こうして一日は終わる
将棋。
昔から現在まで長いこと親しまれ続けてきた国民的な遊びだ。
いや、もはや遊びと一括りには出来ないほどだ。『競技』と言い換えたほうが良いのかもしれない。プロやアマチュアなどの概念が生まれ、全国的な大会や『竜王戦』と呼ばれるような試合もあるのだ。
そんな競技である『将棋』は正しく言えば日本将棋と呼ばれる。その名の通り日本由来の競技だからなのだが、ここは異世界だ。
「この世界にも『将棋』があるんですか」
「いいや、それは違うぞシュン。この将棋というのはその昔現れた勇者が広めた物じゃ」
「昔の勇者というと、あれか」
「うむ、スズ=サトウのことじゃ」
『永久回廊』と『永久黙殺』を使って魔神を無力化したっていう、あの勇者か。
「日本人染みた名前だ。数百年前の勇者だったか?女性だったんだな」
「うむ。人の身ゆえ、もう死んだと思われる」
「思われるとは、どういうことだ?」
「急に消息を絶ったようでな。遺体は確認しておらんのだ」
「ふぅん。で、将棋やればいいんだったよな」
「そうだ!ふふ、私も大分やりこんだからな!簡単に勝てるとは思わんで貰いたい!」
腰に手を当ててわっはっはと笑う王様。この人、単純に遊び相手いなかっただけじゃないか?実は将棋を差したいだけでは?
「ルールは分かるかシュンくん?」
「ええ、まあ」
「なにっ……そうか…」
「おいリューナ」
「教えたかったんじゃよ。いいから、さっさとやるがよい」
リューナは飽きてきたのか欠伸をしている。ま、話自体は全く進んでないからね。少々お待ちくださいな前竜界王。
「では、気を取り直して勝負だ!シュンくん!」
「あまり上手いわけではないけれど、お相手致しましょう」
十数分後…
「王手」
「待った!待ってくれ!……ぐぬぬぬ」
「王様、待ったはもうこれで3回目ですよ」
「くそう、飛車にはそんな使い方があったのか……」
いや、普通に飛車で攻めただけなんだが。飛車の前の歩を進めて、飛車から桂馬なり角なり取っていっただけだ。
「まぁ、やる相手が居ないんでしたら対処も出来ないと思いますよ」
「気休めはやめろ!……うむむ……ぐぬぬぅ」
「シュンさん、これはどっちが勝ってるんですか?」
「俺だな」
「さすがシュンさんです。これで婚約成立ですね!」
「勘弁してくれ……」
「ぐぐぐぐ……っ!もう一局!もう一局だ!別に一回勝負とは言ってないからな!だから頼む!」
「はぁ、分かりましたよ」
案の定、二回戦めをやることになった。リューナはもはや寝ていて、マナは俺のとなりで時々質問してきては楽しそうにしている。王様は同じような手で何度も負け、その度にもう一度と繰り返すので終わる頃にはもう日も暮れていた。
「ま、負けた……」
「でも最後の方は危なかったですよ」
「王手と叫ぶシュンさん、かっこよかったですよ?」
「茶化すなマナ」
「うふふ」
やっとのことで王様は諦めたようだった。マナも今回で興味を持ったらしく、今度やる時はマナとも将棋を打たなければならなくなってしまった。
「むむむ、男に二言はない!マナを大切にしてやってくれ……」
「いやいや、元よりそんなつもりありませんでしたから」
というか3本勝負とか5本勝負とかなんども言い換えてた人が何言ってるんだよ。最終的に15回くらいやったぞ。
「シュンさんとは清い付き合いでやっていきますね」
「だから、お前もそうやって遊ぶのはやめろ。本当に好きなわけじゃないだろ?俺のこと」
「ふふ、それはどうか分かりませんよ?」
「そういうとこだよ、怪しいのは。ていうことなんでマナは要りません。お返ししますよ王様」
「ほ、本当か……?マナ、よいのか?」
「私も今日は楽しませて頂きましたから、構いません」
全部お前のせいだからなマナ。こんど責任とって休みの日を作れよ?そしたら許してやる。
「まあ久しぶりに将棋を打てて楽しかったですよ。王様、またやりましょう」
「本当か!?実は他にやってくれる者は少なくてな…ありがとうシュンくん!」
「いえ、ただ最近は特訓が忙しいのであまり時間が取れるかどうか……」
「よしわかった!度々休みを取らせるように言い聞かせておく!」
