33.その一歩、吉と出るか凶と出るか
この時間には、皆昼食のための移動を済ませていて、人通りはほとんどない。それに甘えて、僕はしばらくの間その場に立ち尽くしていた。
「こんなところでどうした。考え事か」
大人びた通る声が、オーバーヒートした思考を一気に冷やす。振り向くと、品川先生が廊下の先に立っていた。整っていない前髪の奥から、鋭い眼が僕の一挙動を観察している。
「それとも、今度こそ貧血か?」
「えっと・・・またちょっとしんどくなってきたので、保健室で休ませてもらおうかなって」
「そうか、分かった。一時間寝てもよくならなかったら帰るんだぞ」
品川先生はそういって、今自分が来た方向へと踵を返した。もしかして、僕が立ち尽くしているのを見て出てきてくれたのだろうか。
思考が鈍っていた僕には、気付けるわけもなかったんだ。
先生がさりげなくつけた、(今度こそ)の意味に。
1日ぶりの保健室に入ると、品川先生はスポーツドリンクを注いだグラスを僕に差し出した。受け取った手が、ひんやりと冷たい。
「水分をとっておけ。そこに座るといい」
「あ、ありがとうございます」
勧められるままに、近くの椅子に腰を下ろした。ほどよく冷えた飲み物を口に含むと、少しだけ気分が落ち着く。
「さて・・・休む前に、お前に確認したいことがある」
品川先生は自分のカップにコーヒーを淹れると、僕の向かいまで椅子を移動させた。
「?なんでしょう」
「お前、昨日自分が倒れた理由を本当は分かってるんじゃないか?」
心地よかったはずのグラスの冷たさが、いやな予感となって全身を駆け巡る。
品川先生は逃がさないぞとでも言うように僕を見据えていた。
「保険医を甘く見るな。ただの貧血じゃないことくらい分かる」
「それは・・・」
今まで、うまく隠してきた。誰にもばれたことはない。なのに、事故のようなものだとはいえ、彼女にばれた今となっては、上手く取り繕える気がしない。叱られる前の子供のように、僕は目を伏せて口をつぐんだ。
「・・・何かがトラウマにでも触れたか?」
僕の様子を探りながら、先生は追及の手を緩めなかった。閉じようとしている蓋を、無理矢理開けようをしてくる。
「二重人格になるのと同じで、ショックを受けると逃避のために意識を飛ばすことがあるらしい。体に異常がないなら心ということだ」
確かに、僕の心は普通じゃない。あの状況は確かに、僕の中に眠る(あの人)のトラウマに触れた。
「お前を見ていて、何となくそんな気がしてな。どうだろう」
この人は、気付いている。僕が秘密を抱えていることに。
「・・・若松。私にはお前の健康を守る義務がある。その原因が心にあるならいくらでも相談にのるし、誰にも言わないよう約束する。だから、話してみないか?」
正直、混乱していた僕にとって先生の申し出はすぐにでも飛びつきたいものだった。先生の眼は真剣そのもので、きっと僕が全てを話しても笑わずに聞いてくれるだろう。
分かっているのに、僕の口は動いてくれないどころか
「・・・先生に話したって、信じやしませんよ」
なんて、馬鹿なことを口走っているのだった。先生の眉が、苛立ったように吊り上る。
「その位、突拍子もない話なんです。今まで上手くやってきたんだ。これからも、ずっとこれと付き合わなくちゃいけない。覚悟くらい、してますよ」
そうだ。幼かったあの日、弥七さんの記憶でこれが誰にも受け入れられないことを学んだんだ。誰にも言わずに墓まで持っていく覚悟なんて、とうの昔にできている。
「・・・ガキが、一丁前に悟ったふりなんてするな。小賢しい」
「こ、小賢しいって・・・」
「お前、私を馬鹿にしてるんだろう。(どうせあんたなんかに理解できない)ってな」
「!そういうわけじゃ・・・」
「なら、話してみろ。そんな今にも死にそうな顔した奴の話を(嘘だ)、(馬鹿らしい)と一蹴するほど私はマヌケじゃないぞ」
心配なんだ。品川先生は少し悲しげにそう呟いた。
「お前は、私の知り合いに似ているから。そいつは自分で抱えすぎてギリギリまで追い詰められていた。今では元気にしているが、当時は見ている方も辛かったくらいだ。耐えるのは立派だが、一歩過ぎれば取り返しがつかなくなる」
その一歩を見誤るな。先生はそう締めた。
僕にとってのその一歩は、どこなんだろう。まだまだ遠いような気もするけれど、そんな話をされるくらい、いつの間にか近づいていたのかもしれない。
この人になら、話しても大丈夫だろうか。もう彼女にはばれているんだ。自分だけの秘密でなくなったなら、1人も2人も同じ。そんな気がした。
「それじゃぁ・・・聞いてくれますか?」
少し驚いたように目を見張り、先生は優しく頷いた。
「僕は・・・先祖の記憶を受け継いでいるんです」
お読みいただきありがとうございます
保健室での一幕が長くなったので、ここまででいったん投稿させていただきます
続きは明日か明後日にでも・・・
お付き合いいただけると幸いです(*^^)




