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天台宮の門  作者: 徳田武威
10/10

エピローグ 日常

最終話です

「やだ。これなんか可愛いんじゃない? ねえ蘭子ちゃん。これも着てみましょうよ」

「お母さん。もう十着目だよ。今日はもう良いんじゃない?」

 蘭子は大量の手荷物を持ちながら、苦笑いを浮かべる。

「え~でも、きっと蘭子ちゃんに似合うと思うの、ね? お願い。後一着だけ……ね?」

 恭子は子供の様にお願いと手を合わせた。蘭子はそれに困った様に笑うと、恭子から服を受け取った。

「はぁ~蘭子ちゃん可愛いわ~。私ずっと蘭子ちゃんに洋服を選んであげたかったの。夢が叶ったわ」

「夢が叶ったって。大げさだね」

 蘭子がからかう様にそう言うと、恭子は首を振った。

「ううん。蘭子ちゃんが無事に帰ってきてくれて、こうして一緒に入れる。それだけで、もう死んでも良いくらい幸せよ」

「ふふ、お母さんが死んだら困るよ。何の為に戦ってたのか分からなくなっちゃう」

「……そうね。本当にそう。これからずっと一緒に居ようね。蘭子ちゃん」

「はは何それ。私もお嫁さんになってどこか行っちゃうんだから。ずっと一緒は無理だよ」

「…………むぅ。蘭子ちゃん。もしかして彼氏が居るの?」

「いや……彼氏はいないけど。好きな人ならいるよ」

 蘭子がそう言うと、恭子は頬を膨らまして、蘭子を見上げる。

「それってもしかして……憲次さん?」

「……う、うん。まあそうだけど」

 それを聞くとますます恭子の頬が膨らんだ。

「確かに憲次さんは結構格好良いけど、お母さんはちょっとどうかと思うわ」

「ちょ、ちょっと、お母さん……」

 突然の憲次批判に蘭子は慌てた。いつもは他人を批判する様な事を恭子は絶対に言わなかったからだ。

「ところで、憲次さんのご職業って何かしら? あの若さだと学生さん? それともフリーターかしら?」

「いや、それはちょっと知らないけど……」

「フリーターならお母さんちょっとどうか思うわ」

「さっきからお母さんちょっとどうなのしか言ってないよ!」

 堪りかねて、蘭子が突っ込んだ。

「だって~蘭子ちゃんが好きなら私も気になるし。蘭子ちゃんとお付き合いするつもりなら、ちゃんと私に挨拶すべきでしょ……お断りするけど」

「断るんだ……って、違うでしょ! 憲次さんはその、私の勝手な片思いなの! だから、憲次さんの事、悪く言っちゃ駄目……ああん、なんか言ってたら悲しくなってきた。もうお母さんなんて知らない」

「あ、うそうそ、蘭子ちゃん。冗談よ! うん。お母さん蘭子ちゃんの恋を応援する! だからこれも着てみましょう。きっと似合うから」

 恭子は慌てた様に取り繕うと、結局最初の話題に戻った。蘭子はそんな母親に微笑ましい物を見たときの様な笑みを浮かべる。

 平穏な日常。炎を操るという異常な力を有しているという事から、蘭子は正直、自らが何らかの制約を受ける物かと思っていたが、天道は意外なほどあっさりと蘭子を元の生活に戻してくれていた。それどころか、赤神の名は有効な様で、天道は何かと蘭子に便宜を図ってくれていた。しかし、元々裕福な家庭だったので、蘭子から特に天道に何かを要求した事は無い。

 何にせよ……蘭子の戦いは終わりこうして絆を持った義理の母と楽しく休日を過ごしていた。

 だが、戦いが終わっても蘭子の中での憲次は全く色褪せない。命を救ってくれたあの日から、情熱の炎は消える事無く燃えていた。

(光月ちゃん。私まだ諦めてないからね)

