解き放たれる者
以前最終選考で落選した作品ですが、個人的に気に入っていたので読んでもらえると幸いです。
プロローグ 解き放たれるモノ達。
「光月。我らが宿敵、月の巫女よ。積年の恨みここで晴らさせてもらう!」
月が妖しく輝く中、禍々しく歪んだ刀を手にした男が、くすんだ、どす黒い声で叫ぶ。するとそれだけで、周囲に居た動物達は異様な気配に圧倒され散っていった。
刀……というと、普通の者なら戦国時代とか、そういった時代を思い浮かべるだろう。しかし、日本はとうに近代化しており、年号は平成。まごうことなく法治国家である。刀などを
持っている者は間違いなく逮捕される時代だ。しかし、そんな時代において、男は刀を掲げていた。ここから分かる通り、この男は真っ当ではなかった。それは行動だけではなく。一目見れば分かるほど一般人とは違った。
その異常は男の頭部に顕著に現れていた。何故なら、男の頭部は猟犬のそれであったからだ。だが、胴体は人間の物で、鎧兜をつけている。一言で表すならば、男は化け物であった。その化け物に月光の下、正対する者が二人居る。
一人は腰に刀を携えた、細身の男だった。姿は和服をベースにした武道着の様な物を着ている。顔立ちはアイドルといっても遜色の無いほど綺麗な顔立ちで、凛々しい雰囲気が無ければ、男性さえも魅了してしまいそうなほどだった。
その傍らにひっそりとしかし、凛として立っている女性が居る。こちらは平安貴族が身につけていたような綺麗な着物を着ていた。だが、その綺麗な着物が霞むほど、女性は美しかった。月の光が彼女を中心に集まっているような、幻想的な空気を身に纏っている。
「光月様。お下がりください。ここは私が」
細身の男がスッと前に出た。
「大丈夫ですか? 三剣さん」
光月と呼ばれた少女が心配そうに細身の男、三剣の名を呼ぶ。そこには、先程の幻想的な空気は無く。年相応の幼い顔立ちであった。
「心配要りません光月様。これでも天道が青神の位を預かっている者です。あの程度の者に手間取るようでは、青神は名乗れません」
見る者を虜にする様な甘い表情で、三剣は微笑む。
「ほざけ。若造! 貴様がヨチヨチ歩きをする前から、俺は戦場を駆け抜けて来たわ! 貴様みたいな未熟者とは物が違う!」
犬の化け物が吠える。その恫喝は確かに歴戦の勇士だけが出せる確かな雰囲気があった。
「未熟かどうかは貴様の剣で試してみるが良い。だが……」
三剣が腰の剣に手を添える。それだけで、刀が伸びたかの様に、空気が針に刺された様にピリピリと動いた。
「感想は俺が寿命で死んだ後、地獄で聞くことになるがな」
「ほざけ小僧!」
犬の顔に相応しく、その肢体が風を切って疾走する。およそ人間には体現する事は不可能な、弾丸でさえもかわしてしまいそうな超加速であった。
「千里眼」
三剣が静かに呟き、それと同時に居合い抜きの様に刀を抜き放った。
スルっと、まるですり抜けるかの様に、二人が交差する。常人の目には、二人が接触した様には見えなかっただろう。
「ふふふ、やるでは無いか小僧。俺の一撃をかわすとは、だが、次は外さん」
犬の化け物がにやっと笑い振り返る。だがそれに対し、三剣は振り返る事無く刀を収めた。
「何のつもりだ小僧!」
犬の化け物が激昂する。しかし、そんな相手に三剣は涼やかに答えた。
「言ったはずだ。感想は地獄で聞くと」
「あぁ?」
犬の化け物が首を傾げた時だった。ススゥと、その首がドンドン傾いていく。
「な、なぁ……」
いや傾いて行くのでは無い。首が胴体から徐々に離れているのだ。やがて、驚愕の表情を浮かべながら、首から上が地面に転がった。
「終わりました光月様」
三剣はそんな状況に驚くわけでも無く平然としていた。
「お怪我はありませんか?」
「大丈夫です。かなりのツワモノで、無傷で済んだのは奇跡の様なものですが」
「ふふ、そうですか……では少し失礼します」
光月は安心した様にほっと胸を撫で下ろすと、両手を合わせ合掌した。
「申し訳ありません。せめて魂が安らかに眠れるように……」
光月は今の今まで自分の命を狙っていたモノに対し、謝罪する様に祈りを捧げると、その死体に触った。
すると光に包まれる様にして、死体が量子となって土に返っていく。それはまるで、母なる大地に還って行くようだった。
「光月様。あまり術を多用されますとお体に触ります。すでに大規模な結界を張られているのですから」
「良いんです。私達が奪ったのは命です。その一つ一つを私達は背負わなければいけません」
「ですが……ご無理はなさいませんよう」
「分かりました。ありがとう」
光月は無邪気に微笑んだ。その笑顔を見て、三剣の体から力が抜ける。
光月は立ち上がり周囲を見回した。ビルに囲まれた路地裏。新宿の町並みがそこにはあった。
だが人は一人も居ない。それはここが光月の結界内という事を示していた。
「天台宮の門が開きつつあります」
曇った顔で光月が口にする。それに苦々しい顔を三剣は浮かべた。
「やはり……抑えきれませんか?」
「ええ、初代の術はその力を弱めています。補強も限界です。もう……止める術は無い。だからせめて赤神を仲間にしなければなりませんね」
「申し訳ありません。手は尽くしているのですが、赤神と呼べるような者はまだ……」
「いえ、三剣さんが謝る事では無いのですよ……それに赤神は探せば見つかる者では無く。集う者だと思うのです」
「集う? ですか……」
「はい。運命の導きの元集う者。赤神というのはそういう者です」
光月が空を見つめる。その目は遠く彼方にいる赤神を見ているようだった。