39.一難去ってまた一難
「・・・なんだ、随分久しぶりな顔だな」
保健室に入るなり、品川先生は射殺さんばかりの視線で僕を貫いた。
「すみません・・・なかなか機会がなくて」
保健室に行くなんてしられたら、忠や吹雪がまた具合が悪いのかとうるさくなる。今日は吹雪は生徒会室の会議、忠は生徒会室に用事ができたということで、ようやく来られたのだ。なっちゃんとの話し合いを終えてから約4日。週末を挟んだとはいえ、あれだけ背中を押してもらっておきながら音沙汰が無いとは我ながらひどい生徒だと思う。
「まぁいい。座れ。色々、その後の話を聞かせてくれるんだろう?」
「はい。失礼します・・・」
先生は扱っていた書類をファイルに仕舞って、あの日と同じように向かいに腰かけた。
あの後、ちゃんとなっちゃんと話し合えたこと。
きちんと自分の気持ちを伝えられたこと。
それまで通りの関係に戻れたこと。
全てを話し終えると、先生は満足げに頷いてコーヒーをすすった。
「そうか。・・・一件落着、だな。よかったじゃないか、理解者ができて」
「はい・・・ありがとうございました。先生のおかげです」
僕が全てを話せたのも、少しだけ気が楽になったのも、先生が僕の話を根気強く聞き出してくれたからだ。
「私は養護教諭の仕事をしたまでだ。礼は江藤に言え」
「それでも・・・先生に言われなかったらきっと諦めてました」
あのままなっちゃんと話せなくなっていたら、と今考えてもぞっとする。
「しかしまぁ、よくそんなに素直に育ったもんだな。お前の事情を考えれば、もっとひねくれてそうなもんだが」
「そうでしょうか・・・きっと、僕がここまで耐えてこられたのは、周りのみんなのおかげですね」
忠や吹雪がいてくれたから、僕はこうして生きている。今度は、なっちゃんがそこに加わったというわけだ。
「見舞いに来た時も死ぬほど心配していたものな。いい縁なんてなかなかあるものじゃない。大事にしろよ」
こんなにも恵まれていて、粗末に扱ったら罰が当たる。僕はもちろん、と答えて深く頷いた。タイミングよく、保健室のドアがノック応えてカタカタと音を立てた。
「誰か来たようだし、もう帰っていいぞ。具合が悪くなったらすぐに言うように」
「分かりました。失礼します」
青い顔の少女と入れ替わりにドアを抜け、夕日にほんのり染まった廊下を歩く。教室で忠を待って一緒に帰るか、自習室で勉強しようか。そんなことを悩んでいると、職員室から書類を抱えた吹雪が出てくるのが目に入った。
「えっ、叶・・・どうしたの?まさかまた、どこか具合でも悪いの?」
僕の居る方向には、保健室くらいしか放課後に僕が行くような場所はない。不安げにこちらを見上げる彼女に、僕は安心させようと僕はわざとらしいくらい大きく口角を上げた。
「大丈夫。この間倒れた後、定期的に顔を出すように言われただけだから。元気だって報告に行ってただけだよ」
「本当に?もう大丈夫なの?」
「心配性だなぁ。大丈夫だよ。受験生なんだし、体調管理もしないとね」
硬い表情をほぐすように、吹雪の頭に手を乗せる。吹雪はどうしても拗ねたような、何か言いたげな眼で僕を見上げていた。
「なら、いいんだけど」
「ごめんね、心配かけて。生徒会がんばって」
「そうね、そろそろ行くわ。叶こそ。勉強がんばってね」
細い髪の持つ熱が、僕の指をすり抜ける。背を向けて歩き出した吹雪は、少し歩いたところでピタリと歩みを止めた。
「・・・ねぇ、叶」
「ん?」
先ほどからずっと言いたそうにしていた何かだろうか。軽い気持ちで構えていた僕を
「私のこと、信頼してる?」
吹雪の言葉は、じんわりと締め付けたのだった。
「えっ・・・?どうしたの、急に。当たり前じゃん。何年の付き合いだと思ってるのさ」
嘘ではない。(思い出す)ことを除けば、僕のことを一番よく理解しているのは吹雪と忠だ。僕の中の罪悪感が、少しだけ膨らむ。
「・・・ごめんなさいね、変な事きいて。何でもないわ。」
「吹雪・・・?」
「それじゃ、また明日」
「待っ・・・」
様子がおかしい。そう感じた僕の制止もむなしく、階段を駆け上がった吹雪がこちらを向くことはなかった。僕と吹雪の付き合いは10年以上に渡る。どうして今更、そんなことを?
僕はただ、吹雪の見せた浮かない表情が気がかりだった。
お読みいただきありがとうございます
更新遅くなってすみません
今月は仕事がいそがしいので、更新が遅れるかもしれませんが、お付き合いいただけると幸いです