 心中で自分のライバルの事を思う。すると、蘭子は何だか、くすぐったい様な、楽しい様な気分になった。

「お腹空いちゃったよお母さん。ご飯食べに行こう」

 蘭子は未だ粘る母親の手を取って街に繰り出して行った……。




『チュンチュンチュンチュン』

 草の瑞々しい香りを風が運ぶ。

 周囲には大樹が生い茂り清廉な空気が充満していて、そこに鳥達の澄んだ鳴き声が響く。

 更に差し込む陽の光は草のクッションを受けて柔らかに辺りを照らし、より一層その場の雰囲気を神聖な物にしていた。

 そんな清浄な場所に一つの巨大な石柱が置いてある。

 そしてその石柱の前には両膝を着き、目を閉じて祈る白銀の髪の少女が居た。

「……………………」

 白銀の髪に光が反射して少女の周りをキラキラと輝かせる。一目見ればまるで女神と見間違うほどの美しさと高貴さを少女は兼ね備えていた。

 その静かな表情からは何を考えているかは計れない。

「秋姫様」

 そんな祈りの中、少女の背後から凛とした声が響いた。それと共に現れる姿。ぬえ人三柱の一人、華秦だった。

 だが今は鎧姿では無い。髪を後ろで縛り、シャツにジーパンをラフに着こなしている。鎧の時とは違い。見栄えの良いスタイルがはっきりと分かる格好だった。

「華秦か。どうした?」

 呼ばれた白銀の髪の少女。秋姫が祈りを終えて振り返る。

「お食事が出来ましたのでお呼びに……また、ここにいらっしゃたのですね」

 華秦が石柱を眺めながらそう呟く。その顔は言い知れない寂しさを感じさせた。

「うむ……」

 秋姫は静かに頷くと、華秦を連れて森の中を歩き出す。

「あれから……十年になりますか」

 森の中に自然と出来た道を歩きながら華秦がぽつりと呟く。

「十年……わしらにとっては短い時間じゃな」

 秋姫は独り言とも取れる華秦の言葉に答えた。

「この聖域にやってきて十年。短い時間じゃったが、わしら、ぬえ人達の憎しみも徐々に和らいで来ている」

「それも秋姫様が我らを指導してくださったおかげです。もしあの時、あの戦いで秋姫様が我らを止めてくださらなければ。我らは全滅するまで戦い続けていたでしょう――。

 華秦が言うあの戦い……憲次が銀聖を倒した戦いが終わった後、ぬえ人達は直ぐに矛を下ろしたわけではない。いや、寧ろ大将をやられたぬえ人達は激昂した。再び天道の民の子孫である人間に支配される事を拒み、大将を討った憲次達を皆殺しにしようとしていた。

『やめい……』

 しかし、それを止めたのは秋姫の声だった。城の頂上から太陽を背負い放たれたその神々しい声に今の今まで戦っていたぬえ人達は戦いを中断して自らの裏切り者であり、そして、愛していた姫君を見上げていた。 

「銀聖は……兄様は倒れた。もうぬえ人に勝ち目は無い。戦いは終わったのじゃ」

「馬鹿な終わってなどいない! まだ我は生きている戦える限り戦うのが我らの誇りだ!」

 天から降り注ぐ秋姫の言葉に血気盛んなぬえ人は反論する。

 だが、秋姫はそれに対し自らの身を差し出すように両手を広げた。

「戦える限り戦ってどうなると言うのじゃ……どちらかが滅ぶまで戦って、その先に何がある? わしは五百年前、主らを裏切った……わしはな、もう耐えられんかった。目の前で、自分の大切な物達が傷付け合う事を、じゃから、天道の開祖。道房と共に、劣勢だった主らを天台宮の門に封印した。もしかしたらぬえ人と天道の者、そして人間が分かち合って生きて行ける時代が来るのではないかと、そう希望を持ってな……じゃが、結局お主らの憎しみを消してやる事は出来んかった。主らを受け入れられる世界をこの五百年で作ってこれんかった……」

 秋姫の言葉にぬえ人は一様に耳を傾けていた。傾けさせるだけの力が秋姫の言葉には有った。

「じゃから憎しみがあるのなら全てわしにぶつけろ。わしを殺せ。裏切り者であるわしを殺せ。主らを救えなかった時から、わしは死のうと思っておった。じゃから、わしの命と引き換えにこれだけは約束してくれ」

 その小さい声は不思議と城中に響き渡った。

「全員生きろ。一人も死ぬな。戦うな。命を落とすな……」

 秋姫は眼下の全ての者達に意志を通わす様に透明な瞳で続ける。

「裏切り者と罵られようと臆病者と言われようと……わしはお主らに生きていて欲しいんじゃ……」

 サラサラと秋姫の周りに風が流れる。その風は秋姫の流した涙を戦場に舞わせる。

「主らを生かす事……それがわしの……誇りじゃ」

 そう言って胸の前で握りしめた拳に、銀聖の放った光が集まってくる。その光は秋姫を輝かせその手に小さな宝石を握らせる。それはまるで銀聖が全てを秋姫に託したかの様に見えた。

『ガシャッ……ガシャン、カシャン』 

 武器が地面に落ちる音が城中に鳴り響く。全てのぬえ人が自らの武器を放棄した瞬間だった。

それは闘争の本当の終焉を意味していた。

 秋姫はその光景に堪え切れない様に胸を押さえると一筋の涙を流す。

「皆……ありがとう……」

 美しい音色の声が全員の耳に響いていた――。

 その後、光月が用意しておいた聖域で秋姫達ぬえ人は暮らしていた。光月もまた、ぬえ人と人間の共存を目指していた。それ故に秋姫達は敗者ながら、人の立ち入る事のない穏やかな場所で暮らしている。

