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変わらないもの

作者:

 日常に起きる、不可思議なこと。それは大抵見えないだけで、原因が存在するのだ。

 午後三時、小学生たちが下校を始めるころ、嬉々として行動を始めるものがいた。

「らんちゃん、今日はどうする?」

「えぇー。もうやめようよ」

「じゃあ別にこなくていいぜー俺たちだけで行ってくるからー」

 ランドセルを背負った複数人の子供たちが神社の階段を上っていた。先頭を嬉しそうに歩く男子たちに、しぶしぶついていく女子たち。いつものことだった。男子の悪ふざけを止めるために女子は付いて行っている。

 神社に着くと、男子三人はひらがなの書かれた紙を地面に広げ、十円を取り出す。

「よし、じゃあ始めるぞ」

「離れてましょ」

 女子二人は階段のところまで戻り、おしゃべりを始めた。

 十円に指を置いた三人は、こっくりさんをし始めたのだ。神社は怖い、という子供ながらの発想と、学校でやると先生に叱られてしまうために見つけた場所だった。

「こっくりさん、こっくりさん、いらっしゃいましたら、どうか鳥居までお越しください」

 声を合わせて呼びかける。すると、誰が動かしたのか、十円玉は紙の上に書かれた鳥居まで進んだ。視線を交わし、少しビビりだした一人を笑う。

「よ、よし、次は質問だ」

「いったい何を聞くんだ…?」

 二人は生唾を呑んで一人を見つめる。しかし、質問する前に、十円玉は動き出した。

「だ、誰だよ勝手に動かすなって」

「お、俺じゃないよぉ」

「じゃあ誰だっていうんだ!俺たちしかいねぇんだぞ!」

 三人の指を置いた十円玉は、か・え・れの文字を繰り返す。

「も、もう僕帰る!」

「お、俺も!」

 泣き叫びながら逃げかえる一人に、続いてもう一人もその場を去った。先ほどまで面白がっていた男子も、泣きそうになりながら後を追って逃げていった。


「本当に帰ってったっ」 

 狐の面を被った少年が、逃げ帰る子供たちの後姿をゲラゲラと笑いながら指さして笑っている。

「こっくりさんは来てねぇよ」

 笑いが止まらずに地面をゴロゴロと転がった。

「おい。神聖な神社でいたずらとは、いい度胸だなぁ、天邪鬼」

「げ」

 ゆっくりと声のした方を見ると、ここの主だった。

 狐の耳に白銀の長髪。漏れ出る神聖なオーラに、天邪鬼は姿勢を正した。

「お、俺はただ、神聖なお狐様の社で遊ぶあいつらをおっぱらってあげたんですよ~?」

「ほぉ」

 すっとお狐様の目が細められる。ギクッと天邪鬼は一歩下がった。

「だ、だって、街なかで脅かすと事故の原因だーとか、因縁付けられるんですもん…」

「はぁ。悪さをしないと言うから置いてやっているというのに」

 お狐様の口からため息が漏れる。天邪鬼がいたずらをしたのは、これが初めてではなかった。確かに、さきほどの子供たちのように怖いもの見たさで来る輩を驚かして逃げ帰っているが、数少ない参拝者にもたびたび手を出すこともあるのだ。

「このままなら、追い出すぞ」

「そ、そんなぁ。こ、これからは悪さする人間だけ狙いますから!」

 いつにも増して、天邪鬼が焦っていた。

 まぁ、追われるようにここにやってきた天邪鬼が居場所を見つけるのは難しいのだろう。流れてくる噂に狐自身も何故受け入れたのか分からないほどだった。

「お、追い出したり、しないっすよね?」

 おずおずと聞いてくる天邪鬼に返事をせずにお狐様は屋根の上に移動した。辺りを山に囲まれたこの神社は、四季折々見るものがあり好きだった。

 人間たちの喧騒から離れたこの場所で、静かに人間を見守る矛盾。 

 はるか昔なら、神主や巫女になら見えていた神々も、人間の心から大切なものが失われていく度、見えなくなっていった。ちらっと下を見れば、天邪鬼がつまらなそうに地面に寝ころんでいる。彼のような存在もまた、人間から見えていない。

 まぁ、妖怪は見えていてもいなくてもやることは変わらないが。

 神をないがしろにしているとか、居ないと決めつけてバカにしているのではなく、ただただ、神がいなくても人間は生きていけるようになったのだ。だから、自然と視る力がなくてもよくなってしまったのだ。

「…暇だけどな」

 ポロリとこぼれた本音は、きっと天邪鬼のせいだろう。彼が来てから、あまり強く感じなかった感情が自分の中で出始めている気がする。

 だから、静かなこの時間も、今では退屈だと感じてしまうのだ。

 やることもなく、日差しも暖かいのでひと眠りしようかとしたとき、天邪鬼が騒ぎ出した。


「あ、あんた、俺が視えてんのか!」

 お狐様に放置されたため一人でいじけていたところに、一人の人間の男がやってきたのだ。寝っ転がっている天邪鬼に「大丈夫?」と心配そうに尋ねてきたのだ。

「あー。てことは、君は人間じゃないのか」

「おうよ!俺は天邪鬼だ!」

 名乗る天邪鬼に今度は驚いていた。

「妖怪?ここは神社だろう?」

「んーまぁ、色々あってなー。お狐様に会いに来たのか?」

「いや、ただ静かな場所に来たかっただけだからなぁ」

 歯切れの悪い男の物言いに天邪鬼は首をかしげる。人里離れたこんな場所に来るほど、静かな場所が欲しかったのだろうか?

