68 光明
大隊長の待つ二階執務室の来客椅子に、二人の中隊長が腰を掛けている。
グレン・バルザードにクロード・ヴァルテウス。
二人は実に両極端な表情だ。
グレンは傍目に見ても、明らかに沈んだ目付きをしている。
「どうした~?グレン、目が澱んでるぞ~」
それを見たクロードは上機嫌でグレンに尋ねるが、特に心配している素振りは見られない。
「何でもねえよ、死ね」
「なんだよ~おっかねえな~そんなんじゃ女にモテないぞ~?」
「黙ってろ・・・頼むから・・・」
グレンは持参した作戦指令書から目を離さず、クロードをあしらう。
「それにしてもヴェルムは遅いな~さっさとイキてえんだけどな~」
ギシギシと、椅子が悲鳴を上げるほど激しく腰を振るクロード
「どこにイク気だよてめえ」
先程から、大隊長のヴェルヘルムを待つ二人。
指定された時刻はとっくに過ぎている。
「は~や~く~は~や~く~この地より~旅立って~ 私は~私は~貴方に~会~い~た~い~」
待つのに飽きたのか、クロードは最近流行りの歌謡曲を口ずさむ。
「私の~心は~魂は~全て~貴方に~預けたのよ~」
グレンはその熱唱に対し、完全無視を決め込み目を瞑り腕を組ながら、作戦シミュレーションを頭の中で組み立てる。
「さぁ~私は~行くわ~貴方の~魂を~探しに~この~悲しみの~大地から~」
何だかグレンは眠くなってきた。
最近心労に苛まれているからだろうか。
熱唱するクロードの歌は、下手か上手かで言えば間違いなく上手なので、子守唄がわりにちょうど良い塩梅だ。
「さぁ~私は~旅立つの~貴方の~心を~探しに~この~苦しみの~大空へ~」
そろそろ茶番劇が終わる。
「旅立つの~嗚呼~旅立つの~」
「終わったの?」
目を開いたグレンは、クロードに尋ねる。
「紳士淑女の皆様、ご清聴~ありがとう~ございました~」
まだ夢の世界に居るようだ。
「帰ってこいや、自己陶酔野郎」
グレンはクロードの後頭部をひっぱたいた。
「ヘブッ!!」
バチンッと良い音と、クロードの悲鳴が執務室に響き渡る。
「どこまで旅立ってんだ?大空や大地か?」
「くっそ、せっかく人がいい気持ちで・・・」
「いい気なもんだよ」
「まぁ、盗賊だが山賊なんざパパッと殺っちゃっとけば後は自由だろ?そうなりゃその後は女の子と組んずほぐれつのレッツパーリィーだろうよ~」
「素直にすげえよお前は、俺は人切った後にはとてもヤル気にはならん」
「あ~ヴェルム早く来ねえかな~」
椅子に座りながら、両足の裏をパンパンと合わせ叩くクロード。
それを横目で見ながら執務室の扉を見ると、ふと気がついた。
「窓の外から話し声が聞こえるな?」
「ん~?」
二人は椅子から離れ、窓から顔を出す。
下を見ると、そこには件の大隊長ヴェルヘルムと、彼に付き従う男が宿舎に入ってくるのが見えた。
「やっと来たか~ヴェルム~」
「もう一人居たが、誰だか見えたか?」
喜ぶクロードに、グレンが質問する。
「ディッセンバーさんだろ?一昨日退院したらしいから」
「ディッセンバーさんが?」
その名を聞いたグレンは何か、良い予感がした。
グレンにしては珍しく、明確に良い予感が。
そのすぐ後、ヴェルヘルムは、グレン達と同じく中隊長のディッセンバーを共にして、大隊長執務室に入ったのだった。