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天台宮の門  作者: 徳田武威
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第四章 男、ただ復讐の為に

 迫り来る稲妻。それは普通ならば、認識出来る物では無かったのだろう。しかし、走馬灯というものだろうか? 蘭子にはそれが迫ってくるのがはっきり分かった。娘の危機を察した恭子が蘭子を守る様に、抱きついて来た。こんな時なのに、蘭子はそれが少しくすぐったかった。

(ああ、死んだわ……これは、ごめんね。お母さん)

 蘭子は既に炎を放っていた。しかし、それはあっさりと雷鬼の稲妻に砕かれていた。

 死を目前にして、心はただ静だった。でも、母と話せなかった事だけが悔いだった。蘭子が目を閉じて、自分の死を受け入れた――。

『ダンッ!』

 一瞬地震の様に地面が揺れる。

「はっ! すげえな! 何だよお前!」

「…………相容れない者だよ。お前らとな……」

 雷鬼が何故か楽しそうに吼えた。それに応じる静かな声。目を瞑っていた蘭子はいつまでも自らを貫かない稲妻に疑問を抱いた。そして……びくびくしながら、その目を開けた。すると、目の前は砂埃に覆われていた。砂埃に蘭子が目を凝らす。すると、そこには一人の男が立っていた。その男はフードを深く被っていた。そのせいで服装は見えない。しかし、さっき聞こえた声から若い男だと言う事は分かる。

「面白い気配だな。お前……本当に人間か? 俺は結構鼻の利く方でね。お前は人間というより化け物みたいな匂いがするんだが?」

「人間じゃないよ……」

 フードの男は感情の抜け落ちた様な目で雷鬼を見据え、そのフードを脱ぎ捨てた。

「お前らが俺に人間を辞めさせた……」

蘭子は改めてフードを脱いだ男を見た。男は肩にかかるくらいの長さに伸びた髪の毛を無造作に垂らしていた。けれどそれはけして不潔な感じでは無く、寧ろ蘭子は好感を持った。

服から露出している部分は全身傷で覆われ、男が只ならぬ修羅場を潜って来た事を感じさせる。そして特徴的なのは、右腕に巻かれた包帯だ。その包帯にはびっしりと蘭子には読めない赤い文字が書かれていた。

「あ、あの……貴方は……」

 蘭子は男の背中に声をかけた。何者かは分からないが雷鬼に勝てるとは到底思えなかった。

 蘭子の言葉に男がスッと振り返った。蘭子はその瞳を見て、自分の鼓動が高鳴るのを感じた。深い海の様な自分の心を深く深く沈めた様な瞳に女は吸い込まれてしまいそうな感覚を覚える。

