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2.来園

 八月十四日のよく晴れた朝。僕たちはドリームランドを目指して出発した。一花は最初、八月一日に行きたいと言ったが、その日は僕の仕事があったため断念した。もしかしたら僕が仕事に行っているうちに一人で行ってしまうのではないかと心配したが、幸いそんな事態には至らなかった。

 車内には何とも言えない緊張感が漂っていた。僕は緊張感を和らげたかったので、おもむろにラジオをつけた。ラジオからは陽気なラテン音楽が流れてきた。しかし、聞けば聞くほど場違いなリズムに段々と腹が立ってきてしまい、結局すぐにラジオを消した。

「ねえ、大丈夫?」

 助手席で一花がこちらを見ている。どうやら緊張していたのは僕だけだったようだ。当の本人は何の心配もしていないのか、やけに落ち着いている。

「大丈夫だよ」

 僕は頑張って噓をついた。



 アスファルトを突き破って生えてきた雑草をタイヤで踏みつけながら、駐車場だった場所に車を止めた。当然だが自分たち以外の者の姿はない。

 ネットで調べた限り、裏野ドリームランドは知る人ぞ知る心霊スポットらしく、入り口はフェンスで塞がれてはいるものの、所々ペンチで広げたような穴があり、誰でも簡単に入れる有様だという。

「着いたよ」

 僕がそう言うと、助手席でうたた寝していた一花ががばっと跳ね起きた。

「……中に入れる?」

「本当に入るの? 一応不法侵入なんだけど。何なら周りだけ見て――」

「入れるんなら入る」

 僕が言い終わらないうちに一花は車を降り、入り口の方へ向かおうとした。しかし、明後日の方角である。寝ぼけているのだろうか?

「そっちじゃない。入り口はあっち! あと帽子も被って」

 僕は一花の軌道を修正すると、二人で入り口の方へ歩いて行った。天気予報では二八度と言っていたにもかかわらず、気温は三〇度を超えていた。車のドアを開けると、蝉の鳴き声が一気に耳の中へなだれ込んでくる。

 ネットで調べた通り、フェンスは何者かによって破られ、ちょうど人が一人入れるほどの穴が開いていた。

 まず一花が先に入り、次に僕が入ったが、熱中症対策のために持ってきた水やタオル、塩飴などが入ったリュックがフェンスの網に引っ掛かり、そのままバランスを崩して盛大に地面にダイブしてしまった。少し運動不足なのかもしれない。

 一花は心配するどころか、声を上げて笑っていた。事件のことを思い出してもっと動揺するのではないかと思っていたが、まあ楽しそうで何よりだ。

 しばらく進んでいくと、大きなゲートが姿を現した。塗装は所々剥げ、いたるところに落書きがされている。その雑な落書きの中に混じって、やけに小さく、丁寧に書かれた文字を見つけた。

『犯罪者は【夢の国】には入れない』

 そんなことが書いてあった。どういう意味かは分からないが、どうせまともな人間が書いたわけではないのだろう。

「まさか、変な奴がうろついてたりしないよな」

 時刻は午前十時三〇分。こんな時間からガラの悪い集団がたむろしているとはとても思えない。しかし――

 なんとなく、ついさっきまで誰かがこの場にいたような気がしてならない。おそらく幽霊などの類いではない。僕はゲートの隅に転がっていた角材をおもむろに手に取った。

「早くー」

 はっとして顔を上げると、一花はかなり離れたところから僕を呼んでいた。

「置いてくよー」

 一花はまた叫んだ。元々、そこまではしゃぐタイプではないのだが、彼女は突然子供じみた態度をとることがあった。

 僕は角材を持って彼女の後を追おうとした。

 しかしゲートをくぐる時、窓口の奥がふと気になった。一花は相変わらず僕を呼んでいたが、構わず中を覗き込んだ。

「なんだこれ」

 中は書類が散乱していた。壁には小さなホワイトボードが掛かっており、うっすらと赤い文字が残っている。汚い字だが、かろうじて読める。

「刈込、佐久間、島田、泉水……人の名前?」

 従業員の名前だろうか。刈込、佐久間、泉水の文字には斜めに線が引かれている。

「ねえ!」

 突然背後から肩を叩かれ我に返った。一花が引き返してきたのだ。

「何? なんかあるの?」

 一花も中を覗き込む。この時、なんとなくこの場から離れたいような気がした。

「いや、特に何も。何もない」

 僕はそう言ってリュックからミネラルウォーターを一本取り出し、一花に持たせた。

「またぶっ倒れるから、自分でも持っておきな」

 一花は過去に、室内にいたにもかかわらず熱中症で病院に運ばれたことがある。あれは、ちょうど今と同じ八月の半ばだったような気がする。聞けば、その年を境に記憶は少しずつ回復し始めていたらしい。

「うん。ねえ、あれドリームキャッスルかな。そうだよね」

 水を飲みながら一花は自分が戻ってきた方角を指さした。確かに、遠くにお城のようなものが見える。昔に比べて、だいぶ塗装が剥げたような気がする。

「最後、あそこで写真撮りたい」

 一花はペットボトルに蓋をすると、少しの動揺も見せずにずんずん歩いて行った。

 裏野ドリームランドは古いアメリカの町を再現した遊園地であるため、小洒落た建物がいたる所に建てられている。しかしどの建物も老朽化が進み、ペンキは剥げ落ち、窓ガラスは割れ、壁にはツタが蔓延り、通りにはコンクリートを突き破って生えてきた雑草が繁茂している。壁にはかつてのマスコットキャラクターであるウサギのリコルドくんのポスターが貼られているが、雨風に曝され見るに堪えない姿になっている。昼間でもかなり不気味な光景だ。

 僕は時々、本来見えるはずのないものが見えてしまうことがあるため、心霊スポットと名の付く場所にはなるべく近寄らずに生活してきた。この場所でもなんとなく物陰から何かにこちらを覗かれているような気配を感じた。一花は何も感じないのだろうか?



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