87 皇國北方軍第六師団
「さてなぁ、これはどうしたもんか…」
作戦室にてグレン・エレナ・ヴィクトルの3名が首を捻っている
と、扉をノックする音が室内に響いた。
「隊長、ミシュリットです。ディッセンバー隊長がお見えですが」
「通して」
「はい、ディッセンバー隊長こちらです」
「はいよ、ありがとな」
言葉と共にディッセンバーが入室した。
お供に二人の部下を伴っている。
「例の連中と遭遇したんだってな」
椅子に着席しつつ、ディッセンバーはグレンに尋ねる。
「ええ、敵の先遣隊だか、斥候だか判りませんが、十数騎の騎兵部
隊でした。」
「お前から見てどうだった?」
「えらく練られた衆らですね、ウチのエリアが直前まで全く気付き
もしませんでしたから」
「ほお、あいつが…そりゃ随分と練兵を積んでるな」
「私なんか奴の声で、敵の接近に気付きましたよ」
「お前は良く無事だったな、騎兵の突進だろ?」
「ちょっと体逸して、斧を馬の胸に叩き込みました」
「ふふっ、相変わらず豪快な漢だのぉ…」
二人は用意されたお茶を飲みつつ、談笑するかのように、状況把握
に努めている。
手探りに近い状況の割に、あまり緊迫した雰囲気は見られない。
「グレン隊長、宜しいですか?」
「なんだ?」
ディッセンバーの部下が問いかける。
「グレン隊長は、敵の規模はどの程度とお考えでしょうか」
「まあ、今までの話と、さっき話した騎兵の規模とか色々勘案する
とな……やはり最低300だな」
「敵の練度のほどは?」
「申し訳ないが、ウチより上だ。少なくともこの地形の戦闘では
な…ヴィクトル」
「はい、ディッセンバー隊長。こちらをご覧ください」
グレンに呼ばれたヴィクトルは、先ほど三人が閲覧していた軍旗
書本をディッセンバーに差し出す。
「接触した敵部隊は、こちらの旗を掲げていました。」
「……北方軍、第六師団の旗?」
「第六師団?」
「…山岳師団の?」
ディセンバーと二人の部下は怪訝な表情を見せる。
「見間違えじゃないのか?」
「かもしれませんね。一瞬でしたし、私しか見ていませんので」
ディセンバーの当然の疑問にグレンが答える。
「ただ私の隊は、ほとんど何も出来ずに麓まで全力疾走でした。
これは事実です」
「そこなんだよな、お前らが即撤退する程の相手が、ただの盗賊団
とは思えねえからなぁ…」
「あの強兵も、山岳師団の連中なら納得というか、説明が付きます
からね」
「だがなんで、北方軍が第四軍の管内に居るだか分からんぞ?」
「そこも調べたんですが、数ヶ月前に第一軍が第四軍に応援要請を
出したそうです」
「三軍が山城攻めていた時ぐらいか」
「山城って…そんな生易しいモンじゃなかったですが、まあその時
です」
「四軍は一軍の要請を蹴ったのか?」
「三軍の増援派遣の準備中でしたでしょうから、恐らくは」
「そこで一軍は、北方軍に助けを求めたと?」
「あの時は、帝国の北東部侵攻軍が大攻勢を掛けていましたから
ね。それを承知の上で、三軍も山岳城塞に仕掛けたのですが」
「我が軍は、当初の目論見通りに山城を奪還し、対して帝国は守備
陣を突破できずに後退した…」
「ええ、その通りです」
グレンとディッセンバーがこれまでの過程を振り返る。
帝国が攻勢を仕掛けるといった情報をいち早く察知した東方軍首脳
部は、第三軍団に進撃指令を下した。
敵の軍勢と意識が、第一軍団管内の北東部に集中することを見越し
て、こちらからも仕掛けることにしたのだ。
結果的に首脳部の博打は当たり、皇國は山岳城塞を奪還し、帝国軍
は守備陣を突破出来ずに後退した。
第三軍団の輝かしい戦果の裏で、第一軍団と北方軍増援部隊の奮戦
が、この結果をもたらしたのだ。
この時に増派された部隊の一角に、件の皇國北方軍第六師団、通称
“山岳師団”が含まれていた。
山岳師団と呼ばれるだけあって、山岳戦においては無類の強さを
見せるこの師団。
グレンらも面識こそ無いもののその活躍ぶりは度々耳にしていた。
皇國軍は、陸続きの敵と直接相対する東方軍、及び西方軍にその
軍事力が注がれ、北方軍、南方軍は冷遇されていると言っても過言
ではない。
事実として、皇國軍最高権力の”皇國軍大総統”は、東方軍と西方軍
の出身者によって固められたいた。
50代を数える歴代大総統において、未だに一人も北方軍出身の
大総統は輩出できていない。
そんな境遇の中で、第六師団は只々ひたすら気を吐いていたのだ。
「帰りてえなあ」
「構いませんが部下は置いてって下さい、私が使います。」
グレンとディッセンバーは会議を続ける。
「冗談は良いとして…リンゼ、グレン隊の隊長らと対応策をまとめ
ろ。ミシェル、お前もついて行け」
「はい」
「了解です」
リンゼとミシェルと呼ばれた二人の部下は退出した。
「ヴィクトル、エレナ、お前らも行け」
「はい」
ヴィクトルはおとなしく従い、部屋を退出しようとする。
「エレナ、行くぞ」
「嫌です」
「おいヴィクトル、アイラとミシュリット呼んで来い直ぐに」
それを聞いた瞬間、即座にグレンは指示を出した。
言われたとおりにヴィクトルは行動する。
「隊長、この間から私と距離を置こうとしてはいませんか?」
「気の所為だ、疲れてんじゃないの?」
「人と話す時は相手の目を見て下さい」
グレンは完全に明後日の方向を見ながらエレナに答えていた。
「俺ディッセンバー隊長とこの後の作戦に関する大事な話がある
から忙しいですごめんなさい」
「なんでそんな棒読みなんですか!?良いからこっち向け!」
「いやぁだぁ、上官を見る目じゃ無いよそれは」
グレンとエレナが押し問答をしている様を、ディッセンバーが傍観
していると、先程グレンが呼びつけた
アイラとミシュリットが部屋に入ってきた。
「呼んだ?」
「アイラ、お前これ食うか?」
グレンは机に置いてあったお茶菓子をアイラに差し出した。
「食べる、ありがとう」
「ミシュリットも食え」
「ありがとうございます、頂きます」
その様子を見たエレナの表情が、一言では言い表せないぐらい目
まぐるしく変化する。
概ねプラスの感情でないことは推測できた。
その様子を見ていたヴィクトルは複雑な表情を浮かべている。
「はぁ…」
これからの隊の将来を憂いているのだろうか。
「二人共、食べ終わったらエレナと一緒に、ディッセンバーさんの
隊と作戦に行動について話し合っといてくれや」
「わかった、行こ?エレナ」
「ごちそう様でした隊長」
アイラはエレナの手を引いて階下へと消えていった。
結局最後までエレナの顔は見なかった。
ヴィクトルは何かを諦めたかのように部屋を退出し、作戦室に残っ
ているのは中隊長の二人だけとなった。