「もう大丈夫だよ……君は俺が守るから」

 その男から出た意外すぎる優しい言葉に、蘭子は自分が赤面していくのを感じた。

 男はそれだけ言うと雷鬼に向き直った。雷鬼は男と目が合うとにんまり笑う。

「自信満々じゃねえか、良いな。俺はぬえ人、三柱の一人。雷鬼だ。折角ガチンコで殺し合うんだ。名前くらい教えてくれよ」

「…………相模憲次だ。お前らぬえ人を皆殺しにする為だけに……生きてる」

 憲次は空手の猫立ちの様に構えた、それに対して雷鬼は平然と仁王立ちする。

「そうか……憲次か。良い名前だとは全く思わねえが、覚えておくぜ!」

 雷鬼が憲次に向かって雷の様に激しく疾走する。

 こうして封印されていた三柱、雷鬼と、復讐の為、人を捨てた憲次との闘いが始まった――。

『バチィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ』

 憲次の拳と、雷鬼の拳が激突し、まるで雷が落ちたかの様な轟音と、衝撃波が広がった。

 その衝撃波で蘭子と恭子が悲鳴を上げた。肌を直接静電気が撫でる様な異様な感覚だった。

 その間にも憲次と雷鬼の打ち合いは続く。一合ごとに空気が弾けた。

その力強さとは対照的に二人は忍者の様に素早く動く為、蘭子には目で追うのが精一杯だった。二人はそんな刹那の間隔の中、お互いの命を奪おうと攻撃を繰り出している。

 しかし、化け物じみた遣り取りも、均衡が破れ出していた。雷鬼の拳が突き刺さる度、憲次は苦悶の表情を浮かべる。

「はぁっはぁ! やるな憲次! だが……俺の攻撃はシビれるだろ?」

 己の力を誇示する様に腕を広げる雷鬼。するとその全身から落雷の様に電撃が放射される。

 その電撃は攻撃を受ける度に、憲次の体にも流れ込んで来ていた。今、憲次の全身には感電したような痺れが走っている。

「それがどうした……」

 だが、憲次はそれを腕を振り払う事によって、体から弾き飛ばす。雷鬼を見据える目からは、全く闘志が失われていなかった。

「くくく、根性有るじゃねえか。普通の人間ならショック死だぜ? だがな、これで終わりじゃねえ。電撃はこんな使い方も出来る」

 そう言った瞬間。雷鬼の体が消えた。それと同時に、まるで太鼓を打ち鳴らした様な音が鳴り響き。憲次の体が民家のブロック塀まで吹き飛び、そのままめり込んだ。

「く……ガハァ……」

 背中を強く壁に殴打した憲次が、堪え切れない様に地面に突っ伏するとそのまま吐血した。

「どうよ? 効くだろう?」

 するとその正面に雷鬼が唐突に現れ、仁王立ちをして憲次を見下ろす。

「電撃を体に流して、全身の細胞を活性化させてるんだ。まあ、これを使うとあっさり勝負が決まっちまって詰まらねえから、普段は使わねえんだけどな」

 そう言いながら再び雷鬼の体が消え失せる。

すると今度はドラムの様な音と共に、座りこんでいた憲次に拳の雨が降り注ぐ。

「憲次さん!」

 蘭子が悲鳴を上げる。今現在、蘭子には全く雷鬼の姿は見えていない。しかし、徐々に血達磨にされて行く憲次の姿だけは確認出来ていた。

「ぬう……強いのぉ雷鬼……やはり、ザコとは格が違うわい……死ぬぞ憲次」

 意識を戦いに集中していると、隣から唐突に鈴の音の様な少女の声が聞こえた。蘭子はぎょっとして隣を振り返る。

「ん? どうした覚醒者。そんな突然地上デジタル放送が始まって、旧ブラウン管テレビが使えなくなったような顔して」

 何だか分かり易いんだか、分かり難いんだか良く分からない喩えをする少女。銀髪の綺麗な髪をした少女に、蘭子は戸惑った様な表情を浮かべた。

「覚醒者? 一体どういう事? というか……貴方は一体誰?」

「わしか? わしは秋姫じゃ。憲次と共に旅をしている。どうやらお主、自分の現状が分かっておらんようじゃな」

「現状? 貴方私の事、何か知っているの?」

 蘭子が血相を変えて秋姫に迫る。自分でも、自分がどうして可笑しな力を使える様になったのか、知りたいと思うのは当然の事だった。

「ふむ。面白い事になっておる」

