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1.始まりの朝

 「ちょっと!!おきて!!」


 寝ぼけまなこを擦りながら、俺は顔を上げた。


 「昨日話した件、どうなった?」


 話しかけてきたのは、星名真菜。相変わらず整った顔が、こちらに近づいてきて、俺は少しどぎまぎした。

 いきなり聞かれたことについて、思い出すまで少し時間がかかったが、無事思い当たる出来事を頭の中で見つけることができたので答えた。


 「昨日の件って、あれか、今度お互いの家族で旅行するってやつ?」


 「そうそれ!江ノ島のスパビーチに行くって話し!」


 茶色かかった亜麻色の髪を振り乱し、前のめりになりながら真菜が俺に問いかける。

 今は学校の授業の朝礼が始まる前の時間だ。俺は、肩をすくめて言った。


 「あの件ね。今日の夜帰ったら家族に聞いてみるよ」


 「あ!昨日の夜に聞いてみるって話だったじゃん!なんで聞いてきてないの!」


 少しだけむっとした顔つきになる真菜。


 俺と星名の家は隣同士、いわゆる幼馴染ってやつだ。こいつとは昔から家族ぐるみの付き合いがあり、よく隣同士で旅行に出かけることもあった。

 そのいつもの慣習で、俺は真菜に「家族旅行」を誘われていたのである。


 「わあったって。今日の夜は絶対聞いてくるよ」


 「絶対だよ!今年の夏に初オープンするスパビーチ、クラスの誰よりも一番乗りしてやるんだから!」


 謎の意気込みを見せる真菜。年齢にしては、相当に膨らんでいる胸を協調しながら、鼻息を荒くする。

 こいつは新しいものには目がない。特にアトラクション系であれば、どんなに過酷なものでも挑戦しにいくというマゾっぷりだ。

 今度できる新しいスパビーチとやらの情報を聞いて、どうやら胸が高鳴ったようである。


 「なんてったって、そのスパビーチ、地上から高さ50mのウォータースライダーが売りっていうじゃない!」


 素敵な滑り台だわ、とこぼす真菜。…それって既に滑り台の域超えてないか?高いところから滑れればいいってもんじゃないぞ?

というか、うちの家族とじゃなくて、そっちの家族でいけばいいじゃないか。それか、普通に友達同士でいけば?


 「それだと、つまんないじゃん! …せっかく新しい…買ったんだから、見てほしいのに」

 「え?なんだって?」

 「なんでもない!!」


 そういってそっぽ向きだす真菜。一体なんだってんだ?

 言いかけていた事も聞こえなかったし。


 「あいかわらず熱いね、お二人さん」

 「他所でやってくれないかしら。この辺の空気の温度、著しく上がっちゃってこっちまで迷惑だわ」


 そう声を変えてきたのは、戸田喜一と御船栞である。二人ともクラスの友人である。

 戸田喜一は俺の方に腕を回し、御船栞も真菜の隣に小さい体を寄り添わせた。

 御船栞は、特徴的なツインテールを振り回し、むっつりした顔で俺を俺に向ける。

 

 「熱いって、何の話だよ」


 俺は、そう言い返す。


 「あぁーあぁー、鈍感なんだか不感なんだかわかんないわね。ある意味で真菜がかわいそうだわ」


 「ちょ、ちょっと!栞!」


 顔を赤らめながら御船栞に駆け寄る俺の幼馴染。いったいなんだってんだ?


