普段の生活①
セルウス幼女誘拐事件から数日、久しぶりに普通の生活に戻った。今日はそんな、普通の1日を見てもらいたいと思う。
朝、日の光が瞼を焼き、眠気を飛ばされる感覚を覚え、目を開ける。
「……んー…おはよう」
「おはようございます、ご主人様」
隣で寝ているのはイル。本名をルル=イルタ。本来は魔王の幹部だが、今現在、俺のメイドとして働いてくれている。
「いつも言っているが、俺の隣で寝るときには距離を取れ」
「はい、取りました」
「眼前5センチくらいにイルが見えるが?」
「近眼でしょう」
「近眼は遠くのものが見えないことを言うんだよ変態」
「アイタッ……うぅ、愛が痛いです…」
いつもと同じ、下らない会話を交わすと、ベッドを出る。朝食の前にある朝の打ち合いに行かねばならないな。あぁ、気だるい。
「ご主人様、打ち合いの前に軽く顔を洗いになった方が」
「分かってる分かってる」
眠気を冷ますために洗面台に行き、顔を洗う。ヒヤッとする感じに、目が覚めていくのを感じる。今日もまた始まってしまうのか。
「毎朝鬱だ……」
「ご主人様、朝はいつも不機嫌ですよね」
「永遠に朝が来なければいいのに……」
「怖いこと言わないでくださいよ!?ほんと、ご主人様は寝るの大好きですよね」
「人間、飯食って寝て、時々運動すればそれだけで人生謳歌してんだよ」
「寝るだけじゃいけませんけどね」
「知ってる」
普通の家には水道は通っていないが、俺たちの寮として貸し出しているこの部屋と、王族の部屋には水道が通っている。おかげで蛇口を捻るだけで水が流れる。ありがたいね。
キュッと蛇口を閉めて洗面台を出る。するとイルが紅茶を出してくれていた。
「ミルクティーでございます」
「ありがとな」
爽やかな喉ごしと、コクのある甘さに体から気だるさが抜けていく。こういうところの気遣いは本当に嬉しい。イルは性格さえ良ければ完璧なのにな。
「な、なんですか、その目は……」
「いや、お前は残念なやつだよ、ほんとに」
「そんなこと言うなんて……興奮するじゃないですか!」
「何回やんだよこの流れ」
と、不意にドアからノック音が飛び込んでくる。
「シュン殿ー!打ち合いですよー!」
「いつから名前で呼ぶようになったんだよ、いつも朝起こしに来やがって」
「自分の仕事ですからー!」
「はいはい、待ってろ」
服を動きやすいジャージに変える。最近はかなり肌寒くなり、以前までの運動服が長袖のジャージに変わった。
だが、ジャージといっても普通のジャージではなく、なんの素材が使われてるのか動くときに引っ掛かることはなく、ただのジャージより動きやすいスーパージャージとなっている。
うん、ごめん。この情報はどうでもいいだろうね。俺もどうでもいい。
「行ってらっしゃいませ、ご主人様」
「おう」
俺は部屋を出て訓練場まで足を運ぶ。やはり既に何人かは始めていて、そこらから気合いの声が聞こえてくる。
「行きますわよイツキ!」
「おう!ジェシカ!」
「ちょっと!私を置いて一樹くんと戦わないでくれる!?」
向こうの方ではイツキとジェシカが打ち合いをしているのが見える。イツキ、フルネームで松岡一樹だ。クラスメイトでユウトグループの一人。能力は『気』で、マンガに出てくるようなことが出来る。元ボクサー。
そしてジェシカというのは、戦乙女聖騎士団の一人。前に松岡が戦ったエキシビションマッチの相手だ。ジェシカは松岡の強さに惚れたらしい。彼女がいるくせに、死ね。
横から口を出すのは刑部優香。松岡の彼女だ。コイツに関してはあまり知らない。というか、別に興味がない。
「ハーレムでも作ろうってのか……くそが……」
「シュン、怨嗟がスゴいぞ」
と、後ろから苦笑いをするイケメンが現れる。
「お前は…ちっ、朝から嫌なもん見せんな」
「ははっ、おはよう」