 それに秋姫はコクリと頷くと、どや、という顔をした。

「え…………それだけ?」

「? そうじゃが?」

 きょとんとする蘭子に、きょとんとした秋姫が答える。蘭子はこの突然現れた秋姫をどう扱って良いのかまるで分からなくなっていた。

「そんな事より、憲次の方が面白そうじゃ」

「面白そうって! あのままじゃ、相模さん死んじゃうよ!」

 蘭子は暢気に眺めている秋姫を怒鳴った。しかし、それに秋姫がにやっと笑う。

「大丈夫じゃ。わしが三年間鍛えたのじゃぞ? 憲次の本領はまだまだ先にある。ふふ、ま、見てるが良いさ」

 秋姫は憲次を見た。その目は憲次の勝利を確信していた。

「見せろ憲次。復讐の炎に身を焼かれながら掴んだその力を」

 秋姫の言葉と共に、一際大きな破壊音が大地を揺さぶった――。

「ふん。もう終わりか? やはり人間相手にこの技はやり過ぎたか?」

 雷鬼が全身から血を流し、顔を落とす憲次を見てつまならそうに溜息を吐く。そして、全てを終わらせるべく。電撃を腕に集中させる。

「じゃあな……憲次」

 そして、そのまま憲次の首を落とそうと手剣を振り下ろした。

 首筋まで迫る手剣。しかし、それは憲次の首を落とす事は無かった。

「…………っ! 何だと!」

 雷鬼が驚愕の声を上げる。雷鬼が振り下ろした手剣。それは包帯を巻いた憲次の手によって、握りしめられていた。するとそれと同時に包帯に書かれていた赤い文字が発光し、やがて、包帯が発光する光の圧力に耐え切れなくなったかの様にハラハラと舞い落ちた。

「貴様! その腕は……俺達ぬえ人の! 移植したと言うのか! ぬえ人の腕を!」

 雷鬼が驚愕する。雷鬼の視線の先には憲次のどす黒い緑色に変色した雷鬼の腕があり、それはどんどん肥大化していた。

「この程度がどうした……この程度の痛みが……」

 憲次が座り込んだまま顔だけを上げる。その顔には血管が走り、まるで鬼の様。

「お前らを皆殺しにするまで俺は死なない。涼香を殺したお前達を、俺は絶対に許さない」

 ぎゅうううううううううううと強く雷鬼の腕を握り潰すかの様に力を込める憲次。

「がああああああああ! てめえ! 本当に人間を辞めやがったな!」

 雷鬼が振り解こうと踠くが、憲次の腕は全く動かない。

「ああそうだよ……お前らを殺す為に身につけた。化け物の体だ……」

 憲次の左足の包帯が破け、右腕と同じ様に異形の足が露わになる。その左足を憲次は雷鬼の腹に叩きこんだ。

 その一撃で、今まで余裕だった雷鬼の表情が苦痛に歪む。

「ぐぼぉ……っ……な、舐めんじゃねえ!」

 バリバリバリと雷鬼が全身から一際強く電流を流した。まるで電子のレンジの様に肉の焦げた臭いが充満する。

「へへへ……さすがにこの至近距離で俺の最大出力だ。くたばったか?」

 体から煙を上げる憲次。腕を掴む力が弛んだことに雷鬼は勝利を確信する。

「……さっき言っただろ。この程度の痛みがどうしたってな」

 だが、憲次は死んではいなかった。確かに雷鬼の攻撃は体中を焦がしていはいたが、未だに不屈の闘志で立ち続けていた。

「な、何なんだお前は……」

 得体の知れない物を見る様に雷鬼が今度こそ確かに恐怖の表情を浮かべる。だがそれを認めるのを拒否するかの様に拳を憲次に向かって放った。

それに呼応するように、憲次も異形の拳を突き出す。両者の拳が交差した。

「ぐふ…………がぁ……」

 一瞬の差だった。しかし雷鬼の拳は憲次の額の前で止まり憲次の拳は雷鬼の腹部を貫いた。

「ち、畜生……人間に……俺が……つ、つええな、憲次。マジでつええ」

 雷鬼が痛みに顔を歪めながら悔しそうに呟く。

「だが、楽しかったぜ、久しぶりにビリビリした勝負が出来た」

 勝負には敗れたが、雷鬼の表情は清清しい物だった。全力を出し切ったという満足感だけがその顔に表れていた。憲次は無言で拳を引き抜く。すると同時に雷鬼の腹部から血が噴き出た。まるで命が流れ出てしまったかのように、雷鬼はそのまま力無く地面を転がった。

