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過去の人、今の僕  作者: 稚早
~僕の秘密~
33/54

32.思い出す、覚えてる

こんなにも近くにいるのに、1度も目を合わすことなく午前が終わる。ゆっくり考えたいことがある時に限って、時間の流れが速く感じるのは何故だろう。お腹は空いているのに、弁当を食べる気にならない。徒に箸をいじっていると、不意に肩を掴まれた。

「若松。さっきから全然食べてないじゃない。具合悪いなら保健室行きな」

僕が無理をしていると思ったんだろう。神谷さんの語気は強かった。

「そうだね・・・1時間だけ休ませてもらってくるよ。昨日、先生に何もなくても顔出すように言われたしね」

「それがいいわ。次の先生には言っておくから」

「ありがとう」

腰を上げながら勇気を出して視線を向けると、学食にでも行ったのか彼女の姿は見当たらなかった。ホッとするやら、そんな自分が情けないやらだ。

昨日よりは多少ましになった足取りで、保健室への道を辿る。

「!あ・・・」

先に声を上げたのは彼女だった。保健室までは然程距離もないのに、ばったり会うとはどうにも運がない。

渡り廊下で出くわした彼女の手には、ペットボトルのお茶が握られていた。学食じゃなくて自販機に行ってたんだな、なんて現実逃避をしながら。

目の前の彼女は、見たことも無いくらい思いつめた顔をしていた。全て、僕のせいだ。

(ごめんね・・・)

心の中で謝ることしかできなかった。一度話した事実は取り消すことができない。記憶は、持て余して捨ててしまいたいものほど消えてくれないんだ。僕は、誰よりもそれを知っている。

「・・・ねぇ、若」

「ん・・・何?」

「もう、あたしに近づかない方がいいんじゃない」

もうあたしに関わらないで。彼女の言葉は、僕が覚悟していた言葉そっくりで、でも大きく違ったニュアンスを孕んでいた。一瞬、反応が遅れる。

「えっ・・・何、言って・・・」

「あたしと話していると、また(りん)さんのこと思い出すかもしれないでしょ」

たった2文字のその名前が、今目の前にある顔が、僕の息を詰まらせた。

彼女の眼は、僕の反応をじっとうかがっている。

「違うっ・・・そんなこと、・・・」

「何で、じゃないんだね」

僕の言葉に被せて、彼女はそう言った。

「昨日のこと、覚えてるんだ?」

まんまと誘導されてしまった。彼女は、僕が昨日の出来事を覚えているかどうか確かめたかったのだ。

「・・・ごめん」

口をついてでたのは、チープな謝罪だった。頭が完全にショートしている。

「やだなぁ、何で若が謝るの」

「だって・・・」

気味が知る必要なんてなかったのに。君がそんなに悩む必要なんてない。あれはきっと、僕の深層心理に在った(誰かに聞いてほしい)なんていう我儘なんだから。

「謝るのは、あたしの方だよ」

「えっ・・・」

「若の秘密を、あんな形で聞き出した。あれじゃ、コソコソ嗅ぎまわる野次馬と変わらないよ。何より・・・」

彼女は苦しそうに顔を伏せ、僕の顔を見ることなく続けた。

「今まで、気付いてあげられなくてごめん」

彼女と親しくなってから、まだ2か月にも満たない。そもそも、忠や吹雪にすらばれていないのだ。僕がこの18年間で培ってきた隠す術はそう簡単に崩れない自信がある。彼女に察しろなんて無茶な話だ。だから、君には非は1つもない。

僕がそう伝えるより、彼女が口を開く方が早かった。

「誰にも言わない。約束する。だから、もう(思い出す)ことがないように、あたしに極力関わらない方がいいよ」

「待っ・・・」

「じゃぁね、若松君」

呼ばれ慣れているはずの名字が、彼女が口にするだけで明確な拒絶の言葉へと変化する。嫌だ、そんなこと言わないで。なんて言えなかった。

これは(覚悟)した人間の顔だ。そう簡単には揺らがない。

僕が混乱している間に、彼女は足早に僕の横をすり抜けて校舎へと入っていった。


お読みいただきありがとうございます

しばらく重い展開が続きますが、お付き合いいただけると幸いです

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