「ですが……よろしかったのですか? 秋姫様は望めば人間界に居る事も可能だったはずです。今からだって秋姫様が望むならば……」

 華秦が心底申し訳なそうに秋姫に尋ねた。それに秋姫は首を横に振る。

「いいんじゃよ別に」

 そう言って秋姫は自らの懐に手を伸ばした。そしてがさごそと探り、何かを掴み出す。

 その手には二本のチョコレートバーが握られていた。

 その一本を秋姫は華秦に差し出す。華秦は戸惑いながらもチョコレートバーを受け取った。

「はむ……あむ」

 それを確認すると秋姫は自らのチョコレートバーを口一杯に頬張る。口の周りにべっとりとチョコレートをつける様はとてもぬえ人の姫君とは思えない。

「わひぃは……あむ、あむ……これが有れば良い」

 しかし、そんな事に構う事無く、秋姫はチョコレートバーの味を堪能しながらその容姿に似合う子供っぽい笑みを浮かべてそう言った。




「う~ん。良い天気で~す」

 麦わら帽子を被った光月が公園の芝生の上で太陽を思いっきり浴びながら背伸びする。

 白いワンピースを着たその姿はまるで映画に出て来る嬢様の様だった。清楚なイメージの光月に良く似合っている。

「ああ、そうだね」

 そんな光月の言葉にどこかのんびりと憲次は応える。憲次の恰好はあまりファッションに興味が無いせいか。Tシャツにジーパンといつもの普段着だった。

 憲次の顔は戦っていた頃に比べるとまるで別人の様に穏やかだった。学生の頃の様にどこか脱力していて、見ようによってはだらしない。

「う~ん。気持ち良い~」

 光月は目を細めると上機嫌にクルクルと踊り出した。その艶々な黒髪と美貌が周囲の人間の目を惹く。

 だが、光月はそんな事は気にも留めない。そんな光月の代わりに憲次が恥ずかしくなった。

「ねえねえ憲次さん。ここら辺で良いんじゃないですか? お腹も空いてきましたし、お昼にしましょう」

 光月はスキップする様に近づくと甘える様に憲次の腕に抱きつく。するとそんな羨ましい状況の憲次に周囲の男性から視線が突き刺さった。

 何とも居た堪れない気分を味わいながらも憲次は苦笑いを浮かべて持っていた荷物を下ろした。そしてシートを広げ二人が座れるスペースを作る。

「今日は、朝から起きてお弁当作って来たんですよ。何を作ったか分かります?」

 光月が鞄から弁当箱を取り出して悪戯っぽい笑顔で憲次に尋ねた。しかし、それに憲次は苦笑い。

「分かるよ。サンドイッチでしょ? 家を出る前に自慢げに話してたじゃない」

「もう! 分かっててもそういう時は分からないフリをしてくれなきゃ駄目です! ハイ、もう一回やり直し!」

 光月はコツンと憲次の頭を叩くと咳払いして再び弁当箱を取り出す。  

「今日は、朝から起きてお弁当作って来たんですよ。何を作ったか分かります?」

「う~わ~何かな~。おにぎりかな?」

 若干棒読みながらそんなノリに憲次は付き合う。

「惜しいです。正解は……サンドイッチでした! どうです憲次さん。美味しそうでしょ?」

 満面の笑みを浮かべて光月が弁当箱の中のサンドイッチを差し出す。

 弁当箱に敷き詰められたサンドイッチは色とりどりで美味しそうだった。

「うん。本当に美味しそうだね……食べていい?」

「はい。どうぞ」

 憲次は促されるままサンドイッチに手を伸ばす。

「どうです?」

 光月が何かを求めるかの様に上目遣いで憲次を見た。憲次はそれに微笑むと髪をくしゃくしゃと撫でる。

「美味しいよ凄く」

「ふふふ……」

 それにくすぐったそうに光月が目を細めた。その顔に憲次はどこか懐かしい気持ちになる。

「あの戦いからもう十年も経つんですね……」

 食事をしながら光月が遠い目で風景を眺める。

「そうだな……」

 憲次もサンドイッチを口に咥えながら頷いた。そして今までの十年間を思う。

 銀聖のとの決戦以降、憲次が戦いに身を投じる事は無かった。

 だが、あれで全てが終わったわけでは無く。後に天台宮の結界は破れ、世界中の各地に封印されていたぬえ人達が復活した。

 だが、それらは殆どが秋姫によって説得され、秋姫の統率する集団に入っていった。

「まだ問題は山積みじゃ、ぬえ人の中には今回の結論に納得しておらん者もおる。しかし、まあ、百年くらいは抑えてやるわ。じゃからお主らには関係の無い話じゃな」

 その言葉の通り、秋姫は大多数のぬえ人を完全に統治した。

 しかし封印が解けた後、秋姫の庇護下には入らず、憎しみを持って人間を襲うぬえ人もいた。

 天道はそういった者達を捕まえ、改心させる為に天道で保護した。それを主だってやってきたのが光月だ。光月は十年間、その大役を務め上げ、最早ぬえ人が人間を襲うという事件は起きなくなった。光月はそうして月の巫女としての仕事を全うしたのだった。

