おかえり駄メイド
「ここはどこだろうか」
「……です?」
目が覚めて、自分の行為に一頻り後悔したあとしばらくして不意に考えた。
思えばこの詳しい場所も分からないところへ俺は飛ばされてしまったのだ。前回はリューナとかいう王族とは決して思えないような変なやつに出会ったおかげで魔王に会うというデメリットと共に家に帰れたわけだが…。
「……?」
目の前で頭を自ら撫でている猫娘、もといゾーイを見ているとその期待は出来ない。うん、どうしようかしら。
「そういえばお前はこんなとこで何してんだ?一人なのか?」
「……ゾーイ」
「あ?」
「ゾーイ…です……名前」
「……はぁ、そういえばそうだったな」
下手に名前なんてつけるんじゃなかった。なまじコイツが気に入ったおかげで迂闊に呼べなくなっちまった。過去は見ない主義だが反省しよう。
「今度からは名前のない幼女に出会っても名付けない!!」
「……?」
異世界だからな。何が起こってもおかしくない。流石に名前のない幼女がそこら中に居たら俺はこの世界を諦める。色んな意味で。
「で、ゾーイは何してたんだ?こんなところでさ」
「ん…生きてた…です?」
「見りゃ分かる。何を目的としてここに居たんだ?」
「生きる…です」
「何も分からん」
聞きたい答えが一つも返ってこない。流石は幼女、手強いな。しかし迂闊に手を出したりしたらその辺から児ポが飛んできそうで怖い。
「じゃあ親は?」
「いない…です」
「じゃあどこにいる?」
「空の上…です」
「そらの…あぁ分かった。悪い」
そうか、そういう感じか。なるほどな。
「じゃあずっと一人でいるのか?いつからなんだ?」
「…ずっと前…です。多分…何ヵ月も…前」
「ふむ、ここに来てしまった理由は?」
「人間から…逃げてきた…です」
まあある程度予想は出来てたよな。そんなことだろうと思ったさ。
「で、元奴隷ってか?」
「……すごい…です」
「ちっ、胸くそ悪ぃ。見りゃ分かるわそんなもん」
口癖になっているようななっていないような拙い口癖。人間に極度に怯える様子。現状が分からないような無知さ。そして事前情報として現魔王、シアが言ってた『亜人』とその姿が一致する。
「ゾーイ、どっから逃げてきた?」
「あっち…です」
「分かるのか?」
「はい…です」
正直意外だった。数ヵ月も前に逃げてきたはずなのに方向を覚えてるなんて。もしかして亜人、特にこの姿だから『ワーウルフ』とやらか。方向感覚とかが良いのかもしれない。第六感的な。
「行ってくるわ」
「出ていく…です?」
「おう。まあなんかあったら帰ってくるわ」
「はい…です」
元々表情の乏しいゾーイなので、その顔から何かしらの感情は伺えるが…具体的には理解できない。寂しい…のか?
