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社交ダンスにて

 ダンス。

 特に、パーティーで行われるようなダンスを社交ダンスという。


 起源はヨーロッパで行われていたダンスで、俗に言う"ワルツ"というやつだ。日本では肌と肌が触れ合うこと忌み、あまり機会が無いと思う。踊りなんて中学校の頃にしたフォークダンス以来だろうか。


 軽快なBGMと共に周りの男女が踊り出す。みんな優雅で綺麗だ。普段からそういった稽古を付けているのだろう。


「ユウト、ダンスの経験は?」

「習ったことは無いですね。なので踊れません」

「やってみれば出来るかもしれないわよ。ほら、手を出して」

「えぇ……まぁ、女の人に恥をかかせてはいけませんしね」

「よく分かってるじゃない。行くわよ」


 ルナさんの手を取り、ステップを踏む。もちろん、やり方なんて分からないから全力でルナさんの動きに合わせる。


「とと、危ない。コケそうになりますね」

「……あなたダンス初めてって嘘でしょう?」

「本当ですよ? ほら、今もコケそうですし」


 足元がおぼつかない。ルナさんに合わせるだけでなく、周りの動きにも注意しないと当たってしまうのだ。周囲をしっかりと見て、状況によって足取りを変える。


「だとしたらダンスの天才よ。私の動きについてきているなんて」

「いやぁ、ギリギリですよ」

「謙遜も行き過ぎれば不快なのよ? まぁ、あなたはカッコイイけれど」

「冗談はやめてください。ルナさんみたいな綺麗な人に言われると照れるじゃないですか」


 不意にルナさんの頬が赤く染まる。今の今まで責められていたのだから、これぐらいの仕返しは許してくれるだろう。





 曲も終わりを迎えてきた。そろそろ終盤だ。


「あとはフィニッシュを決めるだけね」

「怖いなぁ」

「嘘つきは嫌いよ。貴方、もう完璧に踊れてるじゃない」

「そんな、ルナさんには構いません」

「ふふ、不思議ね。貴方の謙遜には腹が立たないわ」


 と、楽しく会話しながら踊っている内、ふとルナさんの後ろを見たら女性が明らかに不審な動きで近付いてきていた。


「えっ」

「あら、ごめんなさい」


 肩がぶつかり、足の行き場を失ったルナさんの身体はバランスを崩し、その場に倒れそうになる。


「おっと」


 あぶないあぶない。

 曲の終わりと同時に、倒れそうになった身体の腰を支え、ルナさんの動きに合わせて目を見つめる。

 ルナさんは無意識にこちらの腕を掴み、目を合わせてくれた。


 これは俺でも見た事がある。社交ダンスのフィニッシュの姿。男性が腰を支え、女性がそれを中心に腰を反らせて見つめ合う。今がその状況だ。


「「「「おおぉーっ!!」」」」


 周りの人達がこちらを見て拍手している。どうやら上手く決まったみたいだ。良かった。


「……あっ、ご、ごめんなさい!」

「いえ、どうしました? ルナさん」

「驚いただけよ、何でもないわ」

 