「本当に大変でしたねこの十年間は」

「俺は何もしてないけどね」

 光月の言葉に戦っていない憲次は同意しかねて苦笑いを浮かべた。しかし、そんな憲次に光月は首を振る。

「いいえ。憲次さんが隣で支えてくれたから、私は頑張って来れたんです。いつだって泣きたい時は憲次さんが泣かしてくれましたから……それに、憲次さんとデートしたら、辛い事なんてすっかり忘れちゃいました」

 光月がコトンと頭を憲次の肩に乗せた。暖かな体温を憲次はその肩に感じる。

「過ぎてしまえば楽しい事しかありませんでしたね……憲次さんも無事就職出来ましたし」

「…………就職の事にはあまり触れて欲しくなかった……」

「私お嬢様ですから……結構お金かかりますよ?」

「………………努力します」

 市場の中卸業者に就職した憲次は自分の給料を頭の中で計算して、項垂れながらそう答える。

「ふふふ……冗談ですよ冗談……」

 光月は気持ち良さそうに目を閉じた。全てを委ねたその顔に、憲次は優しい笑みを向ける。

 しばらく二人でただ静かに景色を眺めていた。それだけで憲次は全身に気持の良い充実感を感じていた。

「…………憲次さん」

 そんな中、突然、光月が憲次の手を掴んだ。憲次は一瞬びっくりした様な顔をすると、憲次を見詰める光月を見返した。

「どうしたの?」

「実は……一つ素晴らしい発表があります」

「素晴らしい発表?」

 憲次は不思議そうに尋ねる。何だろうと考える。全く覚えが無かった。

「はい。とても素晴らしいことです」

 憲次の疑問に光月は一度頷くと憲次の耳元まで顔を近づけた。

 ふっと匂い立つ甘い香りに憲次がドキドキしていると、光月が耳をくすぐる様に囁く。

「実は……赤ちゃんが出来たんです」

「………………………………へぇ?」

 憲次があんぐりと口を開けて光月を見た。正直何かの聞き違いかと思った。

「赤ちゃんが出来たんです」

 しかし、今度ははっきりと光月がそう言った。

「…………誰の?」

 阿呆の様な顔をしたまま憲次が尋ねる。それに可笑しそうに光月がクスクスと笑った。

「ふふ、私と憲次さんのですよ。この前、お医者様の所に行ったら妊娠してるって。二か月目だそうです」

「え、えええええええええええええええええええええええええええええ!」

 憲次は目を見開いて驚いた。そして壮絶に戸惑う。本当に突然だ。何故今の今まで教えてくれなかったのか。いや、それ以前に自分に子供が出来るなんて……。

 そんな憲次の顔を見て光月はクスクスと口元を押さえて笑う。

「ふふふ、嫌でしたか? 可愛そうでちゅね~パパが認知をしてくれないって~」

 光月が冗談めいた口調でお腹を擦りながらそう言った。それに憲次は慌てて首を振る。

「いや、いや。認める! 認めるよ!」

 憲次のその慌てぶりがツボに嵌ったのか光月はお腹を抱えて笑った。

「私……今、幸せです。こんなに平和になって好きな人の子供を産める……」

 光月は笑い過ぎて眼尻に浮かんだ涙を指で払うと憲次の肩に寄り添う。

「ああ、俺も幸せだよ」

 それに憲次も和やかに微笑んだ。

 十年前にはこんな風に笑う日が来るなんて思ってもみなかった。

(涼香。兄ちゃん今幸せだよ……)

 憲次が涼香の事を考えた時、まるでそれに応える様に一陣の優しい風が憲次の顔を撫でた。

「お腹の赤ちゃんが生まれたら。私……伝えようと思うんです」

「……何を?」

「戦いの事、戦いが終わった後の事、涼香さんの事、そして――」

 言葉を止めて意地悪な表情を浮かべ、光月は憲次の耳元で呟く。

「昔お父さんは無職でお母さんのヒモをしていたんだよって!」  

 光月のその言葉に憲次は――。

「それは…………勘弁して」

 苦笑いしながらそう言った。

                                  〈了〉


最後まで読んでくださる方がいるか分かりませんが。お時間を割いていただきありがとうございます。

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