6.アクアツアー
一花は犯人に攫われてから、アクアツアーの中にあるハリボテでできた『遺跡』の中に押し込まれていたという。脱水症状により瀕死の状態だったとも聞くが、詳しいことは僕にもよくわからない。
もしかして、犯人がそこにいるのか?
もちろんそんなはずはないが、僕はボートから飛び降りると腰の高さまである水の中をばしゃばしゃ歩き、作り物の岩場の上を走った。だが影は遺跡の前まで来ると煙のように姿を消してしまった。僕は作り物の遺跡の中を覗き込んだが、中には誰もいなかった。がっくりと肩を落とし、後から水の上をゆっくりと走ってくるボートに再び飛び乗った。
ボートで遺跡の前を通り過ぎると、武器を持った三人の盗賊が現れる。もちろん蝋人形か何かだ。本物ではない。スピーカーからは男たちの怒号と銃声が聞こえてくる。
『財宝は俺たちのものだ! 邪魔するものは皆殺しだ。なんならお前らの前でこの財宝こど破壊してやろうか!』
『――なんだと!? そんなことしてみろ! この遺跡に危害を加えた者には必ず天罰がくだると言われているんだぞ!』
ナレーションのスミス隊長も言い返す。その時洞窟全体に地鳴りのような低い音が響き渡った。
『何だ、この音は? どんどん近づいてくる……そうか、わかったぞ! 鉄砲水だ! 逃げろ!』
スミス隊長は緊張感のある声で叫んだ。ボートの後ろでざぶざぶと水が跳ね始める。少女の悲鳴が聞こえたのは、それとほぼ同時だったはずだ。もしかしたら、幻聴だったのかもしれない。しかし、確かに僕はあの遺跡の中から悲鳴のような声を聞いたのだ。
ボートはスピードを上げ、出口に向かって真っすぐに走った。その間前後左右から大量の水しぶきが飛んできた。そして、大きな効果音が少女の悲鳴をかき消した。
盗賊と財宝は水に飲まれ、ボートに乗った乗客は無事に出発地点まで戻ってくるというシナリオらしい。僕はボートから降りて外に出た。
「あっ!」
外に出てから、ふとスマートフォンの存在を思い出した。まさかこんなに濡れるとは思わなかったのだ。子供のころはカッパでも着ていたのだろうか。
幸い、スマートフォンは水没していなかった。それどころか、メールが一通届いていた。
『今どこにいるんだ? まだ彼女を探してるのか? こんなに探して見つからないなんておかしくないか? 俺は気が付いたら地面に倒れてて、めちゃくちゃ頭が痛い。そういえば、お前が持ってた角材が近くに転がってたんだけど、お前何かしたか? こんなこと言いたくないけど、俺はお前を疑ってる。お前は本当に正気か? そもそもお前が探してる彼女って、本当に存在するのか? 俺にはお前が一人でここに来たとしか思えないんだが』
タジマさんからだった。念のため、アドレスを交換しておいたのだ。全文読み終わらないうちに、もう一通送られてきた。
『ドリームキャッスルの下で待ってる。早く来てくれ。なんだか様子が変だ』
訳が分からなかった。僕が正気を疑われていることに対しては理解できなくもないが、一花が存在しない? タジマさんが倒れていた? それに様子が変とはとはいったい……?
僕はそのメールに返信しようとした。しかし文字を打ち込んでいる内に画面がフリーズし、じきに真っ暗になった。電源ボタンを押してみたが、駄目だった。
やけに胸騒ぎがした。何か、自分はとんでもないことを見逃しているような気がしてならなかった。まるで、受け入れがたい現実から目を背けているような気がした。何か肝心なことに気がついていない。
この遊園地には、本来いてはならない何かがいる。
念のため登場人物に一花の母を追加しておきました。
あと2話で完結します。