フェイリア、出る。
「フェイリア様が女性の方だなんて聞いてません!」
「やかましい、女だからどうだと言うんだ」
急に喚きだす駄メイド。フェイリアは面食らったようで何も言えないみたいだ。
「フェイリア様が可愛いから助けたんじゃないんですか!?」
「あ? 言ってることの意味がわからん」
「ご主人様は私というものがありながら女性の知り合いを増やしすぎです! ハーレムですか! 結局女をはべらせたいんですか!?」
「……うるさい」
興奮したように喋るので軽く頭を叩く。嫉妬するなら他を探せ。俺はそういうのには慣れていないんだ。
「何を言いたいのかは分からんが、可愛いと言うならお前もだろ。イルほどの容姿を持つ女は他に見ないと思うがな」
「…………」
「おーい、聞いてんのか?」
「……ボシュウッ!」
あ、顔から湯気が出た。そしてそのまま倒れた。なんだコイツ。
「困惑 シュン、この人はなんでこんなに暴れている?」
「お前と俺が仲良しだと勘違いしたみたいだ」
「……勘違いなのか?」
「あ? 別に、俺とフェイリアはそんな仲でも無いだろ?」
「ぶぅ」
コイツもコイツで、なんで急に機嫌悪くなってんだよ。分からねー奴らだな全く。
「ほら、起きろイル」
「ひゃ、ひゃい! ご主人様! おはようございます!」
「もう昼だ。で、なんで俺は倒れたんだ?」
「え、えっと……恐らくご主人様の眼に異常な量の魔力が送り込まれたことによるキャパシティオーバー、ということだと思います」
「おいフェイリア? 俺はゆっくりって言ったよな? ん?」
「ビクッ! こ、困惑 我も初めてのことだったゆえ、許してほしい」
ちょっと涙目になってるじゃねえか。別にそんな怒ってるわけじゃないから、そんなビビるなよ。ちょっと傷付くだろ?
「ご主人様って存外繊細ですよね」
「なんだ、知らなかったのか? 俺は人差し指でつつかれたらそこから腐るくらいには繊細だぞ」
「扱い辛過ぎませんかご主人様」
あぁ、俺と話すときはフグ鯨を捌くときと同じくらいの気持ちで俺と接してくれ。
「よっし、じゃあそろそろ戻るか」
「尚早 もう少しだけゆっくりしても良いんじゃないのか?」
「なにビビってんだ。はよ行くぞフェイリア」
「う、うぅ……恐怖 外の世界を歩くのは初めてだ……」
「俺の眼を寄り代にしてる以上、俺から離れられないんだから観念しろ」
グズるフェイリアを横目に、宝物庫から出る。
今日はフリーだからな、フェイリアが外に出ることの楽しさと生きることの素晴らしさを知るためには───
「イル、ここらで綺麗なところって何処がある?」
「綺麗なところ……ですか。そうですね、夜になれば良いところがあるのですが…」
「ふむ、そうか。じゃあ夜まで待機だな。イルはその準備だけしておいてくれるか」
「畏まりました。では」
イルは周りに人がいないことを確認すると、ワープホールを作りだし、何処かへ行ってしまった。
結果、この場には俺とフェイリアのみが残され、微妙な空気が流れる。
「することねぇな…」
「同調 我もそう思う」
んー、じゃ、適当にぶらつくか。
「フェイリア、あっちの方に闘技場があるから、見に行こうか」
「了解」
コクリと頷くフェイリアに若干ゾーイの面影を感じながら、俺は移動を始めた。
ーーーーーーーーーー
「でやぁぁっ!」
「ふっ!」
「はぁぁっ! やぁぁぁっ!」
闘技場に着くと既に何人かが模擬試合のようなことを行っていた。そしてその中に見たことあるような人影を見つける。
「ニアじゃないか」
「ん? あぁ! シュンか貴様は!」
「貴様はって、そんな敵対すんなよ」
「ははは! 貴様が来るのを今か今かと待ちわびていたぞ! ん? なんだその女の子は」
「コイツはフェイリア。そうだな、まあ俺の娘みたいなもんだ」
俺の後ろに隠れて半身を出しているフェイリア。まぁ、魔力を分け合ってる訳だし、寄り代にもなってるんだから、あながちその表現も間違いじゃないだろ?
