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ありもしない事実

「……急に何」

「ほらあれだ……なんだっけか。確か、『怪物』や『化け物』とか呼ばれてるんだったか?」

「……だから何」


 さてさて、教育と一言で言うにもその種類は数多(あまた)だ。英才教育とか、ゆとり教育とか、数え出せばキリがない。しかし俺は親身になって話すことが一番の相手と距離を詰める方法だと思っている。

 人間ってのは外からの心の接触は警戒してしまうが、内側は案外脆いもので少し深いところまでいけば簡単に心を許してしまう。


「俺もそんな(うわさ)を聞いて魔王ってのはとんでもなく恐ろしい奴なんだなと身震いした」

「……」

「だがまあ、こんな()()()()()魔王様で拍子抜けだ」

「……バカにしてるの?」


 よし、引っ掛かった。


「シアは噂で怖がられたりするのが嫌なんだろ?気にしてしまうんだろう?」

「……」

「無言は肯定と取るぞ。噂ってのは一瞬で広まる。まるで波のように波紋状に広まっていく。それも尾ひれをつけて広まるから質が悪い。噂を聞いた奴のさじ加減で『ありもしない事実』が構築されていくんだ」


 そのありもしない事実は大抵、人によって面白半分に作られる『遊び心』で構成されている。


「急に親が病に伏せ、政治をしろと強要され、魔界を統治しなければならないというプレッシャー。更にそこへ襲ってくる罵詈雑言にも似た噂の数々」

「……やめて」

「幼い女の子が背負うにはあまりにも重いよな」

「……人間に何が分かる…っ!」


 さぁ、餌は撒いた。獲物も食い付いた。後は釣りあげる隙を見つけるだけだ。


「……噂だって発端は人間だ。私のパパは偉大だった。知能の低い魔族をまとめ上げて文明をも築き上げたんだからっ!」

「そうか、それで、具体的に何をしたんだ?」

「……魔族の地位を確立するために国を(おこ)し一世代でこの大きな町を作った。下級中級上級問わず話を聞き、少数意見も上手く取り入れてこの国を……魔界を作ったんだ!」


 ほぉ、すごいな。シアの父親は。もちろん寿命が俺たちよりも数倍あるんだろうから一世代と言っても何百年かは知らないが…それでも国を興すなんてことはどれだけ努力したかも分からない。


「……なのに人間は魔族を卑下し、見下し、あまつには和解をしようとすると魔族を奴隷として何万人も寄越せと言い出した。そんなことをして和解しても遺恨しか残らないはずなのにっ!」


 いつの間にかシアの頬には水滴が流れ、感情を露にし怒鳴るように叫ぶ。


「……魔族はその昔、人間によって支配されていた。勇者とかいうお前のように召喚された人間に不平等な和平を押し付けられた」

「なに?俺の前にも召喚されたやつが居たのか?それに不平等な和平?魔族が支配されていた?」

「……200年前くらいに現れた勇者にエルフやワーウルフなどの『亜人』と呼ばれる魔族が奴隷として何千と引き取られ、見せしめに殺された者もいる」


 穏やかじゃないな。エルフってのは、ファンタジー小説によくある耳の長く魔法に長けている美男美女の多い種族だ。ワーウルフは人間のような姿だが耳や尻尾などの動物的特徴を持っている種族のことだろう。


「……私のパパもその時に勇者に掛けられた呪いによって病気になって倒れたんだ」

「呪いか。勇者がするにしては中々惨たらしい所業だな」

「……その上、人間国では魔王のせいで人が毎日犠牲になっているとありもしない事実を言ってるんだ。本当はお前ら人間によって我ら魔族が今も犠牲になっているというのに…っ!」


 どうしようもないことに対して、ただ泣き付く子供のように。先程のように弱く見られないようにするためか、年不相応にふんぞり返っていた時とは打って変わって。


 女の子は年相応に、泣き出すのだった。


「じゃあお前はどうしたい?その『ありもしない事実』の噂と魔族が奴隷としてひどく扱われている現状を」

「……変えたい」

「どんな風に?」

「……魔族が決して人間に劣った存在なんかではなく、もっと気高く誇りのある種族だということを知らしめたいっ!魔族は人間に所有される物ではないということを証明したいっ!」




「───なら証明すればいい」


「……どうやって?」

「方法は簡単だ。噂でもいい。言わばこれは情報戦だ。人間の意思というのは良くも悪くも周りに影響されやすい。『魔族は人間に使われるものではない。共に生きるべきだ』ってことを大多数が認識すればそれはそのまま、魔族への意識に変わるだろう」


 て、さりげなく魔族が人間を支配するのではなく共存を目指す方向に誘導しているけど、それはまあ許してくれな?


「……それを、どうやって広めるの?」

「一番簡単な方法は、国のトップである王に発言してもらうことだがそれは無理だろうな」

「……じゃあ一体なにするつもり?」

「この世界の最大の情報源って、どんなものがある?新聞か?写真か?絵か?」

「……新聞?」

「ならそれを利用しない手はないだろう」


 ゆっくり……だが確実に変えていくしか手はない。


「準備に時間が掛かるから詳しい話は落ち着いてからする」

「……お前は人間なのに、なんでそんなに私たちに肩入れする?そもそも私を倒すために召喚されたんじゃないの?」

「別に。ただの()()()だ」

「……人間にも変なやつがいるんだな、ふふ」

「そうか?俺は至って普通の、優しい男のつもりだが」


 ほら、身体の半分が優しさで出来てるし。 もう半分は普通で構成されているはずだ。


「……名前」

「名前?俺のか?」

「……うん」

「俺は宮坂シュン。覚えなくてもいい」

「……シュン、か。もう覚えたっ」


 花が咲くように笑う少女をみて、俺は反射的に微笑む。

 これで俺は魔王との『繋がり』が出来た。これは俺にとっての最大のカードになるだろう。これだけで魔界に来た意味があったな……て、あれ?俺の目的って結局なんだったっけ?


「……シュン、そろそろ夜。食事を食べていって?」

「なんか悪いな」

「……ふふ、シュンの口に会うと良いな」

「頼むから食べきれる量にしてくれよな」


 俺はニコニコとしているシアの頭を撫でながら、リューナに食べさせられたあの食事を思い出しながら、苦笑を浮かべたのだった。



魔王シアトの部屋の前にて。



「赤の3でございます。リューナ様」


「青の3じゃ」


「青の7です」


「ふふっ、待っておったのじゃ!青の9!黄色の9!黄色の4!5!これであと一枚じゃ!」


「なんと、リューナ様。いつの間にこんなに上手になられて……」


「カカっ!どうじゃどうじゃ?これはワシの勝ちかのぉ!?」


「では、最後の抵抗といきましょうか。ドロフォーでございます」


「掛かったな馬鹿者め!ドロフォー返しじゃ!8枚ドローじゃぞぉ!!」


「はい、では私もドロフォー返し返しでございます」


「へ?」


「ドロフォー、私2枚持ち合わせていましたので」


「…………ふざけるなぁぁぁぁあ!!」


「あ、私もあと一枚で上がりですね。ウノ、でございます」


「なぬっ!?」


「このゲーム、残り一枚になるとウノと言わないといけませんでしたね。言わなければ4枚ドローのようです。先程一枚になられたとき、ウノと言ってましたか?」


「い、言ってない…12枚+4枚……合計16枚ドロー…じゃと?」


「さ、続きをやりましょうかリューナ様?」


「もうやめるのじゃあぁぁぁああ!!」



なんと異世界にはウノがありました。ワオビックリ。

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