義眼は進化する
「シュンくん!大丈夫だったの!?もうずっと寝込んでたみたいだけど…」
「あぁ、もう大丈夫だ。気にするな」
昨日はそのまま寝て、次の日。久しぶりの打ち合いのために特訓場へ行くと結城さんが駆け寄ってきた。
「なら良かった…ほんとう、心配だったんだからね?」
おいやめろその上目遣い。俺じゃなきゃ惚れてるぞ。
「ちっ…僕のヴィーナスだぞ……」
あ?今喋ったのは誰だ?……分からん。人が多すぎて判断つかん。なんだ?ヴィーナス?女神ってことか。
「聞こえたか?」
「なんの話?」
「いや、こっちの話だ。なんでもない」
まあ、別にいいか。最悪イルに調べさせれば良いし。
「ちなみに、結城さん。実技試験のペアトーナメントはどうなったんだ?」
「あ、そうなの!私とユウトくんで組んだんだけどね!」
「あぁうん。勝ったんだな」
「何で分かるのっ!?」
いやお前ら、どっちも無敗だったじゃねえかよ。なんだその美男美女カップル。末永く爆発しろ。
「願いはどうした?」
「うん、そのことなんだけどね」
こそこそっと近付いてくると耳許で囁く。
「シュンくんの欲しい願いでいいよ?」
「近い近い、なんで俺の願いを?」
「あ、ごめん……えっとね、前に妖精魔法について教えてもらったから、それで……」
「は?いやいや、あれは結局解決しなかったし、教えたわけでもないだろ」
「そうかもしれないけど…あの後すぐに妖精さんが現れたの。多分、シュンくんのおかげだと思うから」
「いやだから、俺じゃないって」
「ううん!絶対シュンくん!シュンくんのおかげなの!シュンくんが優しく教えてくれたから私は変われたの!」
むっ、殺気!?
「シュンくん?」
「今、俺の背中に突き刺さってる視線が分かるか?込められてる感情は憎悪と嫉妬だ」
「え、えっと…」
「とりあえず、願いは結城さんが叶えるんだ。人の願いを奪い取ってまで叶えたい願いなんて俺にはねえよ」
「うぅ」
だからなんで悲しそうな顔を顔をする。こっちの世界に転移してから色々とおかしいぞ?あまりにも俺に良いことが起こりすぎじゃないか?嫌な予感がする。
「じゃ、じゃあ私と勝負しよ!シュンくん!」
「は?」
「だ、だから私が勝ったら願い事をシュンくんに……ごにょごにょ」
「どんどん声が小さくなっていってるぞ。それで諦めるんだな?」
「あ、うん!してくれる?」
「はいはい」
なんか、変な展開になっていってる気がしなくもないが…普通に考えて反対じゃないか。結城さんが勝ったら俺の願いを叶えるとか、こいつは聖人か?イエスか仏陀か。
「ならば私が審判員になろう!!」
「兵長さん!?」
「……誰だっけ?」
「ミランさんだよ!ミラン兵長!実技試験の後に戦ったんだけど一瞬で負けちゃったんだ」
「はははっ!運が良かっただけさ!」
豪快に笑うミラン兵長。そういえばこんな奴もいたな。なんか竜王とか魔王とかフクロウとかキャラの濃いやつばかりに会って忘れてたわ。
「あ、シュンくんが勝ったらどうする?」
「あ?」
「私が勝ったときの報酬しか決めてなかったから…」
「いや別にいらないから」
「じゃ、じゃあシュンくんが勝ったらなんでも言うこと聞くよ!」
「うん、やめよっか爆弾投下するのは」
ほら、俺の後ろの野次馬どもを見て?
「宮坂殺す……殺す、殺すすすす」
「毒物混入って痕跡付きにくかったよな」
「ヒヒヒッ、毒薬なら任せろ」
「いや、野犬に食わせるのはどうだ?」
「そこは腹切りだろう」
俺の見えないところでヘイトがどんどん高くなっていってる件について。
「だから、そういう何言われても仕方ないようなことを条件にするな。報酬は勝ったときに考える」
「そっか…」
「おかしい。なぜこうも悲しそうな顔なんだ」
もうなんか夢なんじゃないかな全部。
「そろそろいいかな、少年少女よ!」
「あ、すんません」
「はい!兵長さん!」
「よし!では両者配置につけ!」
バカデカイ声だな。戦場でも指示が出せるように、ということだろうが…近くに居ると耳が痛い。
周りのやつらは完全に観戦モード。しかし応援する先はもちろん結城さん。
「がんばれー!結城さん!」
「そんなやつコテンパンにしてやれ!」
「美郷っちー!頑張るっしょー!」
「おい因幡!宮坂も応援するんだよ!がんばれ宮坂!」
「シュン!応援してるぞ!」
「頑張れ!頑張れ!」
「「「「ガヤガヤガヤガヤ」」」」
なんか混ざってたな。異物混入か?清涼飲料水のような爽やかな声が聞こえた気がする。
「シねユウト」
「聞こえてるぞっ!?」
「シュンくん、シねなんて言っちゃいけないよ!」
「結城さん…すまん。消えろユウト」
「変わってないな!?結城さん!突っ込んで!」
「シネじゃないからいいよ!」
「結城さん!?」
一向に始まらない試合。全部ユウトが悪い。
「それでは始めるぞ!よーい…っ」
と、強引に始めるミラン兵長。よし、目の調子も完璧だ。適当に避わして勝ちに行く。
「行きます!」
「おっと、それが妖精魔法か。その姿は……フェレットに似てるな」
「キュ!」
「あ、フェレットがわかるんだシュンくん」
「あぁ、可愛いな」
「っ!?」