「貴様!? その年で既に子を!? だ、誰だ!! どこの女と作った!」
「おいバカ! 刃物を振り回すなアホ!」
「うるさい! こちらの質問に答えろ!」
「分かったよ! 言い方が悪かったって! だから落ち着け!!」
もう、こういう刀を持ってる女は扱いにくくて仕方ない。桐峠しかり、ニアしかり、危ない女どもだ。
やっとのことでニアを落ち着かせ、座れる場所を探し休憩室みたいなところに来た。
「挨拶 初めまして、ニア…さん? 我はフェイリア。よろしく頼む」
「おい、なんで俺はシュンでコイツにはさんを付けるんだ」
「そうか、シュンの従妹だったのか。確かに魔力が似ているような気がする」
「無視すんな」
適当に従妹、ということにしておいた。別に子どもでも従妹でも兄弟でもなんの問題もない。
「それにしても、あれだな。なんというか、凄く可愛いな、フェイリアちゃんは」
「お? もしかして子ども好きなのか?」
「意外か? ふふ、確かに私はあまり女らしくないからな」
自嘲気味に笑うニア。そんなつもりで言ったわけではない。勝手に傷付くんじゃないよ。
「その、私だって好きでこんな身体付きになった訳じゃないんだからな」
「あんなに強かったのにか?」
「……もしかして私のこと、強いと思ってくれてるのか?」
「当たり前だろ。男とか女とか関係ないんだなって思ったよ。筋力だけじゃない、全ての動きに技術を感じた」
「本当か!? それは……嬉しいな」
おぉ、なんだ。可愛らしく笑えるんじゃないか。思えばニアと穏やかな会話をするのは初めてだ。こういうのも、悪くない。
「私は生まれが武芸に富んだ家系でな。生まれる子は全て戦いで名を馳せた者ばかりだったのだ」
「ふぅん」
「が、私はその家系で初めての女だったらしい。生まれて直ぐに気付いたよ。私は望まれて生まれてきた子じゃ無かったんだなって。母や父と目が合ったのなんて、数えるぐらいしか無いかもしれないな」
「へぇ」
ニアは眼をつむり、何かを夢想しているようだった。
「だから、強くなろうとした。望まれて産まれた子じゃないからこそ、見返してやろうってな。5歳ぐらいだったかな。女を捨てることを決めたのは。見ろ、私の手を」
ニアは俺の目の前に腕を差し出した。その腕には、何本かの切れた痕や痣のようなものがいくつも入っていた。
「醜いだろう? こんなのが全身にあるんだ。誰も私を女だとは思わないよ。まぁ、おかげで戦乙女聖騎士団の団長をさせてもらってるんだがな」
「ほぉ」
「なんだ、さっきから生返事ばっかりじゃないか。私の出生の話なんてどうでもよかったか?」
「あぁ、いや悪い。なんか、聞いててバカらしくってさ」
「……っ! 貴様はッ……何がそんなに気に食わないんだ! 前の戦いのときだってそうだ! 私のことを知りもしないくせに散々言いやがって! 私だってな! 私だって……っ!」
ニアが立ち上がり、キッとこちらを睨む。ついでに隣のフェイリアはあからさまに戸惑っている。何がなんだか分かっていないみたいだ。
「落ち着けよ。ほら、座れ」
「さっきの言葉を取り消せ! 私がバカだって!? ゆるせな────」
「あのさぁ、そういうのがバカなんだって」
俺も立ち上がってニアと目線を合わせる。ニアは若干後退るが、やはりこちらを睨み付ける。
「望まれたとか、望まれてないとか、そんなの関係無いだろ。お前はお前だ。俺は今のニアしか知らないし、弱いニアなんか想像もできない」
何を悩んでるのかは知らないが───
「強さってさ、その人の主観だろ? ニアは強くあろうとしてるみたいだが、俺からしてみれば強すぎる位だ。もう一度戦うなんて、ゾッとしないね」
「……何を言いたい」
「女が男になんてなれるわけがない。少なくとも、ニア。お前は女だ。どれだけ努力したところでお前の両親が欲しかった男になんてなれない」
