31.帰り道:夏奈の場合
弥七から聞いた話を何度も繰り返し頭の中で反芻する。あの状況で、品川と2人にすることには抵抗がなかったわけじゃない。普通に考えれば、戻るまで、せめて弥七が落ち着くまでは夏奈がついているべきだったのだろう。けれど1人で考える時間が欲しくて、夏奈は保健室に戻ることなく帰りの電車に乗り込んだ。
向かいの窓に、うっすらと自分の姿が映る。この顔が、弥七の記憶を呼び出して叶を傷つけた。そう考えると、窓に映った自分にさえ腹が立った。叶は、夏奈を見る度にあの悲惨な光景を後ろに見ることになるのだろうか。少なくとも、頭はよぎるだろう。
おそらく、叶の悩みを理解することは、夏奈には一生できない。それなら、せめてその負担を増やすようなことはしたくない。そう思った。
降りる駅に電車が完全に止まって、急かすようにドアが開く。夏奈は重い腰を上げて、鈍い足取りでホームへと降り立った。せわしなく回る頭とは裏腹に、足はゆっくりとしか進んでくれない。家に着くころには、夕焼けと夜空が交代する瞬間の深みのある空が広がっていた。
「ただいまー・・・」
挨拶もそこそこに、自室へと飛び込む。1人になって、夏奈は着替えもせずにその場に座り込んだ。ポケットの中で、鈍い音を立てて放り込んでいた携帯が存在を主張する。
何気なく手に取ると、受信を知らせるランプが点灯していた。少しは、気が紛れるだろうか。友達からの、他愛もないメールであることを祈りつつ、受信画面を開く。
「!え・・・っ!?」
祈りもむなしく、表示されていたのは今一番見たくない名前で
夏奈は、思わず携帯を投げ出し、尻もちをついたまま壁際まで後退した。
「わか・・・何で・・・」
戻ったのだろうか。メールを送っているということは、少なくとも弥七ではない。覚えているのだろうか。夏奈に自分の秘密を打ち明けてくれたことを。
覚えていたとして、叶はどんな反応をするだろう。そもそも、(りん)と似ているらしい夏奈は再び叶にとっての(起爆剤)になりかねない。2度と話しかけるななんて言われる可能性も頭に浮かんだ。
震える手で携帯を拾い上げ、受信画面を睨みつけた。1通のメールを選択する。
怯えていたメールには、ほんの1文。
——品川先生からきいたけど、僕が寝てる間ついててくれたんだってね。ありがとう——
口止めでも拒絶でもない、気遣いからきた謝辞。
拍子抜けする一方で、夏奈は新たに不安を覚えた。
これはつまり、叶は保健室での出来事を覚えていないということだ。
知らないふりをした方がいいのだろうか。聞かなかったふりをして、いつものように接すれば、今まで通り仲良くすることができる?
淡白な文面とにらめっこしながら、夏奈はしばらく部屋で1人唸り声を上げていた。
結局、夏奈のそんな悩みは翌日、最悪な形で杞憂となるのだけれど。
お読みいただきありがとうございます
次回から叶視点の現在に戻ります
お付き合いいただけると幸いです(^^*)