いや君じゃないから。顔を赤くするな。こっちが恥ずかしくなるだろ。
「そ、そんなこと言っても手加減しないからね!モフモフちゃんお願い!」
「キュウ!」
「風の刃か」
半透明な刃が高速で向かってくる。距離がある今、この状況はよろしくない。とにかく詰めなければ。
「よっと」
「簡単に回避するんだね」
「まあな、これくらいは誰でも出来るだろ?」
「ううん。ほとんどの試合がこれで終わったよ」
「え、まじ?」
まあ半透明で見にくいし、少しだけ速いもんな。俺はこの眼があるから丸見えなのだが。
「でも、これだけじゃないよ!」
「なに?……っ!?」
「ほぉ……もう使いこなしたとは!天才というやつか!」
気配を感じ振り替えると、先程避けたはずの刃が戻ってきている。なんとか避わそうとするが、一つが掠り、左腕を裂いてボタボタと血が流れる。
「ご、ごめん!」
「戦闘中に頭を下げるやつがどこにいる」
「あっ」
痛みを振り払い、即座に近付く。なんとか、拳の射程距離に入り込むことが出来た。
「悪い、女を殴る趣味はないが、勝つためだ」
「モフモフちゃん!」
「いっつ……バリア?ATフィ○ルドかっ!?」
「今だよモフモフちゃん!」
「キュウ!」
と、戸惑っている内に妖精が目の前に立ち塞がる。
「やべ───」
「キュウゥゥゥウ!!!」
「ドガガガァァァァアン!!!」
物凄い衝撃と共に砂ぼこりが飛び交う。
「えっ!?妖精ちゃん!やりすぎ!」
「キュ…」
「大丈夫か宮坂少年!?」
「砂ぼこりで……見えないっ」
「「「「ザワザワザワザワ」」」」
不安と焦燥が場を支配する。観衆も心配そうに砂ぼこりを見ている。
そのうち、やっと晴れていく砂ぼこり。
「し、シュンくん!だいじょう……?」
「宮坂少年が……いない?」
ザワザワと騒がしく焦る観衆。ミラン兵長も心配そうに特訓場を見回している。結城さんも俺が後ろに居るのに気付いていないようで、不安そうな顔をしている。
「はい、終わり」
結城さんの首を手刀でトンっと叩く。
「「「「「えっ!?」」」」
その場に居る全員が間抜けな声を出し、間抜けな顔をする。
「ちょ。ちょちょっと待って!シュンくん!?どこにいたの!?」
「いや、結城さんの後ろに回ってた」
「あの瞬間に?どうやって?」
「あー、うん。まあうまく言えないんだけどさ」
ーーーーーーーーーー
「やべ……!」
目の前のフェレットが魔法を使おうとする。が、その瞬間、何故か『ここが安全』と確信できる場所があった。フェレットの左側面だ。
瞬時にそこへ移動してやっと分かる。ここは『死角』だ。
『死角』というのは射程範囲内ながらも、障害物や、思考で気付かないなど、何かしらの原因で可視できない角度のことだ。
そこが今、なんとなく分かった。これもまた『魔神の義眼』のせいなのだろう。左目が妙に疼く。
そのまま結城さんの後ろへ回る。砂ぼこりが良い感じに目隠しになり、近くにいた結城さんごと包み込んだおかげで簡単に背中へ回れた。
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「ま、運が良かっただけだ」
「本当?」
「俺は必要のない嘘をつかない」
「運で負けちゃったのか私、悔しいなぁ」
まぁ、今のは必要のある嘘だからつくけどな?
「こ、これにて決着!勝者は宮坂少年!!」
「「「「うぉぉぉぉおおお!!」」」」
試合終了の合図とともに飛んでくる歓声。これはこれで悪くないかもな。
「負けちゃった」
「いいや、これはまぐれだ。運が良かったと言ったろ?」
「負けは負けだよ」
まあ、勝ったのは普通に気分が良いし、勝ったことにさせてもらおうかな。
「とりあえず、みんなに囲まれてるのも嫌だから終わろうぜ。そろそろ打ち合いも終わりだろ」
「うむ!今日は解散!みんなしっかり休んでくれ!」
なんかほぼなんもしてない気がするが、たまにはこんな日があっても良いだろう。
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所変わって、場所は結城さんの部屋。静かな部屋の中で俺と結城さんは二人寄り添っていた。
「シュンくん、もっと近付いてもいい?」
「あぁ……うん」
なんでこうなった?
シュンとイルの会話。自室にて。
「ところで俺はなんであのワープホールから投げ出されたんだ?」
「そうですね、多分ですがご主人様の魔力が弱すぎてワープホールの圧に耐えられなかったのだと思います」
「悪かったな弱すぎて」
「あぁもう、ふてないでくださいよご主人様」
「別にふててなんかねえよ。実際、俺はお前よりも魔力どころか全体の能力が低い」
「それは分からないじゃないですか、魔族でもあまり強くない魔族がいますよ?」
「上級魔族が何を言う」
「次からはご主人様もちゃんと飛べるように調整しておきますよ。シアト様に会いに行くこともあるでしょうし」
「ふん、どっちでもいい」
「ご主人様、素直に喜んでくれてもいいんですよ?」
「やかましわ」
「これがツンデレですか」
「帰れ、土に」
「泣きそうです」
なにげにイルと一緒に居る時間が嫌いではなくなったシュンであった。




