3.失踪
しばらく歩くと広場に出た。かつてこの場所で様々なショーが行われたのだ。奥のほうにはマジックショーのために作られた小さなステージがある。一花はステージの前で立ち止まり、熱心に眺めている。僕もそこまで歩いていき、観客席に腰を下ろして水を飲んだ。
懐かしい。ここでよく手品を見ていた。外国人のおじさんが、帽子や服の中からこれでもかというくらい鳩を出したものだ。どうやってあんなにたくさんの鳩を仕込んでいたのかは、今でもよくわからない。
そんなことを考えていると、一花が別のほうを見て「あっ」と声を上げた。
「あれ、メリーゴーランドだ。でも、馬がみんな錆びちゃってる……」
彼女が指さす方向には随分とかわいそうな姿になったメリーゴーランドがあった。木馬の目の下が赤黒く錆びているせいで血の涙を流しているように見える。
僕が飲んでいた水をリュックにしまっていると、一花は一人で走って行ってしまった。猛暑だというのに、今日はやけに元気がいい。
すると突然、背後に人の気配を感じた。角材を右手に掴んで振り返ると、見知らぬ男が立っていた。歳は二十代後半くらいだろうか。
「あれ、もしかして同業者?」
男は僕に言った。
「同業者? 何のことですか?」
「ああ、違うのか。俺は動画撮りに来たんだよ。でもネットで知り合った奴にすっぽかされたみたいで、てっきり君がそうかと……」
動画の撮影。最近は何も珍しいことではない。前にも言った通り、ここは知る人ぞ知る心霊スポットなのだ。
「はあ、幽霊でも撮るんですか?」
僕は男に尋ねた。見たところ悪い人ではなさそうだ。
「今はただの下見。お盆だし、幽霊でも撮れれば再生数が跳ね上がるんだろうけど、まだ始めたばっかりだしどうかな。……ところで君、未成年? こんなところで一人で何やってんの?」
一人で?
「いや、一人じゃないですよ。そこに一花が――」
僕はメリーゴーランドの方を振り返った。
いない。一花がどこにもいない。
「イチカ? 誰かいたの?」
男は不思議そうに僕に尋ねてくる。いや、むしろ不審というべきか。
「はい、さっきまでそこに……」
気が付くと、辺りには霧のようなものが立ち込め始めていた。空が晴れているのに突然霧が掛かるなんてことがあるのだろうか?
確かにこの遊園地の周りには山と海くらいしかないが、それにしたって不自然だ。
「彼女?」
「ええ、はい……」
「デートで来るようなところじゃないと思うんだけど、廃墟好きか何か?」
言えない。どう説明すればいいのかわからない。きっとこの人は僕の手にある角材を警戒しているに違いない。いや、そんなことより――
「すみません。心配なので、ちょっと探してきます」
僕はそう言って駈け出そうとした。
「俺も探そうか? こう見えてもここでキャラメルポップコーン売ったり着ぐるみ着たりしてたんだよ。ここのことはよく知ってるから、案内してもいいけど?」
「え、案内?」
「……迷惑か?」
完全に怪しまれている。しかし手伝ってくれるのはありがたい。今日の一花はなんだかいつもと違うような気がしたのだ。
「わかりました。是非お願いします」
僕たちは霧の立ち込める遊園地を二人で捜索し始めた。