何故、殺した――?
7月14日 午後11時32分
冷たく暗い地下室で一人の男の命が尽き果てようとしていた。
水揚げされたばかりの魚のように足をばたつかせ、のたうち回る衣擦れの音に紛れて、かすれた呼吸音がこだまする。
男は喉を掻きむしり、喘ぐように空気を求めたがその肺腑が膨らむことはなかった。首に絡みついたコードが皮膚に食い込み、気道を圧迫する。
えづくような苦しさに涙が出たが、もはや悲鳴すら漏れない。コードを掴んでいる指先は痺れてほとんど力が入らず、つい先ほどまで警報のように頭蓋の内側を叩いていた痛みも、今はどこか他人事のように鈍く感じる。
まるで冷たく澱んだ水底に沈んでいくみたいだ。感覚が鈍麻していくに従って意識だけが妙にクリアになり、死の感触に触れる。
〈このまま死ぬのか……〉
なんてあっけないんだろう。
よく、死ぬ直前にこれまでの思い出が走馬灯のように浮かぶと言うが、男の心に浮かんだのはもう食べることも、酒を飲むことも、誰かと話をすることも、笑うことも、悲しむこともできない無力感――。
そして自分をこんな目に遭わせた真犯人への強い怒りだった。
〈誰かに伝えなくては――!〉
このままでは自分の死の真相が永久に葬り去られてしまう。
もはや死に抗うことはできないが、自分を殺した犯人が大手を振って生き続けるのだけは赦せない。
消えかけていた命の蝋燭に昏い炎が灯った。
〈殺すなら殺せ! だが、その報いは受けてもらう! 誰か頭の良い人間――例えば〝名探偵〟のような人物が現れ、この謎を解いてくれるはずだ!〉
ささやかな復讐心に慰められながら、やがて男は最期の時を迎える。しかし一つだけ男にはどうしても分からないことがあった。
〈何故、俺を殺した――?〉
その問いに答える者はなく、また疑問を発した男の意識は既に事切れていたのだった。