トリスの日記帳。番外編。~2月29日の事~
トリスの日記帳。番外編。~2月29日の事~
これは、アリ君と付き合って初めての冬の話。
私、トリスティーファ・ラスティンの最愛にして、最高の軍師・アリス・トートスの誕生日は、4年に一度しか巡って来ない。
何故ならば、彼の誕生日は、閏年の2月29日、その日だからである。
この日は、その稀少性から、様々な特異性に満ちている。
曰く、この日は、女性からのお願いを、男性は断ってはならない日である。
曰く、この日に願掛けをすると、必ず叶う。
曰く、この日に虹を見れたら、幸せが訪れる。
等、4年に一度という稀少性に肖ったジンクスが、多数存在するのである。
私が図書館で借りた本には、そう言う記述が描かれており、それは、人間社会の常識を、『本』に頼っていた私には、事実として認識するに相応しいと思わせる記述だった。
(虹は見れないかも知れませんが、願い事くらいなら、出来るかもしれませんね。アリ君に、お願い事を叶えて貰うのは、何か違うと思うので、私が、彼の願いを叶えたい所です。だって、恋人(アリ君)の誕生日ですから。…。そうと決まれば、早速私の知恵袋に相談です。)
私は、読んでいた『歳時記~嘘と虚言とジンクスの世界~』を棚に戻すと、いそいそと楊先生の研究室へと足を運んだ。
ボーグワーツ総合大学内にある、楊先生の研究室には、私の同期生を元として癖の強い人材が、暇さえ在れば集まって来る。私も勿論その一人である。これは皆が学生の頃から変わらない、貴重な集会場所である。…中心人物の、楊先生には、ご迷惑かも知れないが。
更に申し訳ない事に、アリ君の研究室(という名の仮眠室)も設置されているので、私は、比較的長時間、この部屋を利用している事になる。
まだ学生なので、寮にはしっかり自室も在るのだが、私は公私共に、この部屋に入り浸っているのである。
アリ君がお仕事で講義を行っている間に、私はいつもの様に、頼り甲斐のあるお友達にお話を聞いて貰う事にした。
****************
「…という訳でですね、2月29日は、『男性は女性からの願いを断れない』という日らしいんですよ。」
私が真剣な顔で、そう告げると、
「ほほぅ。それは素晴らしい日だね。ボクもアルヴィン君に、お願い事してみようかな。」
リースさんが、イベントに乗っかって来た。
「リースさん、何かアルヴィン君にして欲しい事があるんですか?」
私は素直に疑問を口にした。
「ボク達も、お付き合いして長いからさ。そろそろ責任とってもらっても、いい頃だよね?」
そう、ポツリと呟いた彼女は、とても可愛らしかった。
「確かに、リースちゃん達はそうよね。私はフォル君に何をねだろうかしら?うふふ。楽しみだわ。」
何やら、企み顔で、クレアさんは考え込んでしまった。
それを受け流して、私は、二人に相談を持ち掛けた。
「男性は、何をプレゼントしたら喜ぶのでしょうか?」
「トリスちゃんの言う『男性』って、アリ君でしょ?兵法書とか?」
「…何故ばれますか?」
「うん。落ち着こうか、トリスちゃん。貴女、アリ君しか『男性』として見てないの、丸わかりだからね?」
「そうだよ。だから、アリ君の好みそうなモノをプレゼントしとけば良いんだよ。」
****************
等と話していたら、アリ君とアルヴィン君の二人の准教授が、講義から帰って来てしまった。
「楽しそうな声がしてたみてぇだけど、どうかしたのか?」
アルヴィン君が、空気を読まずに話し掛けて来た。
「ほら、今日って2月29日じゃないですか。読んでた本にですね、『4年に一度のこの日は、男性は女性からの願いを無下にしてはならない』っていう風習のある地域があるみたいなんですよ。」
私がそこまで口にすると、リースさんがずずいっとアルヴィン君に詰め寄って行った。
「だからね、アルヴィン君。そろそろボクにプロポーズして欲しいんだよ。」
上目遣いで、目を合わせながら、アルヴィン君におねだりするリースさん。滅多に人前でデレないリースさんの行動に、アルヴィン君は、
「お、おう。」
と狼狽えた。それから、彼は、私を見つけると、
「くそっ、余計な事を…俺から言い出したかったのに…覚えてろよ、トリス!」
と、苦情を漏らした。
そして、リースさんの前に跪き、ポケットから指輪を取り出した。
「リース。俺と一緒に、これからも、俺のトレジャーハントに付き合ってくれ。お前と共に居たいんだ。」
アルヴィン君は、男らしく、しっかりとギャラリーの前でリースさんにプロポーズした。
「うん。ありがとう。アルヴィン君。」
嬉しそうに微笑みを浮かべるリースさん。
その様子に、
「「「「「おめでとう!二人とも。お幸せに!!」」」」」
部屋に居た一同は、彼らを祝福した。
私には、皆の前でアリ君に色々聞く勇気は無かった。そこで、私はさりげなくアリ君の横に移動して、彼の服の裾をツンツンと引っ張った。
「どうした?トリス。お前も何かあるのか?」
「アリ君。仮眠室って、防音でしたよね?」
「ああ、そうだが?」
「ちょっとお話ししたいので、一緒に来てくれますか?」
「おう。分かった。」
