8. 氷の解ける音
江藤さんは、住宅の立ち並ぶ中をスイスイ進み、あっという間に目星をつけた場所までやってきていた。
「ここが昔銭湯だったんだよ。今は変わってるけど」
一見よくある住宅地の古びた一角。駅からそれなりに離れたからか、人通りはほとんど無い。それでも、山の木々は少し整備されていることを除けば(記憶)と寸分違わず僕を迎えた。
「そっか、ここから上がっていけば・・・」
「場所、分かりそう?」
近くに行けば分かるだろう。僕は黙って頷いた。
「それじゃ、あたしはここまでかな」
「えっ・・・あ、ごめん!結局案内させちゃって。用事とかあったよね」
何故か、この後もついてきてくれるものだと思い込んでいた。一人で行くことに、今さら少し怖気づいているのだ。
「大丈夫だよ。遊びに来ただけって言ったでしょ?さすがにあたしがおじいさんの宝物見るわけにはいかないでしょ。ちょっと残念だけど」
「・・・もしよかったら、一緒に来てくれない?」
高校生にもなった男が、なんて情けない。そう分かっていても、誰かに隣にいてほしかった。祖父には、ちょっとした負い目がある。その事実が、ここにきて急に存在を主張し始めていた。
「いいの?」
「うん。実は、1人じゃちょっと緊張しちゃって。誰かと話しながらいけたらなって」
本当に、僕が掘り出していいのだろうか。祖父は、それを望んでいるのだろうか。
1人だと、手が止まってしまいそうだ。
「そっか。いいよ、ここまで来たら最後まで付き合ってあげよう」
「ありがとう。助かるよ」
「そうと決まればレッツゴー!」
明るい声で進んでいく江藤さんの目は、この上なく活き活きとしている。
人生を諦めた僕に、そんな彼女は残酷な程に眩しい。僕は足を速めて先を歩いた。
「・・・この辺、かな」
(記憶)と変わらない景色。子供の足でも、十分に来れる距離だ。
祖父は、あの一件の後少しずらして埋めなおしたらしい。
せめて、自分の(お宝)だけは。そこに込めた、想いだけは。そう願って。
持って来たスコップで、ゆっくりと掘り進める。
「・・・若松君って、意外に熱い人だったんだね」
「へっ?」
思いもよらぬ言葉に、僕は手を止めて顔を上げた。江藤さんの顔に、からかいの色はない。
「千歳からは(妙に冷めた奴)って聞いてたからさ。おじいさんの宝物探しになんて、ちょっと意外だったんだ。」
大人びている。冷めている。志津子おばちゃん以外にも、よく言われる言葉だ。どうやら僕の諦めは、世間からはそう見えるらしい。
「・・・そんなんじゃないよ」
自分の作った穴に、視線を戻す。
「僕は、おじいちゃんの葬儀で泣けなかったんだから」
口下手なりに、精一杯僕を可愛がってくれた祖父だった。それなのに、その葬儀で僕は一滴も涙を流していない。(記憶)で麻痺しているとはいえ、我ながら呆れるくらい冷たい人間だ。
「神谷さんの言ってたように、冷たい人間なんだよ。僕は」
「・・・冷たい人間は、こんなに人のために動いたりしないよ。」
僕の向かいにしゃがみ込んでいた江藤さんは、真剣に僕を見据えていた。
「泣かないのは冷たいからじゃない。若松君が強いからだよ。大好きな人が亡くなったからって、泣くことが全てじゃないんだから」
周りにいくら泣かなくて偉いね、なんて褒められても、泣けなかったという負い目は消えることがなかった。祖父のことは、好きだったはずなのに。
そんなわだかまりを一瞬で吹き飛ばすほどに、江藤さんの言葉はあっさりと僕の胸へとしみ込んでいった。
穴を掘る手が、今までよりもずっと軽い。
「・・・ありがとう。気が楽になったよ」
僕がそう答えるのと同時に、スコップが鈍い音を立てた。