 同様に……返り血を浴びた憲次も地面に膝をついた。勝ったとはいえ、体が受けたダメージは深刻だった。

「相模さん!」

 蘭子は自らもフラフラの状態だったが、憲次の元に駆け寄った。まだまるで、憲次の人となりを知らなかったが、最早、憲次の事を放っておく事が出来なかった。

 ぜぇ……はぁ……と息を切らす憲次に蘭子が触れた時だった。

「あつっ!」

 蘭子は思わずその手を離した。蘭子が触れた憲次はまるで車のエンジンの様に熱かった。

「離れておれ」

 すると、秋姫が蘭子の隣に立ち、平然と、異形の右腕と左足に包帯を巻き付けていった。熱くないのか? と蘭子が思っている頃には作業は終了し、憲次の呼吸も何故か落ち着いてきた。

「久しぶりの全開じゃったな? 体は大丈夫か?」

 秋姫の言葉に俯いたまま、憲次は答える。

「問題ないよ……俺はまだ……戦える」

 痛ましい姿だと……蘭子は思った。死闘を演じてボロボロになった体、だが、それ以上に悲しい目をしているのが気になった。

「ふむ。何にせよ。ぬえ人、三柱の一人、雷鬼は倒した。後、二人じゃな。じゃがさすがに今日はもう無理じゃ、撤退するか」

 秋姫が憲次の肩に手を置いて、立つ様に促そうとした時だった。

「――お待ちください!」

 幼いが凛とした声が響いた。それは戦いの場であったはずの場所を清浄な物に変えた。そして声と共に現れたのは二人の人影……光月と三剣だった。双方とも着物の様な物を着ている。そんな時代錯誤な出で立ちながら二人の持つ雰囲気は神々しく違和感を人に与えなかった。

「何ですか……貴方達は?」

 びっくりの連続でどこか平静な口調で蘭子が光月に尋ねた。光月はそれに、にっこりと魅力的な笑みを浮かべる。

「突然ごめんなさい。えっとなんと言ったらいいのでしょう? 驚いてしまうかもしれませんが、私は貴方を迎えに来たんです」

 全く知らない人間に迎えに来たと言われ、蘭子は光月の言う通り、驚いた。

「ちょっと色々有り過ぎて一度に説明出来ませんね。取り合えず、私は天道の月の巫女、光月。隣に居るのが三剣さんです。よろしくお願いします」

 スっと三剣が綺麗に頭を下げる。

「急で申し訳ないですが、皆さんの怪我を治させてください」

 治させてくださいという言葉に、蘭子はポカンとなった。どうみても目の前にいる光月が、医者の類には見えなかったからだ。

「失礼します」

 だが光月は無造作に恭子に近づくと、その額に手を当てた。すると、恭子の額がまるで、暖かいタオルを置いているかの様に暖かくなった。それと同時にみるみると先程まで血が流れて

「…………!」

 その様子を見ていた蘭子が息を呑んだ。目の前で、明らかな奇跡が起こっていた。

「あ、貴方。どうやったの? それは」

「失礼します」

 蘭子が聞いてる間にも、恭子の治療を終えた光月は蘭子の額に手を伸ばした。蘭子は恭子がされた事を自分の身で感じた。

(あ、熱い……)

 体の芯が活性化する様な、妙な恍惚感を呼び起こされた。気持ちが良くて、ずっと手を当てていて欲しい気がした。

「さあ、貴方も……」

 そう言って光月が俯いていた憲次の額に手を伸ばした時だった。その手を優しく払われる。

「俺はいい……大丈夫だから」

「で、でも……そんな酷い傷では……」

 光月が憲次の顔を覗き込む。二人の視線がその時、初めて交差した。

 すると憲次の体が電気に打たれた様に硬直した。無感情だった目には、細かく揺れ、憲次は動揺を隠し切れなかった。

「どうされたんですか? やはり傷が……」

 光月は心配そうな目で憲次を見る。しかし、憲次が動揺したのは傷の為では無い。

(に、似ている……涼香と……)

