46.少女漫画と男子高校生
晴耕雨読、なんて言葉がある。梅雨に入って雨の日が増えるこの時期は、教室で過ごす人が格段に多い。皆が大人しく読書なんてするはずもなく、雨の日は頭が痛くなる僕を憂鬱にさせていた。
「ねーねー若!」
「んー・・・?」
斜め前から飛んできた甲高い声に、返事がおざなりになったのは許してほしい。重い頭を上げると、太陽の代わりとばかりに晴れ晴れとした顔のなっちゃんが立っていた。
「どうかした?」
なっちゃんの抱える漫画の表紙で、現実離れした色の髪が踊っている。このタイミングでは少々目に痛い。
「この漫画今はまってるんだけど、若も読まない?」
「へっ、僕が?」
キラキラした表紙は、見覚えがある。どうあがいても恋愛主体の少女漫画だ。男子高校生には少々似合わない。
「夏奈あんた、若松にまで布教しようとしてんの?」
一連の流れをみていた神谷さんが、呆れたように口を挟んだ。なっちゃんの口が、拗ねたようにとがる。
「だって、千歳に勧めても全然読んでくれないじゃん!」
「少女漫画なんてガラじゃないわよ私は」
それを言うなら、僕の方がガラじゃない気がするのだけれど。
「と、いうわけで語れる相手がいなくてさー。若、どう?」
なっちゃんはお構いなしに僕へと本を突き出した。変なセールスを受けている気分になるのは何故だろう。
「あー、いや、僕は・・・」
「一巻読めば絶対はまるから!一巻だけでも読んでみない?ね?」
頭も痛いことだし、適当に濁そう。そう思った僕の目論見は、なっちゃんの熱意にあっさりとへし折られた。この様子では、ちょっとやそっとでは退きそうにない。
「実は・・・僕それ読んだことあるんだ。吹雪がはまっててね」
女子というのは、他人と共有しないと死んでしまう生き物なんだろうか。つい先日、吹雪から読んでおくようにと部屋に置いて行かれたのが、まさに今なっちゃんが抱いている本だった。尚、感想を求められるので、流し読みは許されない。
「え!?吹雪ちゃん読んでるの?」
「全巻置いて行かれたよ・・・今一番はまってるんじゃないかな」
「うわぁぁ嬉しい!面白いのに全然読んでる人いなくてさぁ!」
「吹雪も同じこと言ってたよ」
吹雪は女子に甘いところがあるから、なっちゃんのように友達に強く勧めることができない。その分、僕や忠に我儘を言うのはご愛嬌だ。
「よかったら今度話に付き合ってやってよ。向こうも語りたくてウズウズしてるからさ」
「勿論!いいこときいちゃった!」
これで少しでも吹雪からの圧力が減るといいな、なんて
「これ、主人公の速水くんがかっこいいんだよねー」
なっちゃんが幸せそうに本をめくる横で、神谷さんがほんの少しだけ眉を上げたのを、僕は見逃さなかった。
「?どうかした?若」
「え?あぁいや・・・なっちゃん。それ、速水って読むんだよ」
「へ?でもこれ普通は(はやみ)って読むんじゃ・・・」
「普通は、ね。よく間違われるって作者もコメントしてたよ」
僕も初めは(はやみ)だと思っていた。勿論すぐに吹雪から訂正をくらったけれど。
「あっ、あたし次移動じゃん!そろそろ行かないと」
「地理組は大変ねぇ」
「好きだからいいの!じゃっ、いってきまーす!」
当然のように、なっちゃんは地理を選択している。日本史選択の僕や神谷さんは引き続きこの教室で授業を受けるというわけだ。なっちゃんを見送って、僕は自分の席に戻ろうとする神谷さんに声をかけた。
「神谷さん、実はあの漫画読んでるでしょ」
「ば!?」
この時感じた恐怖を、僕は一生忘れないだろう。鬼の形相で迫る神谷さんの、口をふさぎに来る手。僕よりも小さいはずのその手に、本能的な恐怖を感じた僕は思わず上体をのけぞらせていた。
「な、何言って・・・」
「いや、さっきなっちゃんが(はやみ)って読んだとき引っ掛かったような顔してたから。(はやみず)に読み間違えたならまだしも、(はやみ)が間違いだって知ってるのはあの漫画読んでる人くらいだからね」
「・・・夏奈には言わないでよ」
こんなに必死になる神谷さんは珍しい。僕は湧き上がる微笑ましさを抑えて頷いた。
「隠すことないのに」
「簡単に言わないでよ。ガラじゃないって言ってるでしょ」
「少なくとも僕らよりは似合ってると思うけどね」
僕の忍ばせたヒントに気付くことなく、神谷さんは渋い顔をしながら席に着いた。
お久しぶりです!!(覚えていてくださった方いらっしゃるのだろうか・・・)
2月更新とかいってましたが、結局3月後半のこの体たらくです申し訳ない・・・OTZ
しばらく日常パートが続くかと思いますが、お付き合いいただけると幸いです(ーv-*




