2話
「小此木嬢よ。」
「なんですエドワード君?」
「君は愛とはどんなものと定義するかね?」
「i、ですか?英語における自身を指す主語の働きをする代名詞と定義しますかね、私は。」
「ふ、ふふふふ。やはり君は面白い人だね。…そしていじらしくもある。要は君が言いたいのは僕と交際したいと、そういう事じゃないかい?」
「ちょっと何を言ってるかわかりません。」
入学式からはや1週間が経っていました。
最初のぎこちなさはこの時期にはそれなりに薄れ、今はクラス40人だんだん仲良く話し始めるようになっていました。
入学式の後、それぞれのクラスのホームルーム教室に入った私達はそこで簡単な自己紹介をしました。
名前、好きなもの、嫌いなもの、学科などなど…。
そして極学科、叡智学科の人は試験でどのような才能をアピールしたかも紹介するように言われました。
そこで初っ端から人目を引いたのが誰あろう、目の前の美丈夫、永倉エドワード君なのでした。
曰く彼は日本とマケドニアのハーフであり、更に将棋の達人であるとのことです。その腕前は素晴らしく、15にして5段まで登りつめたものの、1度他のことにも目を向けたいという本人たっての希望でこの学園に入学を決めたそうです。
「ここなら将棋の勉強をみっちりやりながら色々な経験が積めるからね。」とのこと。
マケドニアがヨーロッパにあり、首都がスコピエであることしか知らない私がどうして彼と懇意になったかと言うと、別段何ということはありません。ただ席が近かっただけのことです。
しかし話してみるとなかなかに面白い人物であるということは容易に察せられました。
二つほど欠点を上げるとすれば、まず一つ目は先程のように会話の中で突拍子もない解釈をすることでしょうか。
いかんせん、将棋を長くやっていたもので先を読むという事が習慣化してしまったと。
しかし、盤面では30手先までの局面を想定出来るのに、こと会話になるとてんでダメで、その解釈は全く明後日の方向にフライアウェイしてしまうのです。
さて、二つ目の欠点とすれば、まぁ一つ目ほど酷いものではありません。怒ると母国語のアルバニア語が出てきてしまうというそれだけの事です。
マケドニア語ではなく、アルバニア語。その二つの言語の線引きは正直に申し上げて私には全く必要性が見い出せませんので割愛しますが、とにかく感情が昂ると出ちゃう、とのこと。
「好きにせい」の一言で切って捨てるのが正しいのでしょうか。
それはともかくとして、このクラスだけでも本当に様々な人がいることを実感させられました。ほら、今少し耳をすませただけでも、
「ジアンミン銀イオンの非極性溶媒内の反応ってさ…」
「いやマジそれな」
「むしろパンツにエロさを感じない」
「いい?私が求める内容はさ…」
「أريد أن أرى الثدي(おっぱい見たい)」
「脇…いいな…」
「たぶん本気出したらタイムマシン作れる」
「このコンテクストにおいてニーチェが主張してるのは…」
などなど。
名門校らしい大変真面目なお話をしている人もいれば、とても不毛なお話をしている人も大勢おられます。私はどちらの内容も興味深いのですが、今日はなんだか不毛なお話をしたい気分のようです。
「あぁ、そう言えばね。最近僕は庭でシシトウを作っているんだけど、これどうやって調理すればいいんだろうね?焼いた方がいいのか、生のまま食べるのか…。折角フレッシュなものを取れるんだからやっぱり生の方がいいかな?その方がなんだか生産者の特権を感じられるし…君はどう思うね小此木嬢?」
「好きにしたらいいんじゃないでしょうか?」
さすがにエドワード君の家の庭のシシトウほど不毛な話をする気にはなりませんでした。