 憲次を覗き込む涼香の顔は、落ち着いた雰囲気こそ、涼香には無い物だったが、顔の造りは双子かと思うほど、そっくりだった。

「な、何でも無い……大丈夫だ。俺は大丈夫……」

 憲次はそう言うと軋む体を無理やり起こし、そそくさと光月の元を離れた。光月は置き場の無くなった手をしばらくそわそわさせていたが、しぶしぶといった様子でその手を下ろした。

「しかし、今日は珍しい日じゃな。まさか天道の青神と月の巫女まで現れるとは」

 光月と憲次の遣り取りを見ていた秋姫が、可笑しそうにそう口にすると、光月が秋姫の方に視線を向けた。

「こちらこそ……秋姫様とまさかこんな所で会えるとは……聖域から出られていたんですね」

「うむ。まあ半年くらい前にな……ふふ、それよりお主らはどうしたんじゃ? 雷鬼の襲撃に釣られたか? それとも……覚醒者か?」

「両方です秋姫様。そちらの…………えっとお名前を伺ってよろしいですか?」

「九龍……蘭子」

 警戒心を隠す事無く蘭子が答えると、それを解きほぐす様な柔らかな笑みを光月は浮かべた。

「そう九龍さん……私達は貴方が先ほど使った力……天道の術と言うんですが、それを同じく使役する者です。つまり仲間ですね。そして、私達は貴方の力を必要としています。天道の赤神としての貴方の力を」

「天道の赤神? さっきも鬼がそんな事言ってたけど……何なの? 一体赤神って? ていうか、覚醒者って何? 私の事を言ってるの?」

 分けの分からない単語を羅列され、蘭子は混乱した様に質問を重ねた。光月はその一つ一つに丁寧に頷くと自らの口を開いた。

「天道の赤神とは、天道の戦士の最高位を指します。天道には赤神と青神がおり、この二名が天道の最大戦力とされて来たのです。これは代々受け継がれてきた物ですが、赤神だけは長い間、欠位されていたのです。天道の歴史によると、赤神は自らの力を封印し、天道を抜けて一般の民として暮らした為と言われていますが……理由はとにかく、今まではこちらに居る三剣さんが天道の青神として、この地を守ってくれました」

 三剣は静かに佇んでいた。蘭子はこの優男が本当にそんな力を持つのかと疑問を覚える。

「しかし、現在。皆様も御存知の通り、ぬえ人を封印していた三つの神柱の内、二つが壊れ、一部のぬえ人が復活してしまいました。ぬえ人の力は強大です。恐らく、今のままでは残る一つの神柱も壊されるでしょう。そうなれば、冗談では無くこの世界はぬえ人に支配されてしまう。そしてそれを止める術は無いです……いえ、今までは無かった。天道の赤神である蘭子さんが覚醒されるまでは」

 光月は懇願するような視線を蘭子に向けた。

「九龍さん。失礼は承知ですが私達と一緒に戦ってはくれませんか? 今のままでは私達はぬえ人には敵わない。けれど赤神と青神の二人が揃えば可能性はゼロじゃないかも知れない」