ガチャリと扉に鍵を掛け、完全に二人きりになった所で切り出す。
「あの、先ずは、誕生日、おめでとうございます。」
私は、改まってお祝いを述べる。
「おう。ありがとうな。忘れられる事が多いんで、期待してなかった分、嬉しいよ。」
ニッコリ笑って、アリ君が私の頭を、ポンポンと撫でてくれる。
プレゼントを用意出来て居なかったので、とても居たたまれ無くなってしょんぼりしながら、私はアリ君を見上げた。
「ごめんなさい、アリ君。本当なら、プレゼントをあげたい所なんですが、用意が出来ていないのですよ。だから…、アリ君、何か欲しいモノとか、して欲しい事とか無いですか?私に出来る範囲で、応えたいのですが…。」
アリ君は、私を見ながら、う~んと唸ると、
「特には、無いなぁ。」
と言った。
「うぇ?あの、本当に、何も無いんですか?」
私は焦った。初めての彼氏への誕生日プレゼントが無いなんて、自分の不手際さにげんなりした。
「ああ、無いな。」
私は、
「そんなぁ…。アリ君の誕生日、お祝いしたいのに…。」
と、泣きそうになった。
そんな状態の私の頭を、再度アリ君は、ポンポンと撫でながら言った。
「トリス。私はな、お前のその気持ちが嬉しい。特別なプレゼントなんて要らないくらい、お前から祝って貰えるのが嬉しかったんだ。でも、お前は、それでは納得してはくれないんだよな。だから…。」
アリ君は、若干言い難そうにしながらも続けた。
「今度の休みにでも、一緒に教会に行かないか?それから、教皇庁に書類提出にでも行こうか?」
一瞬、私の頭が、フリーズした。
一緒に、教会に行く…?
教皇庁に書類を出しに行く…?
「勿論、リースとアルヴィンみたいに、知り合いに、書類提出に行くのを茶化されたりするのはゴメンだからな。極秘での行動になるが…どうだろうか?」
頭が、カラカラと音を立てて空回りしている。
ドクンドクンと、耳の奥が騒がしい。
「アリ君…。それって…。」
アリ君は、自分の口元を左手で覆いながら、顔を赤くしていた。
「ああ、そうだ。私と家族の契りを結んでくれはしないか?私は、お前の、隣に居たいんだ。」
「私で、良いんですか?」
「お前が、良いんだ。」
私は、ポロポロと涙が零れるのを、止められ無かった。
「なぁ。返事を貰っても良いか?」
「勿論ですよ。私も、貴方が良いです。貴方の隣に居たいんです。」
そうして、入籍当日の綿密に計画を練ってから、私達は仮眠室を出た。
「アリ君、本当に私、立つ瀬が無いんですけど!」
怒ったポーズで、私が言うと、
「そうは言ってもなぁ…。大抵のモノは既に手に入れてるんだよなぁ。」
困った様にアリ君が返した。
それに気付いて、クレアさんがアリ君に突っ込んだ。
「アリ君、貴方、トリスちゃんの目が赤いのは、プレゼントのリクエストが無いからなのかしら!?」
しれっとアリ君が応える。
「そうだが、何か問題があるか?」
「全く、相変わらず、乙女心の分かんない男ねぇ。」
クレアさんの、やれやれと言う空気の中、この場は解散となった。
****************
後日。
私達は、早朝から、首都ペイネレイアの中で一番の、寂れた小さな教会に足を運んだ。
なまじっか人気な場所には、熊のぬいぐるみを着たシスター、エステルさんが居たり、友達の介入があったりする可能性があり、遭遇でもしたら、気まずくて居たたまれない。
幸いにして、そこは、個人で切り盛りしている小さな教会で、神父さんからの細やかだけれど暖かみに溢れた祝福を受ける事が出来た。婚姻証明書も恙無く発行してもらえたので、後は教皇庁の窓口で手続きすれば、法的にも完全に夫婦である。
誰かに付けられるのが嫌で、私達はミールック便を使い、教皇庁での手続きを可及的速やかに済ませると、弥都へと向かう。
弥都の神様である友人のスサノオ君には、祝福して貰いたかったのだ。
スサノオ神社で、順番を待ち、賽銭を入れる。お祝い事なので、ケチらず1クラウン程入れておく。二礼二拍一礼すると、間もなく、
『お久し振りですね、お二人とも。そのご様子だと、上手く行っているみたいですね。』
と、頭にスサノオ君の声が響いた。
『スサノオ君のおかげで、私達は、夫婦の契りを結ぶ事になりました。ありがとうございます。お礼と報告を兼ねてご挨拶に伺った次第です。』
信者の皆さんが驚かない様に、心の中で、スサノオ君に語り掛ける。
それを察したスサノオ君は、キラキラと光の粒を私とアリ君の上に撒き散らして、眼前に降臨すると、厳かに宣言した。
「日の本、八百万の神々を代表して、この武神スサノオが、アリス・トートス列びにトリスティーファ・ラスティンの婚姻を認め、祝福する。」
わっと周囲が沸き立った。見知らぬ人々どころか、天上から八百万の神々にまで見られながら、私達は、夫婦になった。
ハイルランドでは目立たなかったけれども、結局弥都では目立ってしまった婚姻なのでした。
登場人物のおさらい
クレアさん、リースさん、アルヴィン君、スサノオ君→ボーグワーツ総合大学時代のアリ君とトリスの同期生。但し、トリスは再入学中。
エステルさん→真教のシスター。熊の着ぐるみを愛用している。
ありがとうございました。