「……っだから! だから私はお母さんやお父さんに必要にされるようにッッ」
「お前の親が、いつお前に男になってほしいなんて言ったんだ? それに────あぁ、ごめん」
と、ニアはもうすでに涙が出ている。周りには人は居ないが、いつ人が来るかは分からない。
このまま色々言うのも良いが…あんまり女の涙は見せるもんじゃないと思うんだけど、どうしようかね。
「ほら、涙拭けよ。また言い方が悪かったみたいだな。すまん、俺の悪い癖だ」
「いや、良い。私も感情が昂ってしまった。すまない」
イルから毎朝渡されるハンカチを渡す。ユウトでもないのに、こんなこと他人に初めてしたな。ちょっと感化されてるのかもしれない。なんかムカつく。
「さっきさ、自分の手を醜いとか言っていたが……俺はそうは思わないぞ。ほら、女の子の綺麗な手をしてるじゃないか」
「そんなことない。こんな傷だらけで」
「努力の証だろ? なにもしないで、ただ肉が付いただけの手のひらなんて何が良いんだよ。俺はニアがこれまで頑張ってきたことが分かるこの手が一番女の子らしいと思うけどな」
「そっ……そんなこと言われたのは……初めてだ……」
ニアが急に向こうの方を向いて顔を隠す。さっきから挙動不審だな。
「ほら、こことか、ぷにぷにしててちょっと気持ちいい。筋肉質だけど、それだけスリムだし、良いスタイルしてると思うぞ」
「は、はわっ! あ、あぅぅ……や、や、やめろぉっ! 分かったから! ありがとっ! だから腕を触るな! もう!」
「あ、おい」
腕をぷにぷにしていたら怒られた。ふむ、流石に不躾過ぎたか。
「わ、私はまた訓練に戻る!」
「あれ、戦うんじゃないのか? てっきりそのつもりなのかと思ってたけど」
「そのつもりだったけど! 今は無理だ! もう今日は貴様を見たくない!」
「嫌われたもんだな」
ニアの顔はこちらからは見えないが……耳まで赤くなってないか?もしかして照れてんのか?
「照れてる?」
「う、うるさい! バカ!」
「バカって……」
「もう行くからな!」
ニアはパタパタと手で顔を扇ぐと部屋から出ていこうとドアに手をかける。
「あ、そうそう。最後に」
「な、なんだ!?」
「親ってのは、子の幸せを願うもんだ。ニア、お前が男であろうとしていることに親は気付いてる。今度時間を取ってゆっくり話してみろ。互いに腹を割って話せるようになると良いな」
「───ありがとう、シュン」
ドアが閉まり、静寂が訪れる。
「フェイリア、悪いな。辛気臭い話になってしまって。かやの外だったろ」
「無問題 人間も人間なりの悩みがあるものなのだな」
「あぁ、しかも、そのほとんどは下らないすれ違いだからな。笑えるだろ?」
「軽蔑 笑えるのはシュンだけ。本当、良い性格してる」
「お褒めいただき光栄のいたり」
「溜息 我はなんでこんなヤツを寄り代にしているんだ」
まぁそう溜息を吐くなって。幸せが逃げてくぞ?
「シュン」
「なんだよ」
「我は、シュンを勘違いしてたようだ」
「どういうことだよ」
「先程のニアさんとの会話、終始小バカにしているようだった。が、最後の会話でニアさんの魔力の波長がとても穏やかになった。シュンは意外と話の大局を見ることが出来るのだな」
「…………俺を呼ぶときにもさんつけろよ」
「拒否」
偶然だよ、偶然。俺は言いたいことを言ったまでだからな。買い被るといつか大損こくぞ?
ニア「そういえば、従妹と言っていたが、確か召喚された勇者たちはみんな同じ歳の者達だったはずだが……あの身長だったしな……もしかして病気だったりするのか」
シュンの知らないところで、ニアは矛盾をいい感じに解釈していた。それからニアはフェイリアに気を使うようになったらしい。




