42.2人の立ち位置
「あっ、このチョコ新作じゃない!さすがおばさん、分かってる!」
不機嫌そうだった割に、幼馴染のお菓子を頬張る様子はいつもと変わらなかった。
「よくそんな甘ったるいもん食えるな・・・」
コーヒーの微糖すら飲めない程甘いものが苦手な忠平には、到底理解できない。
「甘ったるいって何よ。これまだビターでましな方なんだから」
チョコを口に放り込みながら、吹雪は分かってないとでも言いたげに肩をすくめた。
「まぁ、この前叶が食ってたのよりはましだろうな」
あの男はあれでいて、忠平が吐きそうになるほど甘いものでも、ケロリとした顔で食っていたりする。この間は叶が食べていたクッキーを興味本位でつまんだが、クッキー恐怖症にならんばかりの甘さだった。思い出しただけでも胸焼けしそうになる。
「あんたがあの人と同じもの食べられるわけないでしょ。私ですら、甘すぎて食べられないときがあるんだから」
「あいつ将来糖尿になるんじゃないか?」
制服の上着をかけて振り向くと、吹雪は浮かない顔でチョコの包み紙をいじっていた。これは、拗ねている時の表情だ。
(あぁ、あの人、なぁ・・・)
叶のことをわざわざ(あの人)呼びしたのも、関係があるのだろう。そういえば、この前叶と目が合った時は眼を逸らしていた。
「それで?叶と喧嘩でもしたか」
上手い切りだし方なんて分からないし、期待されてもいないだろう。忠平が直球で切り込むと、吹雪はふてくされたようにうつむいた。
「別に、喧嘩したわけじゃないわ。私が、一方的に・・・」
「お前が?叶になんかしたのか?でもあいつは何も言ってなかったし、お前に目ぇ逸らされて本気でへこんでたぞ」
気丈に笑っていたが、あれは相当気にしている顔だった。忠平には分かる。
「・・・叶、最近変わったと思わない?」
「叶が?・・・どうだろうな」
心当たりがないわけではない。けれど、あえて気づいていないふりをして、忠平は煎餅に手を伸ばした。なんとなく、今は吹雪の話を聞いたほうがいい気がしたのだ。
「絶対に変わったわよ。憑き物が落ちたとでもいうのかしら。なんだか、吹っ切れたような顔をするようになったわ」
「あぁ、それは分かる気がするな」
特に、先日叶が学校で倒れた日からそれが顕著になっている気がする。
「でしょう!?やっぱり何かあったのよ!」
忠平の肯定に、吹雪は身を乗り出して声を上げた。クシャクシャになったチョコの包みが床に転がる。
「何かって何だよ。大体、憑き物が落ちたならいい傾向だろ」
「話してた、らしいの・・・」
膝を立てて、吹雪は閉じこもるように顔を隠した。
「は?話してたって、誰に、何を?」
「いくら鈍いあんたでも気づいてるでしょ?叶が、昔から何か隠し事してるの」
「!・・・どうした、急に」
思い当たる節はいくつもある。忠平はあえて今まで触れずに来た。それが叶との間では(当たり前)だったから。吹雪も、あえて触れないのだろうとばかり思っていた。
「今さら、何とかしてやりたいとでも言うのか?」
本当は、ずっと知りたかったのだろうか。
「私だって・・・叶がいつか話してくれればって、いつかは打ち明けてくれるって思ってたわよ」
いじけた子供のような、今にも消えてしまいそうな声。
「でも叶は、私でもあんたでもなくて、江藤先輩に打ち明けたのよ」
「江藤に・・・?」
確かに、夏奈と叶は仲がいい。しかし、だからといってあの叶が大人しく全てを話すだろうか。忠平にはにわかに信じられなかった。
「江藤先輩に訊いてみたら、、知ったのは偶然だったそうよ」
吹雪も同じことを考えたのか、本当のところは分からないけど、と付け加えた。
「叶のこと、信頼してあげてって言われたわ。叶が私を信頼していないのか、私が叶を信頼していないのか、どっちなのかしらね」
膝の向こうから、自嘲的なため息が聞こえる。今の吹雪に、何が言えるだろう。長い付き合い、それでいて打ち明けられていないのは、忠平も同じだ。しばらく悩んで、忠平は吹雪の頭に手をのせた。
「そんな顔するな。今までの叶を否定してやるなよ」
「?どういう意味」
誰にも言えず、18年。その苦労は、きっと忠平達には想像すらできない。
「よくあるだろ、いじめられてたの人間が打ち明けたときなんでもっと早く言わなかったんだって言うの。俺、あれが大嫌いでな。そいつの耐えてきた苦労を、全否定してるだろ」
どうして、それまで耐えてきたことを一言で無にしてしまうのか。
「叶だって、今までずっと頑張ってきたんだ。不本意であったにしろ、話せる相手ができたのはいいことじゃないか。俺らがあーだこーだ言ってどうする」
「それは、そうだけど・・・」
感情を殺すことが苦手な幼馴染は、内心くすぶる不満で曇った顔を上げた。
「ハハハッ、そんなに叶をとられるのが嫌か」
叶に紹介されて初めて会った時も、この娘は叶がとられたとふてくされていたっけ。当時を思い出して、苦笑いがこみ上げる。ますます曇る吹雪の表情とは裏腹に、忠平の中でくすぶっていたものは形になりつつあった。
「お前、叶を(助けたい)んだろ」
「?当たり前じゃない、そんなこと」
「そうじゃなくて、お前は、叶の(救世主)になりたいんだ。叶に自分だけ見ててほしいんだよ」
千歳に話したもう一つの感情の正体はこれだ。忠平はあえて断定した物言いをした。疑問形であれば、Noということができる。しかし断定され、少しでも当たっている場合は、この真面目な幼馴染は否定することができないのだった。案の定、吹雪の眉がキッと吊り上がる。
「今のお前の話をきいてやっと分かった」
2人が出会った時の話は、叶から聞いたことがあった。
叶にとっては吹雪が初めての友達だったらしい。公園で、1人だった叶に吹雪が声をかけてくれたのだと愛おしそうに話していた。
「でも・・・それだけじゃないわ」
「あぁ。大丈夫だ、分かってる」
それこそ、忠平が言ったのはほんの一部で、大部分は好意から来るのだろう。
「俺らはあいつとの付き合いが長い。でも、だからって無理にあいつの(理解者)でなくてもいいんじゃないかと俺は思う」
2人には2人の役割がある。
「俺らは、何も知らない。だからこそ叶が全部忘れてくつろげる。そんな立ち位置の方がそうそう手に入らないと思うぞ。幼馴染の特権だ」
吹雪は意外そうに眼を見開いて、少しだけ落ち着いた表情を見せた。
「・・・話したらすっきりしたわ。そろそろ帰らないと」
どうやら、忠平の返答に満足したらしい。
「そうだな。送ってく」
片膝を立てた忠平を、吹雪は手を広げて制止した。
「大丈夫よ、まだ明るいもの」
カーテンの隙間からは、夕日が鋭く差し込んでいる。吹雪の家は近いし、すぐに暗くなることも無いだろう。何より、吹雪が1人になりたがっている。忠平は大人しく足を組みなおした。無理についていけば、また(頑固親父)と言われてしまう。その位の
「そうか、気を付けて帰れよ」
「ハイハイ。それじゃぁ、また明日ね」
チョコの包みは、いつの間にか伸ばされてきちんとたたまれていた。
お読みいただきありがとうございます!
メリークリスマス(*^^*)
吹雪の心情と忠平の性格が伝わってると嬉しいです