ふは、計画通り。
「スー…スー…」
「っと、リューナ寝てるじゃん」
「そういえばシュンくんは前竜界王様を呼び捨てだったり敬語を使ってなかったりしてるが、大丈夫なのか?」
「えぇ、まあ。こいつにはこれくらいがちょうど良いんすよ」
「シュンさん、竜界王が何か分かってますか?」
「なんか強い」
「まぁ、それもあってますが…」
苦笑いを浮かべるマナ。実際強い。とても強い。
「この世界には竜界と魔界と人界があるのは分かりますよね?」
「まぁ。なんとなく」
「その中でも、魔界と人界はあまり関係がよくありませんが、竜界は中立的な立場を保っています。それはなぜか分かりますか?」
「……戦いに興味がないとか」
「いえ、そうではありません。むしろ戦いにおいて竜族は一番強いのです。人族は技術、魔族は魔法、それぞれが特化した能力を持っていますが、魔法と力、その両方を兼ね備えたのが竜族なのです」
「へぇ」
確かにあの強さは見たことない強さだった。規格外だ。ユウトだってとてつもない能力とステータスだったが、比べようが無いほどの圧倒的差だ。
「うむ、だから私も発言には気を使っているのだ。前竜界王様を怒らせるわけにはいかないからな」
「ふぅん、こいつがか」
「ふがっ……んぐぐ……ぷはっ!?なんじゃ!?なにが起こったんじゃ!!」
「しゅ、シュンくん!?」
リューナが気持ち良さそうに眠っているのを見てると腹が立ったので鼻を摘まむ。するとすぐに息が出来なくなり目を覚ました。王様も大袈裟だなぁ。こいつが怒ることなんてそうそうないよ。
「む?もう終わったのか?」
「あぁ、もう解散だ」
「長かったのー。じゃ、ワシも帰るかの」
「ご足労ありがとうございましたリューナ様。またお越し下さい」
「うむ、マナ姫は礼儀正しくなったものだな。それに引き換えロミオ、お主はワシを置いて将棋なぞを始めおって。暇であったぞ」
「はっ、す、すいません……」
「まあまあリューナ。許してやれ」
「許すのじゃ」
「えっ……あ、ありがとうございます」
「ではの。また会おうぞシュン」
「はいはい、じゃあな」
背中から翼を生やして部屋から飛び出ていくリューナ。あいつ窓から飛んで行きやがった。ったく、騒がしいやつだよ。ほんとに。
「し、シュンくん…」
「はい?」
「前竜界王様に王様に優しくしてと言っておいてくれないか?」
「お父様、情けないですよ」
「ま、マナぁ……」
「ははは、じゃあ俺も部屋に帰りますよ」
「あ、ありがとうシュンくん。君のおかげで助かった。また来てくれ。将棋を打とうではないか」
「また会いに行きますねシュンさん」
「はいはい、失礼しましたー」
客間のドアを閉めて一息をつく。はぁ、疲れたぁー。長い間将棋なんてやると集中力使いすぎてしまうな。首が痛い。
「お疲れさまでしたご主人様」
「イルか。おう、お前もありがとな」
「いえ」
将棋中、紅茶が無くなりそうなときや足りないときは言わずとも注いでくれたり、気を使って休憩を取ろうと言ってくれたり、ところどころで助けてくれたのだ。こういうとこは出来るメイドである。
「帰ったらマッサージ致しますよ」
「悪いからいい」
「そんな、たまには奉仕させてくださいよ」
「いつも世話になってるさ。気にするな」
「……っ!ほんとにもう、ご主人様は可愛いですねぇ!!よしよしよしよし!」
「やめろばか!」
「あいたぁっ!?」
自室へと戻る廊下の途中、そんな会話をかわす。いつものことだが、下らないことで一喜一憂するこんな毎日が楽しいと思ってしまうのは、なんというか、日本にいた頃と変わったなぁって思う。
「マッサージ、したかったなぁ」
「あ?疲れるだろ?」
「ご主人様の体を合法的に触れるじゃありませんか!!」
「お前はほんとに……残念なメイドだよ、はは」
「あー!なんですかご主人様!そんなこと言わなくてもいいじゃないですかー!」
「ほら、もう部屋だ。夜も更けてきてるし早く寝よう」
「むぅ…分かりました、ご主人様」
なんだかんだ、楽しい一日だったよ。ちょっと忙しかったけどな。
マナ可愛い。リューナも可愛い。だけど一番イルが可愛い。と思います、はい。