「なーなー。俺暇なんだよー。一緒に遊ぼうぜー」

「うるさいぞ、天邪鬼」

「げっ。お狐様」

 昼寝をしに行ったはずのお狐様がいつの間にか降りてきていた。不機嫌そうな声音から、だいぶお怒りであることが読み取れる。しぶしぶ、森の奥へ行くことにした。

「ちぇー。暇つぶしに丁度よさそうだったのになぁ」

 夕暮れ時の森は何処か不思議で、見慣れた場所も違って見えた。足元が一面シロツメクサのいつものところまでやってくると、天邪鬼はしゃがみこむ。

「久しぶりにつくってみっかな~」

 前に作ったのはいつだったか。意外と手先が器用だな、と初めてお狐様に褒められた日だった気がする。やり方を思い出しながら花冠を作っていると、複数の足音が近づいてきた。

「お~?お話は終わったん…」

 振り返った天邪鬼は、言葉が続かなかった。

「おやおや~弱虫がいるぞ~」

「妖怪のくせに神様に世話んなってるらしいぜ」

「さすが脆弱な天邪鬼だ」

 ゲラゲラと笑いながら天邪鬼を囲む彼らもまた、天の邪鬼だった。

天邪鬼は彼らが嫌いだった。人間たちに悪さをするのは同じだが、事故にまで追いやって、笑っているのだ。天邪鬼はそれが嫌だった。 

 彼らに歯向かった末、人間たちの街には居場所がなくなり、お狐様のもとに転がり込んだのだ。

「逃げんなよ。久しぶりに出会ったんだからよぉ」

「そうそう。ここに来るまで人間の子供脅かしたけど足んなくてよぉ」

「!」

 泣きながら逃げ去った子供の顔が浮かぶ。天邪鬼は脅かしただけだったが、彼らが関わったこととなれば、命に危険があったかもしれない。

 自分が脅かしたせいで、子供はもっと驚いたことだろう。

「お?なになに?気にしちゃった?」

「どうする?やるか?」

 ゲラゲラと笑って分かりやすい挑発をしてくる。天邪鬼は何も言わなかった。

「あー。つまんね。今日は鬱憤が貯まってんだよ」

 一人、また一人と、殴りかかってくる。痛くて逃げ出したくなったが、子供が味わった恐怖はこんなものではなかったはずだ。その場に倒れた天邪鬼は、踏みつけられても、何をしても声を発しなかった。

「気持ちわりぃんだよ!」

 何発目か分からない蹴りを腹に食らったとき、パン、と響く音がした。

「!柏手だ!逃げろ!」

 先ほどより強くパン、と手を叩く音がする。天の邪鬼たちは、一瞬で逃げていった。

「だ、大丈夫かい?君にも被害はあるんだろうけど、追い払うには、これが一番手っ取り早くて」

 うずくまる天邪鬼を抱き起したのは、先ほどお狐様のところにきた人間だった。

(あったかい)

 数百年も昔に感じたことのあるぬくもりに、天邪鬼はなんだか嬉しくなった。

「なんで、ここに?」

「お狐様が、天邪鬼がなかなか帰ってこないから心配していたのさ」

 お世辞にも、あのお狐様が心配しているなんてことは思えなかったが、男によって助けられたのは事実だった。

「あんた、払い屋だったんだな」

「力が少しあるだけさ。君にまで被害がなくてよかった」

 そういえば、さっきのやつらは逃げていくほど嫌がったのに、天邪鬼自身にはあまり被害がないように感じた。まぁ、満身創痍で感覚が鈍っていたのかもしれないが。

「君はいつもお狐様のもとにいるから、存在が半分神様に近いんじゃないかな」

 たぶん、と男は笑った。

 妖怪の天邪鬼を、この人間は神に近い存在だと言った。誰もが嫌がる妖怪をすんなりと受け入れる人間に、天邪鬼は興味を持った。

「あんたにやるよ。助けてくれたお礼」

「わぁ。見かけによらず、手先が器用なんだねぇ」

 数百年ぶりに聞くその言葉に、天邪鬼は嬉しくて笑ったのだった。


 その後、社に戻りながら聞いた話によると男がここに向かう途中で悪さをしようとする天の邪鬼たちをみかけて追い払ったらしい。それを聞いて、ほっと心を撫でおろしたのは、彼の心に秘めておくことにした。


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