洗濯剤のように爽やかな声が俺の心を抉る。昔からの腐れ縁で、散々色んなことに付き合わされた友達……じゃない、知り合いの光ヶ丘ユウトだ。
いつも付きまとって来るくせに、コイツは驚くほどのイケメンなせいで、むしろ俺がユウトに付きまとっていると噂される。俺としては関係を切れるならそれでもいいのだが。
「ほら、また宮本くんがユウトくんにつっかかってるよ」
「ユウトくんも早く突き放せばいいのにね」
「だって光ヶ丘くんは優しいから、どんな人にも声掛けちゃうんだよ」
「「「優しいぃぃぃっ!」」」
俺は向こうから聞こえる声にため息をつきながら、ユウトの耳を引っ張る。
「痛い痛いっ!?なんで怒ってるんだシュン!?」
「別に」
「千切れるっ!ひっ、千切れるからっ!」
ユウトはこのことに気付いていないようで、だからこそいつでも話しかけてくる。言わないといけないことでもないから、俺も言わない。
「あ、アイツユウトくんの耳引っ張ってない!?」
「ほんとにっ!?サイッテー!」
「暴力的な男子って嫌よねぇ」
「うーん、私には事情があると思うけどなー?」
「あれっ…結城さん?」
「うん、おはよう。シュンくーん!ユウトくーん!」
と、そんな女子らの間に入って俺たちに向かってくるのは、クラス、いや学校のマドンナ結城美郷である。
妖精魔法とやらを使うヤツで、俺たちのクラスの中でもトップクラスの実力者。その姿からは想像できないほどの魔法の連打が出来る。魔法でのゴリ押しは脳筋と称しても違和感がない。
「おはよう、結城さん」
「おは」
「うん!おはよう!」
元気な結城さんに手短に返事をする。朝からこんな美男と美女に囲まれて、俺は肩身が狭い。くそう、他にもうちょいダメなやつはいないのか。高木、そう。高木はいないのか。ストーカー気質のアイツは。
「ふむ?誰かと思えばミサトと光ヶ丘ではないか」
「あ、シズクちゃん!」
「おはよう、桐峠さん」
「俺を無視するな刀女」
桐峠雫、常に帯刀をしているおかしなヤツで、基本的に危ないヤツ。日本では銃刀法違反な訳だが、ここは日本ではないために捕まらない。
「むむ?あぁ、身長が小さくて見えなかった、居たのか」
「うるせえ貧乳。俺とお前じゃ身長なんざ変わらんだろうが」
「あぁ、チン長が小さくて見えなかった」
「よし刀を貸せ、首を切り落としてやる」
「あぁんっ!?」
「んだこら?」
くそ、だからコイツは嫌いなんだ。血の気の多い……俺はもっとおしとやかな淑女が好きなのだ。
「はいはい、シュンくんも雫ちゃんも、喧嘩はダメだよ」
「「だってコイツが!」」
「おいおい、みっともないぞシュン」
「黙ってろ酸素の無駄遣いしやがってうんこ製造機」
「シュン!?」
「ふははっ、相変わらず品が無いな宮坂!そういうところだぞ貴様がモテないのは!」
「やかましい性悪女、打ち合いに真剣持ってくんな」
「木刀なんて持てるか!」
「真剣よりは持ちやすいわ!」
コイツ!一向に引かねえ!
「いよぉぉおし!少年少女ら!集まったな!?よしよし、ならばまずは並んでくれ!」
ミラン兵長が顔をだし、大きな声で召集をかける。
「「ちぃっ!」」
「ははは…」
「どうにか仲良くなれないかなぁ?」
俺と桐峠は互いに睨みながら並び、ミラン兵長の話に耳を貸す。
「よし!そろそろダンジョンに行くときが近付いてきている!君たちの実力はもうすでに我々に近い!いや、抜きん出ている者もいるだろう!だからこそ!ダンジョンで慌てないように心構えをしておいて欲しい」
「「「「おおおぉぉぉぉ!!」」」」
「では、朝食に移ろう!解散!」
「「「「はいっ!!」」」」
短い話を終えて、みな食堂へと歩いていく。これで朝の練習はおしまいだ。あれ?俺たち練習したか?
「行くぞ?シュン?」
「シュンくん行こうよ!」
「ふん、行くぞ宮坂」
「あいあい」
ま、いいか。