「そんな! そんなの駄目!」

 光月の言葉を聞いた時、今まで娘に抱かれていた恭子が悲鳴の様な声をあげた。

「それって、さっきみたいな化け物と蘭子ちゃんが戦うって事でしょ! そんなの許さない! 蘭子ちゃんを貴方殺す気なの!」

 恭子の非難を受けて、光月の顔が苦痛に歪む。

「しかし……戦わなければどちらにせよ。人類は滅ぶ。それには貴方の娘さんも、貴方も入っているのですよ?」

 光月を守る様に、今まで黙っていた三剣が口を開いた。冷静な物言いだったが、それは、恭子を止める理由にはならない。

「それが何よ! 私は……蘭子ちゃんを娘を絶対に戦わせない! 蘭子ちゃんが戦わなきゃ滅ぶ世界なら勝手に滅べば良いわ!」

 その言葉に、蘭子の瞳が潤んだ。利己的でも親の本当の言葉だった。

「…………もう選択肢は残っていないと言うのに」

 三剣が苦々しい顔を浮かべて、反論しようとした時だった。光月はスッと手を伸ばし、三剣の言葉を制する。

「いいのです三剣さん。お母様の言っている事は正しい。無理を言ってるのは私達の方です。見返りも何も無いのに、ただ命を懸けて戦えなんて、そんな事を頼むのは私達がこの世界を守っているという傲慢に他なりませんから」

 三剣は光月がそう言うと、深く言葉を飲み込み静かに目を伏せた。誰よりもこの世界を守る為に力を尽くしている主が自らの行為を傲慢と称すなら、最早自分が発すべき言葉は無かった。

「申し訳ありませんでした蘭子さん。さっきの話は忘れて下さい。でも、恐らく力の事は知りたいでしょうから、それは相談に乗りますし、詳しくお話しますから安心してください」

 無かった事にしていいはずがない……と三剣は思った。自分達がこれまで、どれほどの執念を燃やして、この天道の赤神を探し続けただろうかと。

 三剣は光月の背中を見詰める。天道の二神を束ね、正しい道へと導く事を最大の使命として生きて来た光月。子供の頃から世界を救う事を義務づけられ、やりたい事も出来ず。ただ、使命を全うする為に修行を重ねる日々。それは先程の光月の言葉に代えるなら、見返りも無いのに命を……人生を懸けて戦う事に他ならない。それを思うと、自分でも意識しない内に三剣は自らの拳を固く握り締めていた。確かに、九龍蘭子に戦う理由など無いし、恨み言を言うのはお門違いだろう。それでも、光月を思うとやるせない気持ちで一杯になった。

 そんな事を億尾も出さず蘭子に微笑む光月。蘭子はそんな光月に自らの答えを示す。

「私……一緒に戦ってもいいわよ」

「………………え?」

 一瞬光月の顔がポカンと固まった。予想しなかった言葉に三剣も目を見開いて蘭子を見る。

「ら、蘭子ちゃん! 何言ってるの! 駄目よ! そんなの!」

 恭子がこれ以上無いほどの剣幕で蘭子を怒鳴りつけた。今までどんなに蘭子が反抗的な態度を取っていようが決して怒る事の無かった恭子だが蘭子が傷付くと分かると過敏に反応した。

「お母さん……ありがとう。でもしょうがないよ。このままもし普通の生活に戻ったとしても、私の力はいつ現れるのかも、制御出来るのかも分からない。もし制御出来ないで使ったら、今度は私が化け物扱いされるわ。それならこの人達に付いて、力の使い方を学んだ方が良い」

「蘭子ちゃん。それなら力の使い方だけ教えて貰えばいいじゃない。何も戦う事なんてない」

 泣きそうな顔で恭子が蘭子に縋りつく。しかし、それに蘭子は首を振った。

「私……もう逃げたくないんだ。今までお母さんの事や、離婚の事、他にも色々あったけど、どれ一つとして、ちゃんと話を聞こうとしなかった……それで一杯、色んな物を傷つけてしまったから、もう後悔したくない。私、戦うわ。第三者じゃなく、当事者として、だから、戦いが全部終わったら、お母さん一緒に話をしよう。それまで絶対お母さんは私が守りぬくから」