 「真菜が行きたいっていうなら、行けばいいじゃない! あんたには、『行きたい』っていう女の子の頼みを聞く甲斐性もないわけ?」


 「まぁまぁ」


 ぷんすか怒る栞を横に、それをなだめる真菜。


 栞は知り合ったときは幾分友好的だったが、このごろは俺に対して謎の怒りをあらわにする。

 特に、俺と真菜が話してるときに謎に怒ってくるんだよなぁ。よくわからん。

 やれ、真菜のことちゃんと大事にしなさい、だの。俺としては真菜に対して小さい頃から同じように接してきたし、今更そんなことを言われても困る。


 「陸人、お前に彼女ができるのも遠そうだな…」


 俺の肩に手を置きながら、呟く戸田喜一。角刈りのスポーツマン然とした髪型がまぶしい。


 「喜一、なぜそこで彼女の話がでてくる」


 「……陸人、お前はやっぱりそういうやつだよ。そこが俺はある意味で好きだぜ」


 さわやかな笑顔を俺に向ける喜一。お前に好かれたところで一文の得にもなりゃしないんだが。


 「ふん! あんたらなんか男同士で乳繰り合ってればいいのよ」


 「……あはは」


 怒る栞の横で、苦笑いをする真菜。

 


 こうしたことが俺の普段の日常だった。




 幼馴染の頼みを聞き、栞に小突かれ、友人の喜一と肩を組む。 




 この風景が、突然崩れてしまうなんで、このとき俺は想像だにしなかったんだ。





 呆けていると、授業開始のベルがなる。先生が教室に入ってきた。


 「よし、今日も授業を始めるぞ」


 起立、と声を上げた。


 「礼!」


 教室の生徒全員が、頭を下げる。


 と、その瞬間、教室の前の扉が開いた。


 「うん?」


 俺は下げた頭を上げて、教室の前の方を見た。


 「……え?」


 俺は目を疑った。そこにいたのは、なんともこの場にそぐわない生き物だった。


 「……ペンギン?」


 そう、南極に生息する、愛くるしいアレである。女子供からは絶大な人気を誇る動物。

 

 ペンギン、いや、ペンギン達が、ぞろぞろと教室に入ってきたのである。


 その数、およそ10数匹。


 「え、え?なんだこれ」


 先生が教壇の上で声を上げる。呆けていた。先生だけでなく、教室中の誰もがあっけにとられていた。


 「……」


 沈黙。


 「キュ?」


 先頭のペンギンが、小首をかしげる。


 「……」


 すると、一匹のペンギンはおもむろに教室の教壇、先生のところにかけよってきた。よちよちという擬音が聞こえてきそうな歩き方である。


 「なんでこんなところにペンギンが?」


 どうしていいかわからず、先生もペンギンを上から覗き込む。ひざを折り、ペンギンと同じ高さまで目線を下げた。すると…


 「キュウウウウウウウウウウウウウウウウウウ」


 ペンギンが突如として叫び始めた。そして、拳を振り上げる。




 ズドン!!


 バリンッ!


 「え?」


 気づくと、先生が居た場所に、だれも立っていなかった。ペンギンに思いっきり殴られ、 ()()()()()()()()()()()たのである。


 「……は?」


 窓ガラスが盛大に割れ、破片が広く散っている。


 俺はあっけにとられ、呆然とした。何が起きたのかわからない。


 教壇は、先生のものと思われる、赤い血で濡れている。

 佇むのは教壇の上にいる、血に濡れたペンギン一匹。


 「まさか、これって」


 思い出すのは、最近見た映画。突然、謎の生き物が襲来し、人間達を襲う、パニックホラー映画。

 数瞬の静寂の後。


 「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



 俺は事態を理解した。これは、非常にまずいことになったのでは。

 やばい、やばいぞ。先生が吹っ飛んだ…?これってもしかして、つ、次は…


 「キュ?」


 教壇にいるペンギンは、またも小首をかしげる。俺にとって、その目はすでに可愛らしいものではなく、ただ感情がともっていない無機質なものと映る。


 悪魔のような、黒い瞳。


 ぞくぞくと、ペンギン達が教室に入ってくる。


 「キュ」

 「キュキキュ」

 「キュ」

 「キュ!キュ!」

 「キュ」「キュ!キュ!」

 「キッュ!!」



 「きゃああああああああああああああああああああ」

 「うあああああああああああああああああああああああああああああああ」

 「まて、これ!やべえって!!」

 「あああああああああああああ、なんだこれ!なんだこれ!」


 


 

 「キュ」

 「キュキキュ」

 「キュ」

 



 ペンギンの声に、俺は死の響きを感じ取った。


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