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誘拐されて

「旨いのだ…人間は毎日こんなに美味しい物を食べてるのか」

「人によるが、まぁ」

「これも美味しいのか!?」

「おいそれは乾燥剤だバカ野郎」

「げぇぇぇぇぇ」


 赤ちゃんかコイツは…ほれ、背中擦ってやるから落ち着け。


「魔族の方と一緒に茶を飲むなんて…前代未聞ですよ…」

「おう、何回目か知らんけどな!」


 マナはどこか呆れたように呟くが、俺は魔族どころか魔王と食卓を囲んだことがあるので、この程度造作もない。


「姫様! やはり姫様でしたか!! お逃げください!」

「おい! お前ら! 囲め!!」

「は? おいやめろ、落ち着け」

「かこめかこめぇ!!」


 メアと俺を囲むようにして馬車が道を塞ぐ。気が付けば屈強なおっさん達に立ち塞がれた。なにここ地獄?


「あの、もしかしたら危なくは無いのかもしれません」

「そんな馬鹿な! コイツらの同族は俺の村を滅ぼしたんですよ! そんなわけがありません! 早く馬車にお戻りを!」

「人間と魔族が相容れるなど、あり得ません!」


 残念ながら、俺たちの王国、シュドール国は魔族への認識を改めるように改革を進めているが…ウィンドブルムにはまだ『魔族は敵』という認識が抜けないのだろう。

 ただ、私怨に任せて戦うとか、そりゃあ互いに嫌い合うだろうな。それぞれの事情があるのは分かるが、ここは俺に任せてほしい。


「お? …はっ! いつの間にこんな人間か!? 謀ったな人間! 良いやつだと思ったのに!」

「落ち着け。おいお前ら、コイツと話す時間を寄越せ。まだ誰も傷付けてないだろう?」


 敵意ある眼差しがメアを貫く。俺は壁になるように間にはいる が、男たちは睨むようにこちらを見つめる。


「そこを退け少年。君は魔族を甘く見すぎだ。魔族は君が思ってる以上に恐ろしく、おぞましい存在だ」


 いかつい甲冑を身に付けた、リーダーらしき男が一歩前に出てくる。


「お、おい人間! メアを殺す気なのか!? おい! どうなんだ!?」

「良いから落ち着けって。興奮するな」

「……お、落ちつくのだ…」


 なんとかメアを押し止める。というか、こんな近距離で魔族に戦闘を仕掛けて、何を考えてるんだここの兵士は。仮に仕留められても、何人かの犠牲が生まれる可能性を考えないのか。


「残念だが、ここを退くことは出来ない。人間と魔族は分かり合える。そういう未来がもうくる。いい年して私怨で動いてんじゃねえよ」


 にらみ合いなら任せろ。昔から得意なんだ、そういう目を向けられるのは。


「ふん。どうしても避けないというのか?」

「あぁ、一歩も引かねえよ」


 男はため息を吐いて、剣を抜き…



 ────躊躇なく振り抜いた。



「……おい、誰も頼んでねぇぞ」

「すいませんが、俺のシュンに手を出さないでもらえますか?」

「誰がお前のシュンだよ」

「貴様も邪魔するのか!!」


 ユウトが寸前で飛び込み、俺と男の間に挟まるようにして剣を受け止める。用意してましたと言わんばかりのタイミングだなオイ。


「なぜ分からない! 魔族は私たち人間の敵なのだ! 分かり合う!? 綺麗事をほざくな! そう言った王はみな愚王と罵られてきた! お前たちのような子どもがでしゃばるんじゃあない!」



「───ウィンドブルム国の兵士の者よ、剣を納めなさい」


 シャン、と鈴が鳴るような声が聞こえた。小さなその声はこの場の全ての人間の動きを止めた。


「もう一度言います、マナ=シュドール=ニーナの名の元に命じます。剣を納めなさい」


「………は!」


 周りを囲む男たちは一呼吸おいて剣を鞘に戻す。

 

 今、マナは、命令によりこの場でどんなことが起こったとしても全ての責任を取る、と言ったのだ。国を納める王の娘といえ、その言葉の重みは簡単なものではない。


 ここまでお膳立てされて、無為に出来る俺ではない。必ず結果を出して見せる。


「さて、メア。やっと静かになったな。これでゆっくり話すことが───」

「に、人間に襲われるのだぁぁぁぁあッッ!!」

「は? おい! ばか! なにをするんだぁぁぁぁ………」


 メアの方へ振り向くと、堰を切ったように叫びだし、魔法で飛び出した。


 ───俺を連れて。



 ここまでの人間に囲まれていたことが無いのだろう、驚きにより魔法の操作を誤って俺を共に持ち上げてしまった。それはまあ分かる。理解はできる。


「納得は出来ねぇけどなぁぁぁぁぁ!!」


 俺は遠ざかるユウトやマナの馬車に別れを告げる暇もなく、その場から消え去った。




──────



 思ったよりも風圧が掛かったようで俺の意識は消え去っていた。

 目が覚めると冷たい洞窟のような場所で縛り付けられているようだった。どこだここは。


「いってて……おいおい、絶対乱暴に下ろしたろ。首がいてぇ」


 寝違えたようだった。寝違えたときって骨折れたんかってくらい痛いよね。今それ。


 周りを見てみれば、近くに人の気配はなく、メアが居る様子もない。放置プレイか? 喜ぶのはうちのメイドくらいだぞ。


「かてぇし、取れねぇ」


 手が乱暴に縛り付けられている。お陰で力も入らず、取ることもできない。というかこれ大丈夫? ちゃんと血ぃ通ってる? もしかして壊死しかけてない?


