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4.捜索

 男はタジマという名前らしかった。

「まあ、ネット上での名前だけど。君なんていうの?」

「稲山です。さっき言ってましたが、未成年じゃないですよ」

「ふうん。大学生?」

「いや、これでも一応社会人なんです。裏野のショッピングモールわかりますか? あそこで働いてるんですけど」

「ああー、最近めっきり行ってないな。結構前に引っ越したから。田舎のショッピングモールにしてはデカいよなあそこ」

「ええ、まあ……」

 一花がまた消えた。まるで霧に攫われてしまったかのように。なぜタジマさんはこの霧に対して何も言ってこないのだろうか。

 何か、とても嫌な予感がする。十一年前のことが頭をよぎる。

「それにしても、この霧は何なんでしょうね?」

 僕はタジマさんに尋ねた。

「……霧? 何のこと?」

 夏だというのに、冷たい汗が背筋を伝っていくのがわかった。見えていないのだ。この霧が、彼には。

「き、霧じゃなくて、気温。気温です」

 かなり苦しい言い訳をした。胸に手を当てずとも、心臓が脈打つのがわかる。何が起きているのか理解できない。これはいったいどういうことだ。

「ああ、気温か。年々暑くなるよな。毎年毎年『今年は去年を上回る猛暑』って言ってるし、これから先どうなるんだろうな」

 間違いない。タジマさんに霧は見えていない。

「これだけ暑いと心配だな。一花ちゃんだっけ? でももう子供ってわけじゃないんだろ? そうだ。電話すればいいじゃん」

 それはできない。一花は数日前、スマートフォンを水没させている。

「できないんです。今あの子はスマホを持っていないんです。このまえ水没させてしまったんで」

「普通、こういうところには直してから来るもんじゃないのか?」

「……ああ、そうだ。ドリームキャッスル」

 ふと、僕はあることを思い出し、唐突に話を遮った。

「は?」

「もしかしたら、あそこで会えるかも」

「でも、ドリームキャッスルは園の一番奥だぞ。そこまで行くのにいろんなアトラクションの前を通る。……しらみつぶしに見て行っていいか? 俺も写真を撮りたいし」

「はあ、構いませんが――」

 僕は返事をしかけた時、あることに気が付いた。例の霧が、濃さを増してきているような気がしたのだ。


 僕たちはあらゆる場所を探した。ミラーハウス、子供用プール、お化け屋敷、ジェットコースター乗り場、そしてアクアツアー。しかしどこにも一花の姿はない。お化け屋敷とミラーハウス、アクアツアーは入り口が施錠されていて中を見ることはできなかった。タジマさんはやけに落ち着いていて、アトラクションにまつわる怖い噂話をいくつか聞かせてくれた。

「なあ、アクアツアーには入ったことあるか? 謎の生き物の目撃情報があるそうだ。でっかい人型の生き物らしい。それもまあ、あの事件の後は騒がれなくなったらしいけどな。で、その謎の生き物っていうのは、実は事件を起こした犯人の影だって噂なんだよ」

「えっ、あの事件について何か知っているんですか?」

「まあな。俺の記憶なんていい加減なもんだから、よく覚えてないけど。……あの女の子、今どうしてるんだろうな? 今でもたまに思い出すよ。死んだって噂もあるけど、もしそうだったとしたら自殺とかかな。事件当時は一命を取り留めたって聞いたし」

 どう反応すればいいのかわからない。自分から質問しておいて勝手だが、そんな話は聞きたくない。一花はどこだ。こんなに探しているのになぜ見つからない? やはり連れてくるべきではなかったのか。

「そういえばジェットコースター。まあ、ここではローラーコースターって名前だけど、事故があったらしい。でも誰に聞いても事故の内容が違う。人が吹っ飛んだとか、座席ごと落ちたとか、誰かが心臓発作を起こしたとか。本当は起きてないのかもしれないけど、どっちにしろ、ろくなもんじゃないな」

 この人はどうしてこんなに落ち着いていられる? 廃墟で人が消えたというのに。それとも、僕のほうがおかしいのだろうか? 僕は取り乱しすぎているだろうか?

「おい、大丈夫か?」

 タジマさんが僕の肩を叩いた。

「そんなに動揺してると見つかるものも見つからないぞ」

 どうやら僕は、自分で認識している以上に動揺しているらしかった。

「タジマさん、どうして一花を探してくれるんですか?」

 僕は何かを紛らわすように彼に尋ねた。

「なに言ってる、普通は探すもんだろ? ああ、そうだ。観覧車の方に行ってみるか?」

 もし一花に会えたら、いや、絶対に会えなければいけないのだが、今日はもう帰ろう。ここ数年一花は至って正常であるように見えたが、実はそうではなかったのかもしれない。


 しかし、観覧車にたどり着くまでの間に、僕はタジマさんとはぐれてしまった。

 ほんの一瞬の出来事だった。まるでタジマさんも霧に攫われてしまったかのように、忽然と姿を消してしまったのだ。



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