「ん…うぅむ……」
「…?」
「あー…うん!もういいや!」
俺は周りを見渡し、人がいないことを確認するとゆっくりと手を伸ばし、その手をゾーイの頭に乗せる。
「…なんだ。あれだよ。そんな寂しそうにするな。また戻ってくるから、な?」
「…です」
相変わらず表情は見えないが…なんとなく気持ち良さそうにしている。やばいな、なんか甘い気がする。こいつに対しては。
「まあ俺はあれだから。体の半分が優しさで構成されてるからさ。甘いとかじゃなくて元から優しいんだって」
「…?」
「あぁいや、なんでもない。じゃ、またな」
「はい…です」
先ほどゾーイが指した方向に走っていく。後ろからの視線を感じつつ、若干の気持ち悪さを覚えながら俺は走った。
ーーーーーーーーーー
15分ほど走ったところで大きな城壁が見えた。
近付いていくとその大きさはどんどん顕著になり、見上げるほどの大きさだった。馬車などの往来も激しく、門番らしき人が忙しそうにしているのが見える。
「ふむ…見た目はまるで帝国だな」
大きな城壁に遠目から見てもわかる城。王国とはまた違った雰囲気で帝国のようなイメージだ。まあ王国と帝国が同じ国にいるとかあり得ないだろうが。
「正面突破は…無理そうだな」
人目も大きいし侵入は無理。普通に入るにも身分を証明できるようなものがない。さて、どうしようか。
『シュン!先に侵入の可能性を考えるってダメじゃないかっ!?』
なんか聞こえた。
「ふむ、透視…かな」
軽く見渡してみる。が、さすがの城壁である。見るかぎり抜け道や抜け穴のようなものは見当たらない。どうするかなぁ…
「ご主人様!見つけまし」
「死ねぇッッ!!」
「ふんもっふッッ!?」
突然の飛来物につい拳を叩き込んでしまう。そして踏みつけ追い討ちをしてしまう。あぁ、反射って怖いな。俺はまったくもってこうしたいなんて思っていないのに、身体が勝手にいたぶってしまうのは仕方ないよな?
「なあお前もそう思うだろうクソ駄メイド」
「あぁあぁぁぁあっっっ♪」
「言った通りになっちまったじゃねえか?あ?てめぇの脳みそは腐ってやがんのか学習能力がないのかゴミ虫ぃっ!」
「いっひぃっ!!ご主人様ぁ!もっと!もっとなぶってください!!」
「どうしようもねえわコイツ」
地面に倒れビクンビクンと痙攣をしている駄メイドを見ながら、帰れる糸口が見つかった安心と共に元凶である魔族を踏みつける。
「中々の踏み心地じゃないか」
「ありがとうございます!」
「よっし、じゃあ廃棄物は廃棄物らしく捨てるか」
「ご主人様!ポイ捨ては駄目ですよ!」
「変態に正論を言われてしまった」
くそう、反論の余地がない。さすが天才魔族か。
「さぁ、理由を聞こうか?」
「あぁぁあ…はいぃ…あのぉ…多分ですがぁあ…」
「きびきび喋れやクソメイド」
「あひぃっ!!かしこまりました!ご主人様の眼が魔法式を無意識に崩してしまってるんだと思われますっ!はいっ!」
「どういうことだ?」
「転送魔法は転送する相手の情報を読み取らなければならないのですが、魔神の眼は解読できなかったようです!」
「ふむ、死刑」
「ありがとうございます!!」
納得いかねえ。俺は悪くないのに…全てはここに連れてきた神様が悪いのか?いや、このメイドが悪い。
「あぁもういいや。それよりも、この城壁の中に入れないか?身分を証明できるものでもあれば良いんだが」
「はい?これくらい、壁に穴を開けて入れば良いじゃありませんか」
「おいおい駄メイド。まずは侵入から考えるというその野蛮さ、考え直した方が良いぞ。しかし実行を許す、やれ」
「かしこまりました!」
「あ、やれとは言っても音を出さず後を残さず迅速に行え。そしてお前が死んでくれると助かる」
「前半はかしこまりました!」
「後半は?」
「ツンデレですね」
「有罪」
門から離れて、少し歩いたところの城壁の一部に手をついたイルはまたもや呪文のような言葉を呟く。すると、イルの手から何かモヤのようなものが溢れて壁が溶けていく。
「大丈夫なのかこれ?」
「心配いりません、直ぐに治りますから」
「やりおるな」
「えへへぇ」
そういえばコイツ、上級魔族だったわ。
開けられた場所を通ると何処かの路地裏のようだった。幸い人に見られることはなく、これもイルの計算の内かと思うとムカついたので頭を叩いておいた。
「私への当たりが強くありません?」
「んなこたない」
「だといいのですが…」
前をいくイルが時折振り返っては警戒しているのを見て、若干の嗜虐心を擽られるのだった。