 さっきの女性は多分、ルナさんと話す前に話していた人だ。何か気に触ったのか、明らかに妨害をしてきた。それにルナさんは自分でコケてしまう程ダンスが下手じゃない。


「怪我はありませんか?」

「え、えぇ。その、顔が近いわ」

「おっと、すみません。つい」


 心配のあまり顔が近すぎたみたいだ。ルナさん、さっきの比じゃないほどに顔が赤くなってしまっている。シュンからも良く言われたな、距離感が近いって。


「はぁ、なんだか熱くなってきちゃった」


 傍のテーブルにあったカクテルを一気に飲み干すルナさん。グイッと豪快に飲むのは流石ルナさんと言った感じだけど……


「一気飲みは体に悪いですよ」

「ユウト、ありがとね」

「何がですか? 最後のフィニッシュのタイミング、完璧でしたよ。こっちも簡単に合わせられましたから」

「……貴方、絶対モテるでしょ? その気の使い方、惚れる女の1人や2人じゃ足りないわね」

「そんな、まさか。俺はモテませんよ」


 何度も言うが、女性に恥をかかせるのはいけない。さっきの事も、無かったことにしておくのが良い。それが分かっていたとしても。

 言わぬが花って言うからな。


「ユウト君、ダンス凄いうまかったね!」

「光ヶ丘、相変わらずの天才ぶりだな。今度勝負しないか?」

「桐峠さんのは剣技のことだろう? はは、桐峠さんにかなうわけないよ。ありがとう、結城さんも桐峠さんも」


 向こうからやってきた2人が褒めてくれた。褒め言葉は素直にこちらも嬉しい。桐峠さんと勝負したら無事でいられない気がするのでパス。


「綺麗な子ね、どちらがユウトの彼女なの?」

「はい!?」

「ふぇっ!? そ、そんな、私がユウト君の彼女なんて、役者不足もいい所だよ!」

「ミサトには別に好きな男子がいる。この男の方が良い男だが」

「て、照れるなぁ」


 そんなに上げてくれても渡せるものなんて無いよ俺には。


「ふぅん…意外ね。あぁ、名乗り忘れてたわね。私、ルナ=ウィンドブルム=ランドよ。よろしくね」

「えぇ!? ウィンドブルム=ランドさんってことはもしかして!」

「ミサト、どうかしたのか?」

「いやいやいや! 2人とも忘れちゃったの!?」


 結城さんが凄く焦ったようにこちらへ叫ぶ。

ウィンドブルム=ランド……やっぱり聞いたことがあったか。えーと、確か……あっ!


