90 既視感
中隊長グレンは、配下の小隊長達に、先程決められた作戦を説明し
ているのだが…
「それで?何で私ら、囮をやらにゃいかんのです?」
ディッセンバーとの話の内容を部下に伝えたグレンは、腕を組なが
ら仁王立ちをしたヴィクトルから、真顔で突っ込まれていた。
「何だお前ご挨拶だな、ディッセンバーさんに言えよ文句なら」
「言える訳ないから、言った所で何とも無い貴方に向かって言って
いるんですよ」
「何だそりゃ?お前いくら何でも舐めすぎだろ千人将を…階級だい
ぶ上だぞ?……あ、それと今思い出したわ。そもそも軍歴だってお前
の方がむしろ後輩じゃねえかよヴィクトル、歳上なだけだろお前」
グレン極めて冷静に反論する。
「身長も高くてすいませんねえ、私の優れた事務能力が徴発担当の
目に止まったのか、不幸にも特殊徴用に引っかかってしまったもの
で…別に足手まといなら、いつ首切って頂いても構いませんよ?」
ヴィクトルは自らの首を、立てた親指で引く動作をした。
「あぁ?俺にそんなクソ度胸有ると思ってんのか?あんまり人を買
い被ってんじゃじゃねえぞ、八つ当たりがしてェんなら、そこのガ
ランにでもやってろや」
グレンはガランを指差す。
「いや俺を巻き込むなよ……」
遠巻きに見ていたガランが反論したのだが、二人揃って全く耳に入
ってはいないのだった。
ヴィクトルがやっているのは八つ当たりである。
どうにもならない事は百も承知だ。
なのだが…自分の中で、どうしても収まりがつかない。
「と、に、か、く!!俺らが囮、それで三中隊が本命。これで行く
事にまっちゃったのよ」
グレンは強引に議論を打ち切りに掛かる。
「本ッットに同席しときゃあ良かった…」
思わずヴィクトルは天を仰ぐ。
「お前が一人居た所で、あの流れは覆らんと思うぞ?基本的に
大隊長より強引だからな?あの人」
「諦めろヴィクトル、何もお前に槍を担いで突撃しろなんて誰も
考えちゃいないさ」
いつの間にか近寄ってきていたヴォルゲンが嗜める。
「なら私は隊舎に待機で良いじゃないですか!?何で私が、もう
一回同行しなきゃいかんのです!?死にに行くのと同義でょ!!」
「お前、小隊長がそんな事吐いちゃいかんだろ」
「今回はアイラ連れて行くから」
ガランも加わりヴォルゲンと共に、どうにか落ち着かせようとして
いるのだが、ヴィクトルは止まる気配が無い。
「何の解決にもなっていない!どうせ戦闘始まったらいつものよう
に知らん内に突撃して、敵の生き血が滴る生首持ち帰って来るのが
関の山でしょ!!嗚呼!野蛮!!」
「ホント面倒くせえなあコイツ…」
「あんたのせいだろ」
グレンの呟きを、隣に座るエリアが毒づいた。
「おい、アイツ止めろよエリア」
「嫌ですよ、自分が力づくでやったらどうすか?」
「アイツこうなったら面倒くせえな。気絶させて簀巻きにしちまう
か?」
「良いですね、それで荷車にでも放り投げときましょう…」
「あぁもうそれで良いや、あいつには今回は大人しくしといてもら
うわ」
そう言うとグレンは静かに椅子から立ち上がった。
足音と気配を完全に抑え、静かにヴィクトルの背後に忍び立った
グレン。
ガランたちに絡み続けるヴィクトルの首を、グレンはその強靭な
腕にて絡め締めた。
ヴィクトルの意識を飛ばしたグレンはそのまま担ぎ、彼の部屋に
投げ落とした。
「なにか意見のある奴は他に居るか?」
誰も目も合わさない。
「いないみたいですね、強烈なパワーハラスメントを目撃して、皆
さん完全に萎縮してしまったみたいですよ」
「お前にもそれぐらい可愛げありゃ良いがな。異論無ぇなら良
いわ、これで行くぞ……おっと忘れてた」
「何だ?」
今正に部屋から出ようとしていたヴォルゲン達が振り返った。
「敵の頭っぽいの見かけたら俺に伝えろ、生け捕りで…ねぇ聞いて
ます?アイラさん…あんたに言ってんのよ?」
「聞いてない」
机の上に腕を置き、完全に寝る体制に入っているアイラは、予想通
りの答えを返してきた。
「よぉし!ランドとミリアリア聞いてたな?第十小隊の未来は
副長のお前らに掛かっているからな?しっかりと頼んだぞ!!
ほんとにな!」
二人の副小隊長は静かに頷いた。