49.見えた希望が影を作る
将来の夢は何?なんて、大人は簡単に訊いてくる。
君たちは若いから何にでもなれる。未来は希望で一杯だ。
物語の中は、そんな言葉で溢れ返っている。
残念ながら、こんな体質の僕には未来なんて不安と絶望しかないわけで。
「あんた、もっと真剣に将来のこと考えなさいよ」
夏休み前最後の三者面談。無事終わったと伸びをする僕に、母は厳しい口調で言った。
「?ちゃんと考えてるよ」
「嘘ね。志望校、全部うちから通える範囲じゃない」
「それは、そうだけど・・・」
一応、それぞれに尤もらしい理由はつけてあったのだけど、お見通しだったようだ。
「もう一度よく考えてみなさい。一生に一度なんだから」
「・・・分かったよ」
とはいえ、多少考えたところで何かが変わるとも思えない。母も理解しているのか、それ以上何か言うことなく歩を進めた。僕も、数歩遅れて後に続いた。
あの日、母の記憶を(思い出)して以来、母との間には確かな溝がある。僅かでも、はっきりとその存在を主張してくる指先の傷のように。手当のしようもない痛みがあった。
「あっ、若ー!面談終わった?」
痛みを紛らわしてくれる、明るい声。無意識にだれていた頭を、グッとあげる。
「今終わったところだよ。なっちゃんはこれから?」
「あと一時間あるけどね。緊張するよー」
「模試返ってくるよ。数学難しかったやつ」
「イヤーッ!あれ自信ないのに・・・」
「・・・叶」
母の存在を、すっかり忘れていた。思わず、飛び上がり悲鳴の一つでもあげそうになる。
「あ、えっと・・・クラスメイトの江藤さん」
「こんにちは。若松君にはいつもお世話になってますー」
母は僕を見て、なっちゃんを見て、
「あんた・・・忠君と吹雪ちゃん以外にも友達いたのね」
と至極感慨深げに呟いた。
「母さんは僕をなんだと・・・」
「だってあの二人以外連れてきたことないじゃない。学校で上手くやれてるか心配してたのよ?」
大きなお世話というものである。心外だと膨れる僕の横で、母は見たことも無いような笑みを見せた。
「江藤さん。この子、何考えてるかよく分からないと思うけど、仲良くしてやってね」
「母さん、子供じゃないんだから・・・」
分からないんじゃない。分かろうともしていないし、僕だって分かってもらおうとしていないのだ。慣れない会話に、どうにも返しがぎこちなくなる。なっちゃんはそんな僕を微笑ましそうに見つめていた。
「それじゃぁ、私は帰るけどあんまり遅くならないようにね。それと、さっきのことちゃんと考えなさいよ」
「・・・分かったよ」
友人んの前で念押しをすれば効くと思ったのだろう。母は満足そうになっちゃんに微笑みかけて昇降口に向かった。最後の一言が気になったのか、なっちゃんの視線が、母の背中と僕の間を忙しなく泳いでいる。
「・・・若、大丈夫?何かあった?」
母の姿が見えなくなってから、なっちゃんは恐る恐る口を開いた。
「何でもないよ、大丈夫。怒ってるわけじゃないんだ・・・志望校、考え直せって言われただけ」
「えっ、今から?」
「そ。一応決めてたんだけど、近場で妥協したんだろうって見抜かれちゃってね。一から考え直し」
手の中で丸まった紙に視線を落とす。こんなもの、何の価値もないのに。
周りになっちゃん以外いないのをいいことに、僕は気を抜いて壁にもたれかかった。
「別に、どこに行っても変わんないよ。どうせ何かしら(思い出す)羽目になるんだ。どうせなら住んでる環境だけでも変えたくなくて、近場にしたのにさ」
新しい学校に、新しく詰め込まれる知識。そして、新しい人間関係。不安要素は尽きやしない。
「将来のこともっと真剣に考えろなんて、簡単に言ってくれるよ」
(記憶)という地雷の上を歩く僕の気持ちなんて、知りもしないで。
吐き捨てた愚痴なんて何の価値もないのに、なっちゃんは全てを拾い上げるように神妙な顔で僕を見据えていた。自分の矮小さを突きつけられているようで、胸が苦しい。謝ろうと口を開いたところで、なっちゃんがそうだ、と声を上げた。
「・・・それならさ、いっそ最先端を目指すのはどうかな!」
「最、先端・・・?」
昔、忠達と遊んだロボット戦隊ものが頭に浮かぶ。こんな僕でも、幼い頃は無邪気に憧れたりしたものだ。
「工学部とか、科学系の学部とか!最新の技術なら、思い出すことも少ないんじゃない?」
「あぁ・・・そっか」
まるで、もともと自分の中に在ったかのように、なっちゃんの言葉は僕の中にしみ込んでいった。何より、嬉しかった。
「ありがとう、考えてみるよ」
誰かが、僕のために考えてくれたこと。その先に少しでも希望があると、信じてくれていることが、たまらなく、嬉しかったのだ。誰かの一言で将来を決めるなんて、安易すぎるだろうか。けれどその一言は、今の僕が何より欲していたものだった。
僕は、いつだって助けられてばかりだ。よかった、と笑ってくれるなっちゃんに、何かを返したい。柄にもなくそう思った。
進路に希望が見えて、浮かれていたのかもしれない。
「そういえば、なっちゃんは進路どうするの?」
返すために、なっちゃんのことをもっと知りたい。馬鹿な僕は、軽々しく口を開いた。
「えっ・・・あたし?」
「うん。聞いたことなかったなって」
もしもやり直せるなら、この時の自分を全力でとめたと思う。なっちゃんの表情が曇ったことにすら気づかない自分を、ぶん殴っていただろう。
「あたし、は、保育士かな・・・免許とれるとこいこうかなって」
「保育士かぁ。なっちゃんに似合うね」
子供たちに慕われている姿が目に浮かぶ。呑気すぎるうかつな発言だった。
「若も・・・そんなこというんだ」
「え・・・?」
「あたしのこと何も知らないくせに!分かったようなこと言わないでよ!!」
怒鳴る声でも、怒りにまかせてたたかれた肩でもない。
普段笑ってばかりの友人の涙が、何より痛かった。
「な、っちゃ・・・」
間抜けな僕は、走り去る彼女の名前を呼ぶのが精一杯だった。
お久しぶりです
今回は進路編になります
進路編はあらかたできているので、しばらくは短いスパンで投稿できるかと思います
マイペース更新ですが、お付き合いいただけると幸いです




