セルウスの町にて
マナのおかげで事前に得た通行許可証を持ってセルウスへと入る。案の定、『亜人』が紐に繋がれていて、その紐を掴み下卑た笑いを浮かべている男女が歩いている。
「……」
隣のゾーイが俺の手を掴み、力強く握りしめる。
「すまない」
「……です」
怯えていることが指を通して伝わってくる。ゾーイには申し訳なさで一杯だ。俺は感覚的に安心できるらしいが出会ってからまだ3日程度、それに一緒にいる時間はそこまで長くない。
それなのに俺のためにトラウマになっているほどの街に同行してくれている。ありがとうとしか言う言葉が浮かばないな。
「これひとつ貰えるか?」
「あいよ」
近くにあった焼き鳥の屋台に近付き、一つ頼む。
甘いタレが焼き鳥に絡み付きとても良い香りが漂っている。こんなのお礼とも言えないが、少なくとも誠意として渡そう。
「熱いから気を付けてね」
「ありがとう」
貰った焼き鳥をゾーイへと手渡すと、ゾーイは食べることもなくじっと焼き鳥を見続けている。
「どうした?食べないのか?」
「これは、シュンの……です?」
「いやいや、ゾーイのために買ったんだよ。熱い内に食べな」
「ほんと……です?」
「あ?嘘をつく意味もないだろ。ほれ、こうやって食べるんだ」
焼き鳥の一番上をかじりとる。うん、旨い。甘ダレがしっとりとしていて口に残る。日本の焼き鳥よりも美味しいかもな。
ゾーイはこれまたしばらく見続けた後に恐る恐る食べると、どんどん口に入れていく。
「あ、あんた。そいつはあんたの奴隷かい?」
「あ?んなわけねえだろ」
「なんでその亜人なんかに焼き鳥をくれてやってるんだ?」
「……は?今おまえ、『なんか』と言ったのか?」
「あぁ、なるほど、飼い慣らしてるんだな?ははっ、やるねえ旦那!」
勝手に納得したように頷く店主。なるほど、ここではそういう解釈をされるわけだ。分かっていたつもりだが、思っている以上に偏見が強いみたいだな、この街は。
王国でたまに見る亜人は、それでも堂々と町を歩いていたものだが、この町の紐に繋がれていない亜人たちはみな道の橋をこそこそと歩いている。何が怖いんだ?
「ていうか、その奴隷……」
「奴隷じゃねえっていってんだろ」
「あぁ、いや。その子……どっかで見たような気がするんだよなぁ…」
「あ?……かなり前か?」
「あぁ、多分数ヵ月前だと思うが……」
となるとゾーイがこの街から逃げ出す前ということか。
「ごちそうさま……です」
「おう」
と、ちょうどゾーイが食べ終わり、串を渡してくる。
「美味しかったか?」
「はい……です」
「やっぱ見たことあんだよなぁ……白い髪にこの耳……確か…」
店主が考え込むように顎に手を添える。早く離れたいが離れられそうに無いな。
「そうだっ!その子…たしかアッシモさんのっ」
「びくっ……」
「ゾーイ?」
アッシモという名を聞いた瞬間にゾーイが震えた。俺の腰の辺りに顔を埋めて震えている。
「すまない店主。美味しかった。串はいらないんだが」
「あ、あぁ。貰うけどよ…あんた、アッシモさんに逆らうのはやめた方が……」
「悪いがその虫酸が走る名前を喋るのはやめてほしい、心遣い感謝する」
この人は多分、普通の善人だ。確かに亜人に対する偏見はあれど、それはこの街の『風習』と言っていい。感化されたんだろう。その眼は周りの奴隷を連れている奴らとは違い、憐れみの眼だった。ただ弱い奴を従えて優越感に浸るモノたちとは違った。こういう人はまだ救える気がする。
「ゾーイ、逃げてきた道は分かるか?」
「分かる……です」
「案内、出来るか?」
「はい……です」
ゾーイには悪いが、この状況を打破するためには必要なことなんだ。
約30分歩いたところで、ゾーイが立ち止まる。
目の前にはかなり大きい家、言うなら屋敷が佇んでいる。
なるほど、店主が言っていたとおりゾーイはこの『アッシモ』とかいうモノの……奴隷、だったんだろう。
「ありがとうゾーイ。ここだな?」
「はい……です」
ゆっくりと頷くゾーイ。やはり震えている。そりゃあそうだろう、トラウマでしかない場所に無理やり連れてこられたのだから。
「ゾーイ、帰ろう」
