34.自分の経験
「僕は、先祖の記憶を受け継いでいるんです」
初めて自分で口に出した秘密が、静かな保健室へと消える。
先生の反応が怖くて、僕は手元のグラスに視線を固定したままひたすらに口を動かした。
少しでも間ができると、二度と話せなくなりそうだ。
「例えば、僕の母が何か怖い体験をしたとしましょう。僕が同じ状況に陥った時、その記憶を(思い出す)。状況だけじゃない。少しでも似ているところがあれば誰かの記憶が引っ張り出されるんです」
「そのフラッシュバックが、今回倒れた理由だと?」
「はい・・・彼女にそっくりな女の子が、目の前で殺される記憶でした」
頭の中が刃の鈍い光と血の赤で埋め尽くされる。今すぐ忘れてしまいたい。そうすれば、彼女の前でもまた笑えるのに。
「成程。・・・思い出すのは自分の先祖の記憶だけか?」
「だと、思います。正確なところは分かりませんけど」
家系図に、知っている名前がいくつも埋まっていたのを見たことがある。何より、その記憶が自分の遺伝子に刻み込まれたものであることを、本能的に理解していた。早い話が、記憶の遺伝だ。
「それはいつからだ」
「物心ついたときには、もう」
初めて(思い出した)のがいつだったかなんて覚えていない。
「特に苦しかった記憶とか、辛かった記憶とかが残りやすいみたいで、人が死ぬような記憶も多いんです。昔は、よくフラッシュバックをおこして泣いてましたよ。新しく目にするものすべてが怖かった・・・倒れるのも、今回が初めてじゃないんです」
弥七さんの記憶を思い出したあの日からは、何とか耐えていたのだけど、さすがに今回は無理だったみたいだ。1度話し始めると、18年間こらえていたものが溢れて止まらなかった。もう、人に話すことでどれだけ楽になるかを知ってしまったから。
「このこと、ご両親には?」
「ハハハッ。両親?言えるわけないじゃないですか。頭のおかしいやつだと思われて終わりですよ。先生みたいに信じようとする方が、どうかしてるんです」
話をきいてくれているのに、なんて言い草だろう。分かっていても、これが今までの僕の全てだった。
「そりゃぁ、あらかじめ知っていれば信じやすいというものだろう」
「えっ・・・?」
思わず顔を上げると、先生は僕の反応を楽しむように目を細めた。
「それは、どういう・・・」
「言葉通りに受け取ってもらって構わない」
「どうしてっ、どこで・・・」
突然、目の前に答えが降ってきた気がした。というより、入ってきた、の方が正しいかもしれない。今は誰もいない、シーツのピンと張られたベッド。昨日、僕は他でもない自分の口で全てを話したじゃないか。
「きいて、たんですか。昨日の」
「ほう。記憶はあるのか」
「というより、今日彼女を見て、全部思い出したんです」
「そうか・・・江藤とは、話したか?」
「・・・自分には近づかない方がいい、って言われちゃいました。また、(思い出す)かもしれないからって」
そんなこと、今までなかった。だから大丈夫だと、ちゃんと伝えるべきだったのだ。
それなのに、彼女を引き留めることもできなかった自分が情けない。
「成程。あいつなりに考えた結果というわけだ。・・・それで、お前はどうするんだ?」
「どうもこうも・・・僕にできることなんて、何もないんです。彼女が秘密にしていてくれるなら、僕は、それで」
気を遣わせるくらいなら。彼女の笑顔がぎこちなくなるくらいなら。このままでいい。
「・・・若松」
「は、い!?」
女の人なのに、というと失礼だけど、品川先生は驚くほど力強く僕の胸ぐらをつかんでいた。
「お前、私がどうしてお前の秘密を知っていたのにわざわざ聞き出そうとしたか分かるか?」
「?あ・・・」
言われて見れば確かに妙だ。秘密を早々に言い当てられれば、僕だって観念して素直に口を開いただろう。
「(お前から)話す気になってくれないと、意味がないからだよ」
「僕から・・・」
「あぁ。知られたから話す、じゃダメだ。自分から(この人なら話してもいい)と思ってもらえないと、お前の心が軽くならない。(知られてしまった)と逆に追い詰めてしまうかもしれないだろ」
その状況は安易に想像がついた。彼女との会話がまさにそうだ。お互いに、どうすればいいのか分からずにいる。
「お前は他人の記憶を継いでいて、人より経験豊富なつもりかもしれない。でもな、それは所詮他人の記憶だ。悟ったふりをして、自分の人生を諦めてるともったいないぞ」
「・・・いいんですよ、僕は。辛い経験なんて、記憶だけでお腹いっぱいです」
自分で思っていた以上に、切迫した声が漏れた。先生が、気遣うように眉根を寄せる。
「私には、その苦しみは理解できない。きっとお前にも、記憶の主がどれだけつらかったかなんて、わからないさ」
「!そんなことない!だって、僕はっ・・・」
何度も何度も、苦しんだのに。必死に、耐えてきたのに。
「お前が苦しんでるのは分かるよ。でもな、結局は(他人の記憶)だ。お前が自分で経験しなきゃならんことは山ほどある。そこから逃げるな」
先生は言葉を突きつけるように拳を僕の胸に当てた。
「僕は、逃げてなんて・・・」
逃げられるなら、どれだけいいだろう。
「なら、お前は自分の身近な人間が亡くなって泣いたことはあるか」
予想していなかった質問に、言葉が出てこなかった。口では、何とでも言える。だけど、そうじゃない。先生は、上辺だけの言葉なんてすぐに見抜くだろう。
答えられなかった。
祖父が亡くなった時も
あの少女が居なくなった時も
涙一滴、流れてこなかったのだから。
「どうして、そんなこと聞くんですか」
「ないだろう。記憶で見るよりも、自分の身近な人間が死ぬ方がつらいから、見たくない。記憶のせいにして、無意識のうちに逃げてるんだよ、お前は」
無意識に、逃げていた部分。眼を逸らしていた部分。
「でも、それはすごく勿体ないことだと私は思う。自分の経験ってものは、大人になってから活きてくる。替えのきかない大事なものだ。苦しいことも辛いことも、全部お前の糧になる。」
「自分の、経験・・・」
僕は、今までいくつそれを避けてきただろう。
「江藤のことだってそうだ。お前は、本当にこのままでいいのか?もうあいつと話せないかもしれないぞ?」
具体的な言葉にされて、僕は初めて自分の置かれている立場を理解できた気がした。
「それは・・・嫌ですね」
子供の駄々のような否定が漏れる。先生はやれやれと言いたげに肩をすくめた。
「なら、どうする?」
「・・・話してみます。もう一度」
彼女と、なっちゃんともう一度話をしよう。このままは嫌だ。
僕は体温の移ったグラスを置いて、止まってしまわないように一気に立ち上がった。
分けたはずなのに長くなってしまいました^^;
お読みいただきありがとうございます
叶がようやくなっちゃんと呼べるまで回復しました
夏奈との話し合いがどうなるのか、見届けていただけると幸いです
余談ですが、品川先生は何気にお気に入りのキャラなので、覚えていただけると嬉しいです(^^*)




