、後で父親から「無駄遣いなんぞしおって、この馬鹿娘共がっ! このガラクタ、どこに置くんじゃ!」と散々説教され。
その上、王族なのに毎日節約生活をしなければならない、お洒落するのも、遊びに行くのも無理という状況に陥ってしまったのだが。
五人とも「私たちの登場シーンと人気の……いやいや、可愛い妹のためだ。仕方がない」と堪え忍んだのであった。
☆ ☆ ☆
さて、その五人の人魚の可愛い妹は、無事に海上の王子の城のある城下町を訪れていた。
ちなみに、人魚の状態でどうやって地上を移動しているかといえば、魔女から買った商品の一つにより水を操り、その中を泳いで移動しているのである。
当然、自身が人魚であるという正体を隠す気など毛頭ない。
私は私だ。
このままの私を愛せないのなら、そんな王子に用はない。
また、人魚である私を受け入れないのなら人間界そのものにすら用はない。
今の人魚姫はそう考えているので、人魚である自分を堂々と人間たちに晒しているのである。
更には手にはトライデントを持ち、腰にカットラスと銃を携え、頭にはドクロマークの入った三角帽を被っていた。
無論、こちらも隠す様子などまるでない。
何せ人魚姫の頭の中は、「これより、王子のいる城へに、王子のハートという財宝をいただきに乗り込ませてもらう」という考えで溢れかえっているのである。
その上、人魚姫の脳内では。
魔女に「海賊のイメージなら、この曲を聴いておくとより気分が乗るかと思われる」と言われて聴かされた。
海賊ものの特撮ヒーロー作品の、ヒーロー登場シーンなどでよく使用されていたBGMが延々と流れているのである。
つまり、完全に戦闘モードの人魚姫なのである。
そんな人魚姫は手に持ったトライデントを天に向けてかざし、
「見なさい、この輝きを。これで王子もイチコロね!」
などと口にする。
この独り言が、自分に言い聞かせるためのものなのか。
それとも何かの作品の主人公にでもなりきっているために言ったのかは定かではない。
だが、端から聞けばただの物騒な発言である。
当然、城を守っていた兵士がそれを無視する訳もなく。
「む? あそこで怪しい女が、武器を持って物騒なことを……皆の者! くせ者じゃ! であえであえ!」
と反応した。
ちなみに、彼の反応が時代劇がかっているのは、彼が「いつかこういう台詞を言ってみたい」と思っていたからであり。
当然、後にちゃんと、持っている無線機を使って普通に連絡をして応援を呼んだのだが。
まあ、それはともかく。
こうして、彼の対応が元となり、人魚姫に向かって多数の兵士や、野次馬たちが押しかけてくることになったのであった。
当初はそれを「何? もしかして、アタシの魅力に惑わされたファン?」などと調子のいいことを想像していた人魚姫だったが、近づいてくる者たちの見幕を見て流石にその考えは間違っていると気がつき。
更にそのあまりの数に戦意も喪失して「なんかヤバイかも……逃げなくちゃ!」という発想にいたり、一目散に海の方へと逃走していったのであった。
と、こうして。
人魚姫は海上の世界では「地上侵略に現われた、深きものどもの一味」と誤解されることとなったのであった。
☆ ☆ ☆
さて、補足しておけば。
この「王子のお命を狙った、不届きなもの」についての連絡が本人のところにいかぬ訳もなく。
王子の元には家臣からの「このような者が王子のお命を狙っております。くれぐれもご注意を」という忠告とともに、人魚姫の写真の入った指名手配書が届けられたのだが。
王子はそれを見て、
「ふーん。こんな娘がいるんだ。ちょっと気になるね」
などといいながら、自身の部屋の壁に指名手配書を貼り付けたのであった。
この行為が、単に危険人物の顔を覚えておくためのものなのか。
それとも人魚姫を気に入ったので〈可愛い女の子の写真〉という理由で飾ったのか。
それは王子のみが知るというところである。
☆ ☆ ☆
〈次回予告〉
「人魚姫よ! この変身ベルトでそなたの中の隠された力を引き出し、『戦闘人魚マーメイダー』として王子のために闘うのじゃ!」
「フッ! 人魚の姫さんよォ! 王子にふさわしいのはこの、フェニックスの魂を宿した鳥人、フシチョウダーのアタシだぜ!」
「ここかい? 祭りの場所は? この蛇人族の王女、ラミアージャを差し置いて王子争奪戦なんて、君たちも勝手だねぇ。王女の判決を言い渡すべきかな?」
突如現われた人外プラスヒーローの要素を持つライバルたちと。
人魚姫は王子をかけて戦わなければいけなくなってしまった。
果たしてどうなるのか?
次回、「ライバルいっぱい」お楽しみに。
ちなみに。
『戦闘人魚マーメイダー』は書く予定がない……とはいいがたく。
展開はやや違いますが。一応、
弱小国のため、周囲の国から不当に金品を巻き上げられている王子を救うために。
人魚やその他人間ではない女の子たちが集まってきて、変身して戦う話……
というのは、考えたことがあります。