「良いの……です?」
「あぁ、今日はただ様子を見にきただけだからな」
「分かった……です」
さぁ、帰ろう。ここにいてはゾーイに申し訳がつかない。
「行くぞ」
「ふィィ…今日も暑いなぁオイ!」
「マジか」
扉が開く音と同時にうるさい声が聞こえてくる。俺は一瞬で背後にゾーイを隠して壁際に立った。前からはなんとか見えないはずだ。
「ン?てめェ…」
「なんだ…ですか?」
話しかけられてしまった。ここでややこしいことになっても困る。変に突っ掛かってゾーイを巻き込んではいけない。あまり使いたくない敬語を使ってやる。
「今日も暑いなァ…?」
出てきた男は俺を睨み付け、一言叫んだ。
「今日も暑いなァッッ!?アアァンッ!?」
「あ、はい」
本日の気温に対してのご感想、いらないです。
「てめェ、もしかして、奴隷が欲しくて来たのか?」
「は?」
「確かに、俺様はこの辺りで有名な奴隷使いだっ!」
「そうなんですか?」
「あァ、本職奴隷使い、副職が町長と言ったところだ」
「本職が町長じゃないんですね」
後ろのゾーイはなんとか声を出すこともなく、震えてもいない。
「ところで、町長というのはつまり…アッシモさんですか?もしかして」
「んァ?おうそのとおりだ。俺様がこの街で有名な奴隷使い!アッシモ様だっ!」
「なるほど、嫌でも本職は奴隷使いと」
うるさいヤツだ。なんというか、思っていたよりサバサバしているヤツなんだな、このアッシモとかいうヤツ。少々暑苦しいが。
「アッシモさん、もしもそんなに暑いのでしたら、涼しいところへ行くことをオススメしますよ」
「むゥ?確かにっ!いよォしっ!では着いてこい少年っ!」
「あ、俺は用事があるんで」
「なァにィっ!?てめェ、この俺様の頼みが聞けねえってのかっ!?」
「いやぁ、女性を待たせてるもので」
「ぬゥ?てめェ、女待たせてんのかアアァンッ!?」
近い近い、顔近いよオッサン。
「分かりましたから、着いていくんで先いっといてください」
「いやいい!女を待たせてるんならソイツのところへ行くべきだっ!すまん!邪魔したなっ!」
「あ?………ありがとうございますアッシモさん」
「ふははっ!それでは少年…いや、名を聞いておこう、なんて名前なんだ?」
「宮坂シュン…シュンと呼んでください」
「よし分かったっ!ではさらばだシュンっ!ぐはっぐはっ!ぐははははっ!!」
豪快に笑いながら去っていく人。現実で初めて見たかもしれない。あっでも兵長あたりがやってそうだな。
その後、アッシモはこちらに振り替えることもなく、笑い続けながらどこかへ去っていった。視界から消えて数秒後、ため息を吐き出し背後のゾーイへ話しかける。
「悪い、少し長引いた。大丈夫か?」
「……」
「おい?ゾーイ?」
反応がない、嫌な予感を感じながら後ろを振り向く。
「ゾーイ!?」
「……みゅう…みゅう…」
「ふんっ」
「ぴいっ…」
何故か眠ってしまっていたゾーイに気づかず、わざわざ気を使っていたことにムカつき、鼻を摘まんでやる。花から息が抜ける間抜けな音が鳴る。
「…帰るか」
「みゅう…みゅう…」
用事は終わった。帰りましょう。
俺は寝てるゾーイを背負い、周りの好奇の視線に耐えつつ歩いて帰っていったのだった。
(やべぇ…通報とかされねえよな…?いやいや、幼女を背負っているだけでそんなこと…)
ざわ…ざわざわ…
(おい俺じゃねえよな?もしかして俺に向けていってるんじゃないよな?)
※クラスの女子たちが笑いながら話しているのを見て自分のことを笑ってるのではないかと感じるアレ。
ざわ…ざわざわ…ざわざわ…
(よし!走ろう!うん!)
「みゅ…うぅ?」
(起こ…しちゃあいけねえよなぁ。ここまで着いてきてくれて、疲れたんだろうし。はぁ、よく考えたら幼女を連れてるオッサンとかこの街にたくさんいるし、別に目立つわけでも…)
「いやそれはそれでどうなんだっ!?」
「えっやだなにあの人、急に叫んだんですけど…」
「こわーい」
「見ちゃいけません、空気感染しますよ」
(空気感染なら見ても見んでも感染するわタコ。)
帰るまでが一番辛かったシュンでした。