「まぁ、こういうときの透視だな」


 情報が無さすぎるので、軽く辺りを透視する。


 一通り見たところで分かったこと、ここはどうやらウィンドブルムから少し離れたとこにある洞穴のようだった。距離にしては10キロくらいか。

 メアが拠点にしているのか、洞窟内はこざっぱりしていて、松明も立てられている。馬車が走っていた平地からほぼ反対の場所だ。


「こりゃあ骨が折れるなぁ、誘拐されるとかユウトの役目じゃん」


 昔、ユウトが誘拐されたことを思い出す。いや、思い出すのは止める。アイツのことを思い返す暇などない。

 しかし、いやにジメっとした場所だ。ピチョンピチョンと天井から水が滴る音がする。こんなとこで寝泊まりするとか、頭おかしい。


 ──と、ご帰宅のようすだ。


「……む、起きていたのだ」

「あぁ、おはよう。良い天気だな」

「曇ってるのだ」

「そうか、そういう日もあるよな」

「お前、魔族に誘拐されて怖くないのか」


 帰って来たメアが近くの岩に座り込み、怪しんだ様子でこちらを見る。俺はロープで手足を縛られ、岩にくくりつけられている。なんだこの絵図。新しい店か?


「怖い、許してくれ。助けてくれ、ひぃぃぃ」

「もう少し感情込める位できないのだ? ほんとに、不思議な人間なのだ」

「ミステリアスって誉めてくれてるのかい?」

「キモいのだ」

「純粋な罵倒やめろや」


 可愛い女の子がそういう言葉を使うもんじゃありませんよ、全く。にしても、どうしようかな。ずっと縛られてる訳にもいかないし。


「で、いつになったら解放してくれるんだ?」 「ん? いやいや、人間はずっとそこにいるのだ」

「は? 待てよ、帰してくれないのか」

「当たり前なのだ。メアの拠点を知ったからには逃がすわけにはいかないのだ」

「連れてこられたのに理不尽じゃないか!?」


 可愛い顔してコイツ無茶苦茶言うじゃねぇか。なんだ、俺に恨みでもあるのか。


「違うのだ、むしろ、気に入ってるから殺してないのだ。普通だったら口封じに殺してるのだ」

「へぇ、そいつはありがたいことで」


 今のところ殺意はない……ってか。まあそのうち誰かが助けに来るだろ。ユウトとか、イルとか。イルに関しては呼んだら来そうだな。


「じゃー暇潰しに話でもしようぜ……さむっ」


 洞窟の中だからか、冷えた風が頬を撫でる。天然の冷蔵庫のようだ。さっき見た様子だと、ここは木々の影になっていて、まともに日が射すこともないようだ。通りで冷える。


 洞窟というのは、外気にさらされるものが少ないから温度のやりとりがなく、一年を通して大体涼しい。冬が暖かくて夏が涼しいのはそのせいだな。ここは何故か異様に寒いが。


「待ってるのだ、今火をつけるのだ」

「ん、あぁ、さっきは薪を拾いにいってたのか」


 メアが抱えていた薪をばらまき、魔法で火をつける。便利なもんだ。


「俺は魔法が使えないから、素直に尊敬するわ」

「そうなのだ? やはり人間は下等生物なのだ」


 わはは、と笑うメア。無邪気なもんだ。


「俺の名前はシュン、人間って呼ばれるの慣れてないから」

「お? シュンというのだ? わはー」


 何故かわからないが、にぱーっと花が咲くように笑うメア。なんだコイツ。


「なに笑ってんだ」

「お? わは、実はメアは人と話すのは初めてなのだ」

「そうなのか」


 火が燃えている様子を見ながら呟く。


「メアのパパとママはメアが生まれてすぐに死んだのだ。人間との抗争があったのだ。メアが家でお留守番をしてたら、急に死んだって」

「はぁ、そりゃまた気の毒だな」

「メアのパパはいつも言ってたのだ。『人間は敵だ。なにもしてないのに襲ってくる』って。だからメアも人間を襲うのだ。」

「ほーん」


 メアは笑うでもなく、怒るでもなく、ただ思い出すかのように語る。


「まぁ、それももう十年くらい前の話なのだ。メアももう大人なのだ、悲しいなんてことはないのだ」

「今何歳?」

「乙女に歳を聞くなんてシュンはダメな男なのだ」

「急に清純ぶるな魔族」


 メアとの会話は淡々と続き、夜も更け、俺は岩という枕に荒いロープという布団で眠りについたのだった。



 ───1番の心配は手が壊死しないか、ただそれだけだった。


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