魔王と人王
シアはひとつ、息を吐いてから話始めた。
「……私は生まれた頃から魔界を見てきた。父上が作った国を、生まれてからずっと見てきた。最初の頃はそうでもなかったそうだけど、私が生まれたときにはもうすでに魔族たちは幸せそうに生活をしていた」
シュバさんも、俺も、王様も、注がれるの言葉に耳を貸し、黙っている。
「……魔族一人一人にそれぞれの生活があり、各々の日々がある。そこには確かに『笑顔』があったと思う。そんなときだった。人間が攻めいってきた」
シアの顔に、少しの陰が浮かぶ。
「……人間たちは魔族を滅ぶべき存在だと唄い、剣を振り魔法を唱えて魔族を虐殺した。虐殺が起こったのは、魔界の中でも隅の方で、栄えた町ではなかったけど、確かにあった『笑顔』が消え去った。それはすべて……すべて人間のせいだった!!」
シアは唇を噛み、涙をこらえる。感情が昂ってしまい言葉の節々が強くなる。
「つまり、何が言いたいのだろうか」
王様は表情を変えずに言う。
この場において感情も感傷も、不利になる材料にしかならないからだ。交渉というものはいつだって感情的になった者が足を掬われる。その点において、シアはまだまだ子どもだということが分かる。
「……私は、現魔王。魔王として民を導かなければならない。でもそれは、争うことじゃない。誰もが楽しく、幸せで、自由で、『笑顔』が溢れている世界を作る。それが、王としての責務。責任。王が王であるための理由」
表情から力が抜けていく。シアの言葉に偽りがないからだ。心の底から思っていたことが、言葉となって吐き出せたゆえに、最後には魔王としての威厳溢れる顔に戻っていた。
「なるほど、魔王だとしても、私と考えていることは同じ、国民の平和、笑顔のために協定を結びたい……と」
「……そう。人の王ロミオ、協定を結んでほしい。」
シアは言い切った。生まれたばかりで魔王という席に立ち、重圧のなかで泣いていた幼女はもういない。悔しさも悲しさも全ては国民のため。それが『王』。
俺は少し、舐めていたのかもしれないな。
「なるほど、確かにそこまで熱弁されれば私も簡単に断ることはできないな。私とて、魔族と敵対を続けていたいわけではない」
「王様、ここはご勇断をするべきではないですか?」
「しゅ、シュンくん……そうだなぁ……う、うーむ…」
王様め、このヘタレ!シアが頑張って喋ったっていうのになんだコイツ、王様の癖に思いきりが足りねえんじゃねえの?
「お父様!!」
「「「!?」」」
突然のドアバンにシュバさん以外が驚く。ビックリしたわ。
「マ、マナ?」
「お話は聞かせていただきましたわ!」
「おいマナ、もしかしてお前盗み聞きしてたな?」
「小さいことは気にしてはいけません!」
「盗聴は立派な犯罪なんだよなぁ」
ズンズンと歩いてきたのはロミオの娘、マナである。フンスフンスと鼻息荒くご立腹のご様子。
「お父様!!こんないたいけな少女を泣かして何をしてるんですか!?」
「えっ!いや、いやだって魔王だし……」
「……少女…大人だもん」
「魔王だからなんでしょうか!お父様はこんな澄んだ目をしているシアトちゃんを疑うんですか!?」
「こ、国王として、しっかりと吟味してからの判断をだな…」
「……ちゃんづけされた……」
「分かりました!そんなお父様なんて嫌いです!洗濯物は分けてもらいます!」
「ま、マナ!?反抗期か!?反抗期なのか!?」
あー……これあれだ。もうギャグムードに入っちゃったわ。マナめ、中々イカした演出をするじゃないか。シアも嬉しそうにしているぞ。
「ま、まぁ、マナの言いたいことも分かる。私も、正直もういいかなと思いつつあるところだ」
「はっきりしないですね王様」
「しゅ、シュンくんは静かにしてなさい…」
「で、どうなんですかお父様!」
「人の王ロミオ、協定を結んでほしい」
「………………………………………………よ、よーし。む、結ぶかぁ…協定」
長い間を経て、俯いた顔をあげて喋る。もう面目なんて丸潰れ だ。
うっわぁ……格好つかないなぁ、人類の王様。
そこからはトントン拍子で進んでいった。魔王からの要望、人王の要望、マナが仲介に入ることで円滑に話は進み、ロミオは冷や汗をかき、シアは笑い、マナは怒り、シュバさんはシアの成長に嬉し泣きしていた。
最初からマナを横においとけば良かったと後悔したことは言うまでもない。
「では、また話す機会を作りましょう」
「うむ」
「……まずは魔族の意識改革。こちらはこちらで魔族へ話をつけておく」
「シアちゃんまた来てね」
「……マナ姫はもう少し私に敬意を払うべき」
「うふふふ」
「……むぅ」
こいつら楽しそうだなぁ。俺今回なにも喋ってないぐらいなんだが。
「マナ、今度の時も来てくれ」
「はい。シュンさんの頼みならもちろん、シアちゃんに会うためならどこへでもいきます」
「……シュン、マナ姫に言っておいて欲しい。私をちゃん付けで呼ぶなと」
「だそうだが?」
「うふふふ」
「……笑って誤魔化すなっ」
ふむ、マナとシアは仲良くなれる分からないが…
「シアト様は中々教育されてますな」
「ええ、手塩にかけて育てましたから。ですがそちらのマナ姫様も良い教育をされているみたいですね」
「いやぁ、娘は可愛いものです。シュバさんも娘を持ってみては?」
「私には魔王様が居ますから」
「なるほど、確かにあれくらいの頃が一番可愛いからね。あの頃のマナはお父様お父様とテクテク後ろをついてきたものだ」
「人王様、顔がニヤニヤしておりますよ?」
「シュバさんこそ」
「「ふへへへへ」」
あいつらは仲良くなれそうだな。どびきり。
マナも部屋に戻り、シアとシュバさんも魔界へと帰っていった。俺と王様は二人部屋に残って途中止めにしていた将棋の続きをしていた。
パチッ…
「しかし、本当にビックリしたよ。魔王と協定を結ぶことになるなんて」
「ダメでしたか?」
パチッ…
「いいや、むしろありがとうと言っておきたい。この数百年間魔族との戦いが続いていたからな」
「それなら良かったです」
パチッ…
「それにしても、最後は簡単に協定に同意してましたね」
「まぁ……私も男だからね。あれくらいの子にお願いされちゃあもうダメとは言えないだろう?」
パチッ…
「思いっきり渋ってたじゃないっすか」
「………お、王手ぇ!」
「はい、逆王手」
「えっ!?……ま、待った!」
「駄目です。はい、おしまい」
「ぐ、ぐぬぬぅ…」
あぶねぇ……ほんと、王様意外と吸収早いから一瞬負けたかと思った。俺もこれやってる内に上手くなってきた気がする。なんとか勝てた。
「じゃ、王様。また」
「うむ」
部屋から出ていく扉に手を掛けたとき、後ろから小さく声が聞こえてきた。
「ありがとう、シュンくん」
王様ってのは、お人好しが多いのかね。
「休み、増やしてくださいよ」
いつものお願いをして、俺は王様の部屋を後にした。
さぁ!ここから始まるぞ!




