40.真実は近く、遥か遠く
あの日から十数年。吹雪は叶を見てきた。だからこそ、その笑顔が今までと違うことが一目でわかった。そして、その原因についても心当たりがある。気持ちの整理がつかないまま迎えた、翌日の放課後。靴を履きかえて下駄箱の間を抜けると、今丁度吹雪が頭に浮かべていた相手だった。
「あっ、吹雪ちゃん。今から帰るの?」
コツコツと、夏奈のつま先が床を叩く。
「えぇ。日直だったので。先輩も、お帰りですか?」
「うんっ。自習室で勉強してたんだけど飽きちゃったから、あとは家でやろうかなーって」
夏奈はそう言って小さく唸りながら伸びをした。
「先輩・・・少し、お時間頂けますか」
勘でしかない。勢いのまま、吹雪は切りだした。
「相談したいことがあるんです」
「相談?いいけど、若達とか千歳には言えないようなこと?」
本人に真正面から言う度胸があるはずもない。
「・・・最近、叶から何か聞きましたか」
吹雪の言葉に、夏奈は少しだけ眼を泳がせた。
「え、若から・・・?」
少しだけ、罪悪感が湧く。吹雪は何とかそれを飲み込んで続けた。
「私、昔から思ってたんです。叶が、何かを隠してるって。でも、誰にも知られたくなさそうだったから、訊かなかったんです。いつか、打ち明けてくれるって信じてたから」
叶に対して、昔から距離を感じることがあった。どこか人と異なる部分が、叶にはある。気付いていて触れなかったのは暗黙の了解というやつだ。
「叶、この間倒れてからどこか変わった気がするんです。いや、その前から少しずつ。先輩に出会ってからです」
「若が、変わった?」
「えぇ、どこがとは上手く言えませんが。昨日、叶と話していて確信したんです。それで、もしかしたら叶は先輩に打ち明けたんじゃないかって・・・どうですか?江藤先輩」
名前を呼ばれ、落ち着かない様子だった夏奈の瞳は覚悟を決めたように吹雪を見た。
「確かに、若から色々聞いたよ。でも、あたしからは教えてあげられない。ごめんね」
「・・・違うんです」
「違うって・・・何が?」
「私はっ、叶の隠し事の内容を知りたいんじゃない。叶は私でも、忠平でもない、先輩に打ち明けた。叶にとって、私はそんなに頼りにならない存在なのかって・・・不安になるんです。これだけ一緒に居たのに、叶にとっては何の意味もなかったのかなって」
心を開かれていないような、暗に拒絶されたような気すらしてくる。
「・・・若は、吹雪ちゃんのこと本当に可愛がってるよ」
「なら、どうして私には打ち明けてくれないんでしょうか」
「それは・・・」
必死で言葉を探す夏奈を見ながら、吹雪は頭が冷えていくのを感じた。
「すみません。これじゃ相談じゃなくて愚痴ですね」
ついつい感情的になってしまった。これだから、叶や忠平にいつまでたっても子ども扱いされるのだ。
「私、帰りますね。引き留めてごめんなさい」
「・・・黙ってる方も、辛いよ」
ようやく絞り出された夏奈の言葉には、選ばれた分だけの重みがあった。叶のことも、吹雪のことも考えての言葉。
「あたしが知ったのも、事故みたいなものなんだ。それまで、誰にも言ってなかったって。吹雪ちゃんや忠君にも、言いたくても言えなくて、若も辛かったんだと思う」
子供を諭すような口調の夏奈に、吹雪の中で反発心が湧きあがる。
極めつけは、次の一言だった。
「大丈夫。若は吹雪ちゃんを信頼してるよ。だから、吹雪ちゃんも若を信じてあげて」
自分の小賢しい部分を疲れたように痛くて、吹雪はたまらず夏奈を睨んだ。澄んだ目が今は腹立たしい。
「先輩にっ、何が分かるんですか!言われなくたって、・・・叶のことは信頼してます!」
間が開いた。それが、何よりの証拠だ。本当に信じているのなら、わざわざ夏奈を呼び止める必要なんてない。怖かったのだ。本人に訊けば、叶は間違いなく(信じている)と答えるだろう。いつもの、大人びた、人を踏み入れさせない笑顔で。
「吹雪ちゃん・・・」
「あ・・・っ、失礼します」
これ以上話していたら、更に八つ当たりしてしまいそうだ。
吹雪は軽く会釈をすると、夏奈の言葉を拒絶するように足早に校門を抜けた。
お読みいただきありがとうございます
吹雪は子供っぽいところがあるのを、普段は叶達に合わせて少し背伸びしている、というイメージで書いています
彼女の成長も見守っていただけると嬉しいです*^^*




