02 皇國の守護者は西へ至る
~数日後 皇國西方軍後方指揮所において~
「東方軍の大将軍であった閣下が、何でまたここの配属になったのですかね?」
先日グレンに大目玉を食らわしたエミリアは、前を歩くグレンに聞こえない程度の声で、自らの部下に質問を受けた。
そのエミリアは訝しげに部下を見つめた。
「別にどうでもいいでしょ?そんな事…」
心底どうでも良いといった感じで返事をする。
「何でそんなこと聞きたいの?今は非常事態なのよ、状況把握と対応に努めなさい」
先日のやり取りの不満がまだ残っているのか、酷く投げやりな態度だ。
「申し訳ありませんねぇ、前々から気になっていたので」
まったく意に介さないといった風に、部下は話を続ける。
「“東部でアレだけの戦果を挙げたなら西部でも問題ないだろ”っていう感じじゃないの?知らないし興味ないけど」
「そんなに面白い理由で、この非常時に適当な人事を上の連中がしますかね?」
連中がしますかね?」
「さあね、私達西方軍には迷惑な事この上ないわ」
エミリアは会話をそこで打ち切った。
これ以上は何も得ることはないと察したのか、部下もそれ以上話す事は無かった。
皇國軍東方軍に置ける生きる伝説
❝戦闘龍❞グレン・バルザード
その金剛の武名は、遥か大陸の彼方まで轟かせる、救国の英雄である。
グレンは、元々皇國東部の辺境の村でこの世に生を受けた。
幼少期はごくありふれた少年だったそうだ。
“笑顔が愛くるしい”少年といった、聞くに耐えないオゾマシイ噂を聞いた時は胸焼けがしたものだ。
“天使のようだった”と聞いた時には、危うく昼食と感動の再会を果たすところだった。
10歳までその村で育ったそうだが、その村は帝国による皇國侵攻軍の橋頭堡とされ、グレンはその村を追われる事となる。
“そこで戦火に巻き込まれて死ねば良かったのに。帝国の連中クソの役にも立たねえな。…ああ…だからあんなチビ親父に負けたのか、納得の弱さだわ”
その後グレンは、東部の軍幼年学校に入学・卒業し、士官学校へと進んだ。
14歳か15歳で初陣を経験し17歳頃に、“山界の悪魔”と戦い重傷を負いながらも勝利し、自らの配下に加えたそうだ。
“そこで、大人しく斬られて死ねばよかったのに。何なら今から死んでくれて一向に構わんよ”
その後は何か“戦闘龍”だの“皇國の守護者”だのと随分ご大層な二つ名が有るが、正直言ってどうでもいい。
“頼むから本当に仕事してくれ…すごいのよ、書類の山が”
エミリアは、切にそう願っていた。
あくまでも昔は昔、今は今だ。
今のグレンは自分よりも背が低く、覇気もなく、無精髭だらけの冴えないおっさんだった。
エミリアとしても正直がっかりしていた。
“母さん・・・話が全然違うじゃないのよ・・・何?あの男全然働かないんだけど・・・”
シクシクと物思いにふけながら歩いていると、先頭のグレンが西方軍後方指揮所に到着したようだった。
天幕に入ると男の雰囲気は豹変した。
「アリア!第二軍団の準備は出来たか?!」
「はっ!先程、ヴェルトレン将軍自らが増援に向かわれました!」
アリアと呼ばれた女性将校は、ハキハキと答える。
「ランド!今敵の侵攻軍本軍はどこまで来た?!」
「国境までおよそ半日ほどの所まで迫っています。先程の増援軍が間に合うかの瀬戸際の距離です」
ランドと呼ばれる高級将校が現在の厳しい状況を伝える。
「デュラン!第二軍団の後半組はいつ立てる?!」
「一両日中には、行けるかと」
デュランと呼ばれる幕僚が端的に答える。
「遅いわ急がせろ、もう敵は目と鼻の先まで来てるぞ」
「はいよ、わかりました」
そこには先程の、覇気の無い濁りきった目をしたおっさんから一変した、配下の幕僚に対して次々と指示を飛ばしている、歴戦の武将然としたグレンがいた。
“お前、普段からその調子で仕事しろよクソが、いい加減に脳ミソぶち巻いて殺すぞチンクシャ糞じじいが”
エミリアは、腹の内で思わず強烈な悪態をついた。
大きな舌打ちが出そうだったが、どうにか押し留める事に成功したエミリアは、本来の職務に戻る事になる。