29.弥七の記憶
暴力描写があります
苦手な方はご注意くださいm(__)m
物心ついたときから、弥七は既に自分の悩みが他人に理解されないことを悲しいほどに自覚していた。自分の知るはずのない記憶の話をする度に、両親も祖父母も気味が悪いと眉をひそめる。それでも、外に行けば嫌でも(刺激)があって、記憶が再生される。自然と、他人と関わるのを避けるようになっていった。
「何言ってんの。男の子でしょ」
1人で塞ぎ込んでいた弥七を、いつもそうやって励ましてくれた。それが、同じ長屋に住んでいた(りん)という娘だった。何かを思い出して苦しんでいる時、見計らったようにりんがやってきては弥七の手を引いて連れ出してくれる。そして、記憶の話をするとりんは決まって
「大丈夫。そんなの、本当かどうか分かんないでしょ。気にしなくていいよ」
と笑い飛ばしてくれるのだった。
弥七には、それが本物であることは痛いくらい分かっている。
気休めでもいい。りんがそう言ってくれることで、どれだけ気が楽になったことか。
話を聞いてくれる。気味悪がったりしない。何より、弥七の悩みを理解できなくても、苦しんでいることは理解してくれる。それだけで、十分だ。
弥七が心を開いていくにつれて、りんと過ごす時間は長くなっていった。
2人の遊び場になっていた、小さな川にかかった橋の下。その日も、りんはそこにいるはずだった。いや、確かにそこにいた。違ったのは、そこにいたのがりんだけではなかったということだ。
「やっ、痛い!」
仔猫でも蹴るような気軽さで、大柄な男2人がりんをいたぶっていた。
「!?おい!りんに何してるんだ!」
まだ子供だった弥七には、男達を振り向かせることすらできない。
「このガキが、俺らにぶつかってきたんだよ。悪いのはこいつだろ」
弥七の方を見ることも無く、男の足は容赦なくりんを痛めつけていた。りんの口から、苦しそうな声が漏れる。
「やっ、やめてくれよ!なぁ!」
「ハッ。どーせそこの小汚い料理屋の娘だろ。いなくなったって誰も困りやしねぇよ」
「やめろって!」
りんが居なくなったら、弥七は誰を心の支えに生きていけばいいのだろう。全力で、男の腕にしがみついた。
「・・・そんなに一緒がいいなら、一緒にあの世へ行くかい?」
男は無骨な手で、弥七の首をしっかりと掴んだ。しがみついていたせいで、身動きが取れない。徐々に、そして的確に男の手に力がこもった。
「っ、だめ!!」
窮鼠猫を噛む。地面に伏せていたりんは、よろけながらも男を思い切り突き飛ばした。空気が,肺に流れ込む。地面に尻餅をつきながら、弥七は涙が滲む向こうに同じように尻餅をつくりんを見た。
「そんなに死にたいなら、さっさと殺してやるよ」
男が着物の袂から、音もなく小刀を取り出す。2人だけの遊び場。
人通りなんて滅多にない。精一杯声を上げても、誰にも聞こえやしない。
「やめろっ・・・やめろっ・・・!」
涙を拭ってはっきりした視界で、眩しいくらいの日差しは、りんの顔をくっきりと弥七の眼に焼き付けた。
「弥七・・・あたしが居なくなっても、泣かないでよ」
りんは、涙の滲む目で笑っていた。そして、男の小刀が——
お読みいただきありがとうございます
今後出てくる暴力表現、残酷表現はこの程度だと思っていただけるとありがたいです
次回は夏奈サイドが続いて、そこからまた叶視点に戻る予定です
お付き合いいただけると幸いです




