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コイントス

「麗しのマナ姫様…私、ルシウスは感服致しましたっ!あの小鳥がさえずるような可愛らしいお声の演説、しかし説得力はその場の誰よりもあり、人々はみな聞き惚れていました……私は驚きを隠せません!姫様への忠誠をこの場で示します!」

「はい、ルシウスさん。手に口を近づけないでください」

「はっ!失礼しましたマナ姫様!頭が高かったのですね!では靴を」

「お止めください」


 うわぁ……もう入りたくないな。

 なんだよ、マナの部屋に着いたからノックしようと思ったら中から既に変態臭のする会話が響いてきてるよ。


 帰ろう、うん。時間を改めるんだ。勘づかれるなよ?ここで見つかれば変態臭のする変態に気付かれかねない。素早く、そして静かに帰ろ──


「シュンさん、やっと来ましたね」

「ちぃっ!」

「どうぞ、中へ」


 くそう、なんでバレた。


「いや、先客がいるみたいだし、俺は帰るよ」

「いえ、シュンさんの方が大事なので入ってくださいな」

「マナ、知ってるか?本当に大切なものってのは、普段からいらないと思っているものなんだぞ」

「そうですか、入ってください」

「話を聞きやがらねえ」


 手を引かれ、華美な装飾が施された部屋に入れられる。


 中へ入ると、四つん這いになってブツブツと何かを喋っている男がいた。


 イケメンである。


「何故だ…何故なんだっ!」

「おいマナ。あのイケメンは誰だ殺すぞ」

「シュンさん、イケメンを嫌いすぎでは?」

「全国の微妙な顔のみんな代表としての発言だ。俺個人の悪感情は全くない死ねクソが」

「むしろ悪感情しか見当たりませんが…」


 俺が嫉妬や羨望だけで動いてる人間だと思ってるのか?憎悪と嫌悪、ついでに殺意その他諸々の大悪感情で稼働しております。


「はっ!おかえりなさいませマナ姫様。そちらの男は…役所の方ですか?」

「いえ、私のご友人です」

「えぇ…」

「なんですか?嫌なんですか?」

「嫌だ」

「シュンさん、一応私は王族なのですが…私のような女性と知り合いになれるなんてシュンさんはとても幸福な方なのですよ?」

「ウワーシアワセダナァ」

「お父様ー」

「悪かったマナ、俺の親友」

「うふふ、最初から素直になれば良いんですよっ」


 うわっ、なんだこの姫。キレそう。


「ご友人…ですか?」

「親友と言い換えることも出来ます」

「…性悪女め」

「お父様ー」

「ねぇそれで脅すのはずるくない?」

「ま、マナ姫様!このような男とそんな親しげに…一体誰なのですかこの男は!?」

「ですから、私の友じ…親友のシュンさんです。この方は先月に戦乙女聖騎士団のニアさんを一対一で倒したんですよ?」

「ニアを?この男が?ははは、姫様。私を侮ってもらっては困ります。あいつはそんな簡単に負けるような奴じゃありませんよ、僕でさえ負けることがあるのに」


 こうやって噂は広まっていくのか。目立ちたくないのだから、俺が誰々に勝ったとかそういう話はあまりしてほしくないのだが…どうせマナには言っても意味ないんだろうな。


「そんなことをいう、お前は誰なんだ?」

「僕は『魔晶石(ミスリル)騎士団』団長、ルシウス=デル=フォーリアムっていうんだけど、知らないかな?」

「知らん」

「…姫様、本当にこのような男がニアを?」

「嘘だと思うのでしたら一つ勝負してみてはいかがてすか?」

「勝負ですか?」

「なぜそんなことをしなければならない。俺は部屋に帰らせてもらう」

「もし勝てたら私がシュンさんの言うことを一つ、なんでも聞きましょう」

「えっ?それ、俺が帰らなくなる理由になるのか?」

「シュンさんは王族に対して臆しませんね」


 気概で負けたらどうやっても勝てないからな。


「勝負…というと決闘ですか?」

「おいおい、俺にボディーランゲージの趣味はない。どうせならもっと簡単なことで勝負しようじゃないか」

「簡単なこととは、どういうものかな?」

「簡単だ、この国の通貨があるだろ?コイン型だったりしないか?」

「えぇ、確かに我が国の通貨は紙幣ではなくコインですが」

