51.雨粒照らす、夏の夜
夏奈の気持ちなんて知る由もなく、淡々と面談は進んでいく。
「それでは、志望校の変更はなし、ということで」
「えぇ、それでお願いします」
何が三者だ。最初から最後まで、母親と担任しか話していない。夏奈はただうつむいて、時が過ぎるのを待った。じあk
「それでは、面談は以上ということで」
「ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします」
「ありがとう、ございました・・・」
叶が持っていたのと同じ紙を、遠ざけるように何度を折りたたむ。教室を出ると、母はくたびれたように肩を落とした。
「英語は調子悪かったけど、数学は上がってたわね。良く頑張りました」
「うん・・・ありがと」
一時間くらいしか経っていないのに、夕日の差す廊下はひどく暗く感じる。夏奈は無意識に叶と話してた場所から目を逸らした。
夏奈の進路希望を聞くと、皆同じような反応をする。お似合いだね、頑張ってね、なんて、何も知らずに笑うのだ。今までは、そう言われても流してきた。どうして、叶にはあんな言い方をしてしまったんだろう。罪悪感が、夏奈の首を絞めていく。逃げるように母と別れ、どこへ向うでもなく歩を進めた。
運動部の掛け声も、吹奏楽部の演奏も。
青春の音たちは、今の夏奈にとってはノイズでしかなかった。
できるだけ、静かな場所に行きたい。歩き疲れた夏奈は、図書館へと足を踏み入れた。
「期限は一週間なんで、○日までに返却お願いしまーす」
人がほとんどいない図書館に、やる気のない声と貸し出しの電子音だけが響く。適当な席に腰を下ろし、夏奈はぼんやりとカウンター前の人影がはけるのを眺めていた。夕日の中、カウンターの中の人物は気が抜けたように欠伸をしている。茶色がかった瞳に涙が乗り、いつもより透明に輝いていた。いつ気づくだろう。ひっそりと見守りながら、夏奈はしばし夕日の暖かさに浸っていた。カウンターの向こうで、ゆっくりと目が開く。
「・・・げっ」
少し離れていても聞こえる、本気の声。夏奈と目があるなり、時雨は整った顔を限界まで歪めた。とってつけたような会釈が彼らしい。
(・・・やっぱり、似てるなぁ・・・)
時雨に黙って手を振って、不自然にならないよう先ほどの紙を手に取った。とはいえ、今の気分で集中できるはずもない。うつむく理由があれば、それでよかったのだ。頭に入ってこない数字達を、徒に指でなぞる。点数なんてどうでもいい。夕日に紛れたはずの自己嫌悪は、夜を先取るように夏奈の心を覆い尽くした。
(何も知らない若に八つ当たりして・・・あたし、最低だ・・・)
「具合でも悪いのかよ」
夜がきた、と思った。暗くなったのに怖くない、満月のような夜が。顔をあげると、帰り支度を済ませた時雨がこちらを見下ろしていた。
「し、ぐれくん・・・当番終わったの?お疲れ様」
「ん、4時半まで・・・あんたがあんまりにも座ったまま動かねぇから、どうしたのかなって」
「あ・・・何でもないよ!体調も悪くないし。ありがとうね」
「ふぅん・・・ならいいけど」
夏奈には、この後輩が解らない。何故、夏奈の向かいに腰を下ろすのか。詮索するような目を、夏奈に向けているのか。
「なにそれ。テストの結果?」
「わーっ!?ま、見ないでっ!」
「わ、悪かったよ・・・」
確かに、これでは見てくれと言っているようなものだ。クシャクシャになるのも気にせず、鞄へと放り込んだ。時雨の目は、未だ夏奈をとらえている。じりじりと、焦がすように。
この子は、誰よりもフラットに世界を見ているのかもしれない。ふと、夏奈はそんなことを想った。自分の感情も利害もなく、ただそこに在る事実を見る、誰よりも純真な人間なのではないかと。
「・・・ねぇ、しぐれ君」
「ん?」
この目には勝てない。夏奈はすがるように顔を上げて口を開いた。
「どーしよぉ・・・若に嫌われちゃったかもっ・・・!」
「・・・はぁ?」
先ほどのやり取りを思い出しただけで泣きそうになる。しかし、一連の出来事を説明しても、時雨の表情が変わることはなかった。
「・・・なんだ、そんなことかよ」
「!?なっ、そんなことって、そんな言い方しなくてもいいじゃん!あたしは本気で・・・」
「ありえねぇもん。あの人があんたを嫌うなんて」
同情も慰めもない、ただの事実。あまりにも淡々というものだから、夏奈は言葉を失った。
「あの人さ、あんたが思ってる以上にあんたに懐いてるよ。オレでも分かるくらい」
「でも・・・あたし今日ひどいこと言ったし・・・」
「大丈夫だって。あの人、馬鹿がつくくらいのお人好しじゃん。むしろ向こうが嫌われちゃったー、って大騒ぎしてんじゃねぇの」
「しぐれ君って、若に厳しいよね・・・」
何が、彼にここまで言わせるのだろう。叶は、あんなにも穏やかで優しいのに。
「若のこと、嫌いなの?」
「別に。ただ、見てたらイライラするだけだよ」
「若はいい人だよ?なんで・・・」
「あぁ、お人好しで思い出した」
夏奈の質問なんて答える気が無いとでも言いたげに、時雨は声を重ねた。
「前に、あんたの前であの人が倒れたことあっただろ」
「・・・それが何」
あの時、叶がどれだけ傷ついたかも知らないくせに。夏奈が睨んでも、時雨はたじろぐことなく言葉を続けた。
「あの時、あんたすげー心配してたじゃん。そんな相手のことそう簡単に見捨てたりなんかしねぇよ、あの人は」
「それは・・・」
確かに、叶は夏奈を見捨てたりはしないだろう。けれど、謝って、許されて、それでいいのだろうか。
「あの人と、仲直りしたいんだろ?」
「それは、勿論」
「なら、ちゃんと話して謝らねぇと。話はそれからだろ」
単純明快で、核心をついている。憑き物が落ちたように、目の前がハッキリと見えた。怯える必要なんてない、ただの夕暮れだ。
「そっか・・・確かに!まずは謝ってからだよね!ありがと、しぐれ君!」
「別に。オレは何もしてねぇよ」
夏奈の礼に、時雨は居心地悪そうに立ち上がった。
「オレ、窓の鍵だけ確認して帰るから。暗くなる前に帰れば」
「そうする。落ち着いたらお腹すいちゃった。またね、しぐれ君」
「ん・・・」
元気を取り戻した夏奈の髪が、夕日を追いかけるように跳ねている。
「・・・しっかりしろよな。あの人を理解してやれるの、あんただけなんだから」
時雨の呟きは、夕暮れと夜の間に紛れて消えたのだった。
リアルが忙しすぎて2か月あいてしまいました・・・今月中にこの章は終わらせます!
お付き合いいただけると幸いです




