6.休日の昼下がり
3年に進級して、初めての休日。僕は電車で数駅の町へと足を運んだ。祖父と志津子おばちゃんは、昔このあたりに住んでいたらしい。祖父母がなくなる前は一緒に暮らしていたから、この辺にはあまり来たことがない。駅を出て、まずは案内を見ながら辺りを確認することから始めなければならなかった。
「・・・若松君?」
今乗ってきた電車の出る音に混ざって、その声は確かに僕を呼んだ。
「!江藤さん」
「やっぱり!びっくりした、何してんの?」
徒歩通学でしている僕の家の最寄駅は、高校の最寄駅でもある。数駅しか離れていないここなら、うちの高校の生徒がいてもおかしくはない。こんなにすぐに知り合いに会うとは思っていなかったけれど。
「いや、ちょっとね・・・江藤さんは?家この辺なの?」
「ううん。もう1駅隣だよ。あたし、休みの日にこうやって出かけるの好きなんだ」
そういって揺れた彼女の髪を、シンプルなヘアピンが受け止めた。
今日は休みでお互い私服だけど、そこだけは学校と変わっていない。
彼女の、お気に入りなのだろうか。
「そうなんだ。案内板みたけど、ここ色々ありそうだもんね」
おかげで、目的地の検討すらつかない。
「若松君は?キョロキョロしてたけど・・・もしかして、迷った?」
「・・・何でそんなに嬉しそうなのさ」
まるで、僕が迷っていることを期待しているようだ。
「違っ、そうじゃなくて・・・あたし、地図が大好きなんだよね」
「地図・・・?」
「そっ!どこに何があるかなーとか、想像するだけでワクワクしない!?」
キラキラして目で力説されても、今一つピンとこない。僕は曖昧に頷いた。
「だから、あたしが言いたいのはこの辺の地図なら頭に入ってるから案内できるよってこと!」
「あぁ、そういうこと・・・」
正直、右も左も分からないこの状況で、その申し出はかなり有りがたい。けれど
「ありがとう。でも、多分江藤さんにも分からないと思うよ。何せ、何十年も前の話で、手がかりがないんだ」
「?どういうこと?」
「何て言えばいいのかな・・・僕のおじいちゃんが、数年前に亡くなったんだけどね?亡くなる前に頼みごとをされたんだ。」
上手に嘘をつくコツは、本当のことに少しの嘘を混ぜることだと、聞いたことがある。亡くなったのは本当。けれど、頼みごとをされたなんていうのは、真っ赤な嘘だ。
「それが、妹と埋めたタイムカプセルを掘り出してくれってことだったんだけど・・・何せ何十年も前の話だから、手が出せなくてさ」
「でも、今探してるってことは何か分かったの?」
江藤さんの目には、少年のような好奇心が輝いていた。心が枯れている僕には、その輝きがまぶしい。
「分かったというより、ヒントが増えた感じかな。この間、その妹さんに会ったんだ。それで、少し話を聞いたんだよ。それでこの辺らしいってことで来てみたんだけど・・・やっぱり難しいね。変わってて、聞いてたのと違いすぎて分かんないや」
僕は苦笑して、お手上げだと両手を上げて見せた。もちろん、このまま退く気はないけれど、江藤さんを付き合わせるわけにもいかない。
「・・・それって、何年前くらいの話か分かる?」
「え?えーと・・・大体70年前くらいのことだと思うけど」
祖父の亡くなった年齢と(記憶)での祖父たちの年齢を考えるとその位だろう。
「他には?何か、目印になるようなものある?」
「目印・・・」
言われるままに、(記憶)をもう一度なぞる。江藤さんがあまりにも真剣に聞いてくれるものだから、自然と素直に口が動いていた。
「・・・銭湯」
(記憶)の中で、一番目印になりそうなもの。確か、祖父が埋めた場所に行く前、山の入り口のところにあったはずだ。
「銭湯か・・・もしかして、山の近く?」
「えっ・・・」
僕の反応を見て、江藤さんは不敵に口角を上げた。
「ふっふっふっ、あたしを舐めてもらっちゃ困るなぁ。さっ、行くよ!」
「行くって・・・」
僕より一回りは小さい背中は、ズンズン街へと進んでいく。
「タイムカプセル、探しに行くんでしょ」
自信に満ちた背中はとても頼もしくて、僕はつられるように歩を進めた。