「「アリナ(さん)!!」」

「お、おぉ? 息ぴったりだな」


 そうだ! アリナ=ウィンドブルム=ランド!アリナのフルネームだ。なんで忘れていたんだろう。ルナさんはつまり──


「「姫様!?」」

「ふふん、そうよ。むしろバレなかったのが驚きだわ」

「姫様? この女は姫様なのか?」

「シズクちゃんバカ! バカシズクちゃん! 怒られちゃうよ! 不敬罪だよ!」

「ば…バカ……」


 ガーンとSEが流れそうな程ショックを受けて固まる桐峠さん。いや、それは桐峠さんが悪い。この女って。


「不敬罪なんて、そんな事しないわよ。ウィンドブルム国第2王女、ルナ=ウィンドブルム=ランドよ。改めてよろしくね」

「は、はい! 先程までの無礼、お許しください!」

「ちょ、やめてよ。私そういうの嫌いなの。それにさっきまでもっとフレンドリーだったじゃない」

「良いんですか?」

「良いの! ユウトやその友達に不敬罪なんて言うわけ無いから」

「あ、ありがとうございます」


 恐る恐る敬語を辞める。ルナさん、最初はただの酔っ払いと思ってたんだけど、まさか王族の人だったなんて…見た目には寄らないんだな。


「あら、今失礼なこと思わなかった?」

「心読まないでくれますか? そろそろこのパーティーも終わりですし、お別れですね、ルナさん」

「私を捨てていくのっ!? ひどい!!」

「変な事言うの辞めてくれませんか!?」


 突然懐から取り出したハンカチを取り出し、口と手で引っ張るルナさん。なんの影響を受けてるんだこの人は……


「ユウトくん……」

「光ヶ丘、責任は取れよ」

「ちょっと! 結城さんも桐峠さんも悪ノリしないでよ!」

「他の女の匂いがする! キーっ!」

「ルナさんはさっきから誰なんですか!?」


 テンションが高すぎる……ふぅ、なんか頭に血が昇ってきた。フラフラする。


「うわっ」


 不意に足元が見えなくなり、後ろに倒れそうになる。


 パフっという音ともに何か後頭部に柔らかい感触を感じる。これは……


「ユウト……何をしてるのかしら?」

「あ……ははは…この声は、アリナ、だよね」

「このっ! 変態ッッ!!」

「不可抗力だよっ!!」


 バチィンっ! と激しい音と痛みが頬を襲う。痛い。心が痛い。叩かれた勢いでルナさんの方へと倒れてしまった。そしてその豊満な胸に顔からダイブしてしまう。や、やばい。


「あら? ふふ、アリナよりも私の方が良いのね? よーしよし。良い子良い子ー」

「ちょっ! ルナ! 何してるの! ユウトは私の───」

「私の、なんなの?」

「……っ!! もう! ユウトなんて知らない! バカ!」

「えぇっ! アリナ! 待てって!」


 アリナが腹を立ててどこかへ走っていってしまった。まずいなぁ、怒らせちゃったみたいだ。


「す、すいませんルナさん!」

「良いのよ? 私、男の人が甘えてくれるの好きだし」

「は、恥ずかしいですって! アリナを探しに行くので失礼します!」

「そう? 頑張ってね」


 ガバッと起き上がり、その場に立つ。それと同時に立ち上がる瞬間どこを刺激したのかルナさんが「あんっ」と声を上げた。辞めてくれませんかねそういうの……


「じゃ、じゃあまた!」

「ばいばーい」

「ルナ姫様、ユウトくんをいじめ過ぎないで下さいね?」

「結城ちゃんだっけ? 冗談よ、冗談。可愛いじゃない」

「ユウトくんは純情だからすぐ照れちゃいますので、あんまり苛めると嫌われちゃいますよ」

「うふふ、人を嫌いになるタイプかしらあの子」

「ミサトも照れ屋なとこ変わらないけどな」

「ちょっと! シズクちゃん!」


 アリナを探すため部屋から出ていく途中、そんな騒がしい声が聞こえた。びっくりした…胸の中に顔を埋めるなんて、あの時以来だ。

 あの、イルさんのとき……ってバカ! 何を思い出してるんだ! 今はアリナ!




 城の中を探してみたが、アリナの姿は見えない。城には居ないのか?


