7.観覧車
僕はドリームキャッスルへ向かうことにした。自分がこちら側にいる限り、タジマさんとは再会できないような気がしたが、戻り方がわからない以上どうすることもできない。それに、万が一タジマさんに会えなくとも、一花には会えるかもしれない。彼女がこちら側にいることは間違いない。もし、僕の頭が狂っていなければ、この推測は正しいはずだ。
園内にはキャラメルポップコーンや綿あめなどの甘ったるい匂いが漂っていた。そういえば、一花はこの甘ったるい匂いが大嫌いだったはずだ。「昔は大好きだったのに、いつからか嫌いになった」と過去に聞いた覚えがある。
念のため売り場に行ってみたが、もちろんそこに人の姿はなかった。しかし、あるものを見つけた。
カウンターの上に、割れた青色のネームプレートの片割れが置かれていたのだ。プレートには白い字で「SHIM」と書かれている。
その時、背後に何者かの視線を感じて後ろを振り返った。しかしそこには誰もいない。だが確かに誰かに見られているような気配がある。僕は辺りを見回した。そこから見えるのはミラーハウス、ウェーブスインガー、そして観覧車。
その時、観覧車の中で何かが動いたような気がした。間違いない。誰かが乗っている。あれはもしかして――
「一花?」
間違いなく一花だ。こちらに手を振っている。おそらく高い場所から僕のことを探していたのだ。それにしても、こんな怪しい場所でよく一人で乗ろうなんて考えたものだ。狭いところも嫌いなくせに。
僕は観覧車の真下まで走っていくと、ちょうど一花の乗ったゴンドラが下りてきているところだった。 しかし、少し様子がおかしい。
「出して! ここ開けて!」
一花は内側から扉を叩いている。どうやら内側からゴンドラの扉を開けることができず、今まで延々と一人で回っていたようだ。内側から扉を開けると、一花は一目散に草むらめがけて走っていった。ただでさえ狭いところが苦手だというのに、同じところを何周もぐるぐる回ったせいで気分が悪くなったらしい。
リュックの中にはまだスポーツドリンクが残っていたので渡しに行こうとしたが、もう少しその場で待ってみることにした。
何気なく一花が走っていった方に目を向けると、地面に何かが落ちているのが見えた。青色の小さな四角いもの……ネームプレートだ。近づいてよく見てみると白い字で「ADA」と書かれている。おそらくさっきポップコーン売り場で見かけたネームプレートのもう片方だろう。ぼうっとそれを見つめていると、一花が戻ってきた。
「ごめんね。『ありがとう』も言わずに。しばらく園内を歩き回ったけど、電気は点いてるくせに誰もいないし、高いところからなら全体が見渡せると思って、なんとなく入ってみたら勝手に扉が閉まったから……何度も呼んでたんだよ」
僕は残っていたスポーツドリンクを一花に渡すと、ネームプレートを拾い上げ、彼女に尋ねた。
「ねえこれ、たぶん一花の服から落ちたと思うんだけど、心当たりない?」
僕がそう言うと、一花は何か知っているかのように顔をしかめた。そして蚊の鳴くような小さな声で何か言ったが、あまりにも小さな声だったため、よく聞き取れなかった。
「ポップコーン売り場にも同じネームプレートがあったけど、そこから持ってきたの?」
「ポップコーン……?」
「うん。ミラーハウスの近くにある、確かキャラメルの――」
僕がそう言い掛けた瞬間、一花は強引に右手で口を塞いできた。そのせいで僕は舌を噛んだ。
「もういいから、ここから出よう。もう用は済んだから。付き合ってくれてありがとう……ね?」
それは記憶が戻ったということだろうか。一花は僕がここにいない間、いったい何を見たのだろうか。
次回は7月25日の午前0時を予定しております。