19.あんた、おかしいよ
運ばれる被害者を見送って、警察に事情を説明し終えた頃には1時間以上経過していた。
高校生が通報しても、と思ったけれど、運転手はかなり動揺していたし大通りを往く大人たちは忙しい。結局、僕が救急と警察に連絡したのだった。
事故があった場所では、まだ警察の人達が慌ただしく動いている。
その横を知らん顔で通り過ぎようとしていたとき、一歩退いた場所にたたずむ影に気が付いた。
「渡部君!まだ居たの?」
「・・・あんたを待ってた。コレ、落としてたから」
渡部君の手の中で、記憶に新しい電気屋の袋が揺れる。
「あっ、落としてたんだ・・・気付かなかった。ありがとう。ごめんね、長かったでしょ」
袋を受け取った後も、渡部君は硬い表情で僕を見上げたままだった。
「・・・なぁ、あんた、何者なんだよ」
道往く人々は皆、事故現場の方を一瞥して足早に通り過ぎていく。
渡部君の言葉は、僕にだけ届いていた。
「何者って、僕は別に・・・」
「あんた、おかしいだろ。何で、あんな場面見て顔色一つ変えないんだよ!」
「えっ・・・」
一瞬、(記憶)のことを言われたのかと背筋が凍った。けれど、彼が知っているハズがない。先程の事故のことだと、すぐに理解した。
「それは・・・」
「あの人、あんなに血が出てたのに、何で淡々と通報とかできんだよ・・・」
この子は、きっと事故に遭遇してかなりショックを受けている。だからこそ、隣にいた知り合いである僕が一緒に居るべきだったのだ。僕が彼を放っておいたせいで、彼はまだ未だにあの血だまりを自分の中で消化できずにいる。僕が、フォローをしていれば。
「・・・ごめん」
「何、謝ってるんだよ。別にアンタ悪くねぇじゃん。正しいことしただけ、なんだし」
でも、とようやく僕を見上げた渡部君の眼には、警戒と嫌悪が満ちていた。
この眼を、僕は知っている。正体のわからない、気持ち悪いものを見るときの眼だ。
「あんた、おかしいよ。落ち着いてる、なんてもんじゃない。まるで、目の前で人が死んでもへいきなんじゃねぇかって思えるくらい・・・異様だった」
「・・・渡部君には、分からないだろうね」
やめてくれ、その眼は(僕の)トラウマなんだ。何も知らないくせに、という反発も相まって、僕は渡部君の眼を見ることができなかった。
「僕だって、見たくなかったよ。あんなもの」
事故と同時に脳内で再生された、血の海の記憶。
見なくて済むのなら、どれだけよかっただろう。(人が死んでも平気)なくらいに心を枯らしていないと、気が狂いそうなんだ。
「・・・事故見たりして疲れたでしょ。早めに帰って休んだ方がいいよ。送ろうか?」
これ以上話を続けても無駄だよ。そんな牽制も込めて、言葉を被せる。渡部君の口は何か言いたげに動き、けれど結局小さな舌打ちだけを吐き出した。
「いい。1人で帰れる」
「そう。気を付けてね」
これ以上追及されることがないという安堵。
そんな気持ちを見透かしたように僕を睨んで、渡部君はあっという間に人ごみへと消えていった。手の中にあるイヤホンが、やけに重たく感じる。もしかしたら、警察に事情を話していた時よりも疲れたかもしれない。
僕も早く帰って休もうと帰路に足を乗せた。
お読みいただきありがとうございます
次回は叶の(記憶)に関する説明回になるかと思います
お付き合いいただけると幸いです