 そう言って、蘭子は憑き物が落ちたような、清々しい笑みを浮かべた。

「蘭子ちゃん……」

 恭子は涙をボロボロと流す。しかし、もう蘭子を止める様な言葉は言わなかった。

「そういうわけだから。よろしく」

 蘭子がボロボロになった手を差し出す。すると、光月は驚いた様な顔をしていたが、嬉しそうな笑みを浮かべてその手を握った。

「はい。私こそ……よろしくお願いします」

 隣では三剣もほっとした表情を浮かべていた。こうして、天道の赤神と青神が揃った。

「それでは……総本山に案内します。蘭子さん。一応一通りの物はあちらに揃っていますが、準備があれば、お待ちします」

「いや、大丈夫。すぐにでも行けるよ」

「そうですか。では、ご案内します。後は……秋姫様と、そちらの方は……」

「憲次じゃ。相模憲次」

 他の者が話している最中も、黙って体力の回復に努めていた憲次に代わって秋姫が答える。

「相模さんですか……さきほどから、強い力を感じていました。よろしければ、相模さんも一緒に来て下さいますか? これからの事について話もしたいですし」

 光月の言葉に、三剣が慌てて光月に詰め寄る。

「こ、光月様。それはいけません。得体の知れない者を、天道の総本山に連れて行くなど。危険すぎます。それにこの者……ぬえ人の気配が……」

 三剣がそう口にすると、光月は小さく首を振った。

「大丈夫ですよ。相模さんの気配に敵意や悪意は感じられません。それに、正直戦力はどうしても必要です。相模さんが一緒に戦ってくれるなら、ぬえ人にも勝てるかも知れないです」

 光月は憲次の目を真っ直ぐ見た。憲次はその視線には答えず、あさっての方向を見ていた。

「相模さん。宜しければ、相模さんも一緒に来てくれませんか?」

 強制的な物言いでは無かったがその口調には真に憲次に来て貰いたそうな色が滲んでいた。

「…………俺は行かない」

 だが、憲次はその申し出を断った。すると若干だが、光月は傷付いた様な顔をした。

 それにフォローをすると言うわけではないだろうが、憲次が続ける。

「俺は、自分の復讐の為だけに戦ってる。だから、きっと俺は仇を見つけたら、世界の事なんて何も考えずに戦うよ。そんな俺と一緒に居たって意味は無い…………それに」

 憲次は今まで逸らしていた視線を光月に向けた。

「君と一緒に居ると、俺の復讐が少し……ぼやける」

「え…………」

 光月は憲次が言った言葉の意味が分からず硬直した。しかし、理由を問いただそうという気にはなれなかった。それは憲次の瞳に並々ならぬ、悲しみを見たからだった。

「ま、そういう事じゃな。わしは憲次が行かないなら行かん。別に敵は変わらんし、お互いが自由に行動するという事でどうじゃ?」

 秋姫がそう言うと、光月はコクンと一つ頷いた。

「分かりました。けれど、もし私達の助けが必要になったら、いつでも言ってください。全力でサポート致します」

 光月が自然な口調でそう言うと。

「うむ……よかろう」

 秋姫は横柄に頷いた――。

「よろしかったのですか? 行かせてしまって、あの憲次という男、危険です。破滅に向かって行く様な、そんな目をしていました」

 三剣が憲次達の去って行った方角が見ながら、光月に尋ねる。

「はい。確かに……復讐の炎に包まれている方でしたね」

「それでは何故……場合によっては敵になるかも知れません」

 あっけらかんと答えた光月に三剣が問い詰めると、光月は憲次の面影を思い出すように目を閉じた。

「きっと相模さんはああなる前は凄く優しい人だったと思ったんです。何かきっと凄く悲しい事があって、今は心が塞がってしまっているだけ。私、一目見て思ったんです。この人がきっとこの戦いを終わらせてくれるって……この人の優しさが世界を救うんだって」

「…………それは、月の巫女の導きという事ですか?」

 三剣の真剣さとは対照的に、光月はクスクスと楽しそうに笑った。

「いえ、ただの女の感です」

「……! そうですか」

 釣られる様に三剣も笑う。こうして三柱の一人、雷鬼との戦いは完全に終了した……。



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