「マナ、一枚くれるか?」

「構いませんが…」


 マナから渡された通貨は重さも大きさも日本円の500円程度のものだった。

 よし、これなら適度に大きいし多分出来るだろう。これから行うのは簡単な勝負だ。どこにでもよくある、『コイントス』である。


「これを俺が弾く。降ってきたコインを手に取るからそのコインの裏表を当てるんだ」

「そんな簡単なことでいいのかい?」

「シンプル・イズ・ベスト、単純なことが一番良いのさ」

「しかしシュンさんが弾くのなら、シュンさんに利があるのでは?どんなトリックやタネがあるかも分かりませんし」

「おいお前俺の味方じゃなかったのか」

「私、友人には正々堂々と戦ってほしいのです」

「俺お前の友達やめるわ」


 ちっ、まあいいさ。別に必勝法やトリックがあったわけでもないし、見えればそれで良いんだ。


「では私が弾きますね、良いですか?」

「あまり気乗りしませんが…僕も男です。売られた勝負は買いましょう!」

「はよ、はよ」

「では、いきます」


 マナがスゥっと息を吸い、コインを弾く。ほぼ垂直に上に弾かれたコインは空中で何回転も回り、マナの腕に吸い付くように落ちていく。パシッとそれを手で押さえ込むと、首をかしげてマナがしゃべる。


「こんな感じですか?」

「あぁ、それでいい」

「これの裏表を当てれば良いのかい?」

「そうだ、ちなみに俺は『表』」

「ふむ、じゃあ僕は『裏』にしておこうかな」

「分かりました、もう手を退けますね?」

「おう、確認してくれ」


 マナがゆっくりと手を離すと、コインは『表』で止まっていた。


 まぁ、当たり前だ。集中すれば回転が目に見えるし、基本的に負けることない勝負だったな。


「シュンさんの勝ちですね」

「やったー、俺のかちー」

「ま、待ってくれ!こんなのはただの運勝負じゃないか!こんなの無効に決まって」

「おいおい、まさか魔晶石騎士団、団長であるルシウス様が、『運が悪かっただけ』で負けを無かったことにしようとしてるのか?」

「ぐっ」

「こりゃ傑作だ。戦場で負けたときにもこう言うのか?『運が悪かったから負けた。もう一回仕切り直そう』って。ははっ、なんだそのアホは」


 イケメンに慈悲はない。とことん責め上げてやる。


「し、しかし!こんなのは勝負では…姫様!マナ姫様もこんなの無効だと思いませんか!?」

「何故ですか?」

「え?」

「あら、申し訳ありません。質問を質問で返すなんて、テストでしたら0点ですね。簡潔に答えましょう、あなたの負けです、ルシウスさん」

「ば、馬鹿なっ」


 おぉ、言ってくれるねぇ、マナさん。カッチョいいぜ。


「ルシウスさんは先程、勝負を受けると言いましたね?その時点で『戦いの責任』を持つということが決まっています。それとも、ルシウスさんは『戦いの責任』から逃げ出そうとしているのですか?」

「……」

「まあまあ、その辺にしといてやれマナ。さっきのは俺がズルをしたようなもんだからな。俺だって勝ち負けなぞどうでもいいから早く帰りたいんだ。せっかくの休みなんだ、今からでも寝たい」

「……姫様、私は自室へ戻ります。失礼します」

「そうですか、ではまた」


 コツコツと足音をたてて帰っていくルシウス。うわぁ、イケメンでもあの後ろ姿は哀愁漂ってんなー。


「じゃ、俺も帰るわ。お疲れさまでーす」

「お待ち下さいシュンさん」

「…まだなんかようか?」

「先程の勝負、シュンさんが勝ったのですから、約束通り私がシュンさんの言うことを一つ、なんでも聞きましょう」

「約束した記憶がないんだが」


 もうさっさと帰らせてくれ。いうことを聞く?仲良しでもない女に頼むようなことはなにもねえよ。


「じゃあこれからはそんな簡単に『なんでもいうことを聞く』なんて迂闊なことを言うな。なにされるか分からないからな」


 ポンっとマナの頭に手を置いてそのまま扉へと向かう。


「じゃ、またな」

「……またいらしてください」


 お、やけに素直だな。楽でいいね。

 



 はー、にしても、また濃い奴と知り合ってしまったなぁ。


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