 外へ出て周りを見てみる。すると、城の外にある公園らしき場所にアリナが座ってるのが見えた。


 噴水があり、その縁に座ってどこかを眺めているみたいだ。


「アリナ!」

「っ! ユウト、追ってきたの?」

「当たり前だ」


 ずっと走っていたから疲れた。肩で息をしてしまう。ふぅ。


「息切れしてるじゃない! そんなに走ったらカッコイイスーツも崩れちゃうわよ」

「そんなことよりもアリナの方が大事に決まってるだろ」

「んぅっ!?」

「服なんかより友人の方が何千倍も大切だ!」

「……分かってたわよ!」


 何故か怒るアリナ。むしろいい事言ったつもりだったんだけど。


「その……えっと、悪かったわね!」

「何が?」

「さっきの! さっきユウトのこと叩いちゃったでしょ? だから、ごめんなさい!」

「はは、あれは俺が悪いよ。女性の胸に故意じゃなくとも触れたんだから」


 怒られても仕方が無い。全面的に、とは言いづらいけど、まぁ俺が悪いからなんとも言えない。


「ウチ、昔からあんまり男の人と関わる機会が無かったからな、距離感が分からんねん」

「その喋り方は」

「あぁ、ごめんなさい。考えること多すぎて無意識に出ちゃったみたいね。ここに来ると気が緩んじゃうのかも」

「いや、良いんだ。アリナがそう思うってことはこの場所が、この国がいい所だからなんだろう?」

「……まぁ、そういうことやんな」


 空を見上げ、もうすっかり夜になって光り輝く星を見つめる。ちょっと幻想的。


「無理ない喋り方で良いさ。アリナのその喋り方、好きだよ」

「んっ! やからそういう言い方が紛らわしいねんっ! ウチびっくりするやろ!」

「おぉ、関西弁」

「なんや、そっちの世界にもこないな喋り方あるんか?」

「うん。懐かしい感じがするよ」


 日本では芸人を通じて世界に知れ渡ってると思う。大阪とかの出身が多いから、自然と。でもそれ言うと怒られそうだから言わない。


「外交とかではな、こういう言葉遣いはあかんねん。姿勢も、態度も。気品が無いとしゃらくさいやろ? て、意味分からんか?」

「いや、まあなんとなく」

「へぇ、凄いなぁ。ユウトの世界にもこないな言葉があるなんて!」


 しゃらくさい、は関西弁というか、江戸弁だけどな。今はもう使われへんねん。移ってしもたわ。


「ほんま生きづらい世の中やで。この国が嫌いって訳やあらへんけど。好きに生きれんから飛び出してきたんや。ほら、ユウトのメイドになったんもそゆことやねん」

「なるほどな。じゃあ俺が主だったの嫌だったろ?」

「えっ!? なんでそう思うん!?」

「だって、すぐ怒らせちゃうし、さっきだって」


 そう言うと、アリナは呆れたような顔になり、ため息をつく。


「ウチ、自分で言うのもなんやけど、わかりやすいと思ってんねんけどな……」

「何が?」

「何もないねん! 気にせんといてな! というかそろそろ戻らなあかんわ!」

「そうか、ありがとな」


 俺のお礼に疑問の表情をうかべるアリナ。


「だってほら、今のは分かったよ。アリナが俺の事─────」

「へっ?」

「嫌いじゃないんだなって」

「そういうとこやッッ!!」


 バチコォンッ!!


 今までで1番痛い叩きが飛んできた。あれ、血出てない? 大丈夫?


「……なんてな、ウチ、ユウトのそういうとこも好きやで! にひひ!」


 イタズラが成功した時の子どものような無邪気な笑顔を見せると、そのままアリナは走っていった。

 その顔は今まで見たアリナの顔のどれよりも可愛らしかった。


「冗談にしては痛かったなぁ……」


 頬に残る痛みに、苦笑いを浮べることしか出来ないのだった。



───────────


「ほら、よく見とけよ? この右の手のひらにある石ころを振ってな…念じると左手に移動する。むむむ……ほっ!」

「うわぁ! 凄いのだ!! 一体どうなってるのだ!? 凄いのだ凄いのだ!!」


 ここまで喜んでくれるとは、こっちもやったかいがあるってもんだ。興奮のあまり拳に釘付けだ。


「どういう魔法なのだ? 気になるのだ」


 こらこら、そんなにがっついたらダメじゃないか。ははは。


「教えて欲しいのだ! この手に何か隠してるのだな?」


 ふふふ、手に近づき過ぎだぞ。食べる勢いじゃないか。


「はむはむ……んー、ふぇんなあじなのら…」


 食べたよ。


「馬鹿野郎! 汚ぇぞ! ったく、何してんだ」

「ニヤニヤして動かないから自分で調べようと思ったのだ」

「それは、まあ、悪かったけど」

「でももう分かったのだ! 見てるのだ!」


 自信ありげに鼻息荒くこちらへ拳を向けるメア。ほんとに分かったのか? だとしたら流石魔族、洞察力があるな。


「まず手に石を乗っけるのだ」

「ふむふむ」

「その後握り潰すのだ」

「あれあれ?」

「そして反対の手に魔法で石を生成して隠すのだ」

「待ちなさい」

「最後にこっちの手のひらから石を出せば移動したことになるのだ!!」

「よぉしっ!」


 もう突っ込むのはやめだ。正解にしておこう。じゃないと俺の体力が持たない。


「───っ!! おいメア! 感じたか!?」

「何をなのだ?」

「分からないのか!? おい!」


突然、身体中の鳥肌が立ち、悪寒が全身を襲う。吐き気と頭痛を感じ始め、生きてることすら苦痛に思えてきた。


「て、敵か!? 敵なのだ!? 待つのだ! すぐに準備を」

「違う! ラブコメの波動だ! 向こうから、城の方からラブコメの波動を感じる! まさかこれは……っ! ユウトッ! 許せねぇアイツ!」


 くそっ! アイツ他国にも女を作るつもりか! 女の、いや男の敵め! 帰ったら顎にアッパーカット決めてやる!


「メア! 許せねぇよな!? ……メア? なんだその失望したような目は。ハイライトが消えてるぞ?」

「メアはアナタが分からないのだ」

「アナタって何!? そんな呼び方今までしてなかったよね!?」


 急に距離感が開き、虚しくなってきた。それまこれも全部ユウトのせいである。慰謝料の請求書送り付けとこ。



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